4 架空の悪魔。
確かに、モエの家は貴族だったが。
侍女2人は、どうなんだろうか。
《アミィと申します》
『ラピスと申します』
ラプラスとは名乗らないのか。
『リリーと申します、不束者ですが、どうぞよろしくお願い致します』
ラプラスに抱えられ飛んだ先に辿り着いた屋敷で、急に世話になる事になった。
確かに魔法は有るが、それらを超越していると言うか、何と言うか。
《馬車が壊れてしまうだなんて、大変だったわね》
『デビュタントはもう直ぐ、是非、ウチを使ってくれて構わないよ』
《お父様もこう仰っているのだし、仲良くして頂戴ね》
「どうぞ、宜しくお願い致します」
『はい、ありがとうございます』
デビュタント。
と言うか、馬車。
どうなっているのやら。
『では、コチラで荷物をお運び致します』
《すみませんね、ありがとうございます》
《いえいえ、大変でらしたでしょう》
『私は若いので大丈夫ですわ、ソチラを宜しくお願い致しますね』
いつの間に荷物が。
と言うか、デビュタントか、そうか。
もう、モエと別れ、こんなにも日が経っているのか。
《まぁ、素敵なドレス》
『あぁ、いえ、ダイアナ様には敵いませんわ』
勿論よ、だってこうした初日こそ、見栄を張るのが上位貴族の嗜みだもの。
なのにまぁ、本当に控える事を知らない子ね。
確かに色合いは地味だけれど、質の良い生地に名と同じく百合の地模様、しかも染色したレースに刺繍だなんて。
もしかしてコレが一張羅、かしら。
だとしたら可哀想な事をしてしまったわね、もう少し、手加減してあげるべきだったかしら。
《ふふふ、中々の仕立てね》
『奥様のドレスも、全く敵いませんわ、やはり王都が近いと違いますわね』
《そうかしら、でもありがとう、ふふふ》
当たり前よ。
ココで見栄を張らなければ、貴族の名折れ。
先ずは家の格を改めて分からせ、高位へ上がりたい、そう思わせる為の手段の1つ。
如何にもてなし、こう在りたい、そう思わせるかも高位貴族としての役目。
まぁ、仕立ては確かに良いわ、手の込んだドレスだもの。
でも、手先の手入れがまだまだね。
クリームを贈ってあげましょう。
綺麗な手なのだから、手入れの仕方も教えて差し上げましょう。
『コレなら、デビュタントの成功も間違い無いだろうね』
『そうなのですね、ありがとうございます。少し不安だったのですが、自信が付きましたわ』
困っている者には手を差し伸べるのも、貴族としての役目。
だが、警戒を怠ってはならない。
最初は粗末な服に幾ばくか警戒したが。
しっかりとした仕立てのドレス、所作、間違い無く貴族だろう。
昔から、庶民が貴族と偽り揉め事を起こす事は多い。
幾ら証書が有ろうとも、金に困った使用人が売る事も有る。
そして印章の指輪に至っては、時には令嬢や令息が貸してしまう事も有る。
全く、昨今の若者は教育されていない者が目立つが。
この令嬢は、大丈夫そうだな。
《ほら、少しはアナタも褒めなさい》
「あ、はい、お綺麗だと思います」
『ありがとうございます』
早く、この家族から離れたい。
性根が悪いワケでは無いし、間違った事は言わない。
けれど、早くこの家を出たい。
正直、継ぐなんて以ての外だ。
一生、この家族と関わらなければいけないなら。
そうか。
「あの」
『はい、何でしょう』
「ご兄弟やご姉妹はいらっしゃるんでしょうか」
『あぁ、はい、妹が。ですが姉妹だけですので、はい、私が継ぐ予定になっております』
《まぁ、そうなの、なのに大変だったわね》
『成程、では我が家の馬車で同伴となりますが、もしかしてお相手がいらっしゃいますかな』
『いえ、生憎と。実は病弱な妹と近隣を旅しておりまして、きっと、その影響で馬車に負担が掛っていたのかも知れませんね』
《あら、では妹さんはどうなさいましたの?》
『実はお相手が出来まして、はい』
《まぁ、それは良かった、実におめでたい事ね》
