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Replaceable Heart

「こーちゃん、こーちゃん…?」

 ゴールデンウィーク明けで、学校に登校して早々眠気に降伏してしまった思考に、そんな声がかけられた。

 机に伏せていた頭を持ち上げてみると、逢川要(アイカワ カナメ)ことカナがそこにいる。

「朝っぱらからそんな眠そうにしてるなんてさ…。連休中に羽を伸ばしすぎだよ」

 漆喰という表現が似合う黒髪を肩に触れる程度伸ばし、琥珀色の瞳を大きく開いているこの古くからの友人は、しかしいつ見ても女っぽい。

 男子の制服を着てなければ、普通に女子で通るのではないだろうか?いや、女子生徒がおふざけで男子から制服を借りている…と言った方がしっくりくる気がする。

「まぁなぁ…。ホントよーすけと遊びに行きすぎたよ。

 …てか、そのこーちゃん言うのやめてくれ。前から言ってるけどよ、高校生にもなってそれはキツイ」

 それは断る、などと笑いながら断言して、カナは俺の隣の席の椅子を引いた。

 それから、わざわざ椅子の足を1本を残し浮かせて、その上に絶妙なバランスで正座する。

 相変わらずな運動能力、いやバランス能力だ。

 わざとバランスの悪い座り方で座るというのが最近のカナの流行らしいのだけど、正直そんな馬鹿な行為で楽しめるのはこいつの能力の高さがあってのことだろう。

 カナとは小学校の頃からの付き合いになるが、こいつはその当時からオールマイティーな才能の持ち主なのだ。

 オールマイティーな才能とは、何か1つの分野に長けているというヌルイものではなく、"何でも卒なくこなす"という実に厄介なモノの事を指す。

 跳び抜けて1番ではない代わりに、俺のような人間が幾らがんばって成果を出してもそのさらに上に存在するという、無敵なステータスを持っているわけだ。

 誤解を恐れずに言うならば完璧超人、とでも言えばいいのだろうか。とにかく何でも凡人よりできて、それが普通、そんな奴。

 この俺、辰田幸平タツタ コウヘイにもその才能を分けてもらいたいものだ。

 寝ぼけた頭で、鼻歌交じりにバランスゲームを楽しんでいる奇怪な友人の紹介文を考えてみるものの、そんな紹介文句が使用されることがあるかは目下不明。

「ん、そうだ。こーちゃんには言ったっけ?」

 しばらくバランスをわざと崩しグラグラと椅子を揺らして楽しんでいたカナが、思い出したように話しかけてきた。

「何を?」

「僕の姉様がついに挙式を上げってコト」

 …は?今こいつさらりととんでもない事を言ってくれたぞ?

「……聞いてないな。彼氏がいたことすら知らなかったし」

 平静を装うも、失敗したっぽい。カナはくくっといやらしい笑みを浮かべて俺を見