『では、君は気兼ねなく、お相手探しに行けるんだね』
『はい、ですが生憎と見当も付いておりませんで。もしかすれば、ご迷惑を』
《遠慮なさらないで、私も弟も補佐致しますわ、ね?》
「はい、ご迷惑で無ければ、ですが」
未成年の子女は、親の同伴が無い限り社交界へは行けない。
けれど男子は、兄弟姉妹の同伴が有れば行く事が出来る。
もしかすれば、彼女の様な相手を選べば、家を出る事が出来るかも知れない。
確かに、以降は姉が相手を選ぶ事になるが、コレからなのだし。
まぁ、貴族の矜持が大好きなのだから、耐えられるだろう。
『はぁ、助かった、ありがとうラプラス』
『いえいえ、強引に捻じ込んだのだもの、コレ位は構わないわ』
《そろそろ、マナーを改めて学び直す必要が有りそうね、ふふふ》
『正直、庶民落ちしたいんだが』
『あらダメよ、ご家族が悲しむんじゃないかしら?』
《そうね、丹精込めて育てた姉妹を、2人共手放すだなんて。さぞ、悲しまれるでしょうね》
親には偽の記憶が植え込まれ、俺とモエは双子の姉妹だった、となっている。
それは使用人、関係者全てに影響しており。
モエがクレイ元王子と婚約し、俺が家を継ぐ事になっているんだが。
『はぁ』
手間暇の掛かる子供が居た、しかも愛情深い両親だったからこそ、他に子供が居ない事は仕方無いのは分かるんだが。
俺に、貴族が出来るとは思えない。
確かに今世では貴族としての所作やルールは覚えたが、それでも未成年用だ。
ココ数年は、本来なら次の段階に入るべきだったんだが。
衛生観念普及の為、何とか親を説得し旅をしていた。
正直、ラプラスの手助けが無ければ、今日の会話すらこなせなかっただろう。
『そんなに不安なら、アミィに教えて貰ったら良いじゃない、貴族の全てを』
『そんな事も出来るのか』
《えぇ、勿論よ。けれど、私が教えられるのは1つだけ》
『本当、便利で不便な悪魔、の代名詞よね』
『代名詞なのか』
『叡智を知る、便利で不便な悪魔、アミィ』
《ふふふ、何だか恥ずかしいわね》
人に関わる事全て。
哲学は勿論、弁論術や医科学、それら全てを彼女は授ける事が出来る。
だが、それこそが問題なんだ。
仮に、医科学の全てを得たとする。
だが今は中世、時代に沿ったモノで無ければ、馴染み浸透する事が叶わない。
突出しては後が続かなくなってしまう。
では、何を得るべきか。
モエの体に入ってからの、この11年。
ずっと考え続けていたが、答えが出ていなかった。
だからこそ、コレで良いのか、と。
『もう、コレだから』
《まぁまぁ、そんな所も良い所なのよ、ふふふ》
アミィは俺がモエに入った時から、傍で侍女として支えてくれている。
元はアミィと俺だけで出た旅だったんだが。
今はモエには家からの侍女が1人、帝国からの侍女が1人、それと元王子の側近。
『コレが子離れの難しさなんだろうか』
『もう、少しは自分の事に集中なさい、それではただの現実逃避よ?』
『すまない、つい』
『どうして、そんなに臆病なのかしら?』
『まぁ、些細な事なんだ』
幾ら愛を信じても、子供が欲しい、その本能には逆らう事も抵抗する事も出来無い。
生粋の同性愛者は稀有だ、大概は女とも出来る。
『そうして何度かフラれたのね』
『数える程度だが、そうだな』
『で、実際はどうなのかしら?』
『さぁ、全ての情報を断っていたから分からないが。そうした場で顔は見ないし、名前も聞かない。仮に居たとしても、別の若い男と居るか、だな』
『可哀想ね、性別が簡単に変えられない世界の者って』
『寧ろ、ココは簡単に変えられ過ぎると思うがな』
『あら、一時的によ、永久ともなれば少しは難しいわよ?』
『だが、向こうよりは簡単だろ』
『まぁ、それはそれで問題は有るとは思うけれど、アナタはこのままで良いのよね?』
『まぁ、だな』
ただただ、性的対象では無いだけ、だからな。




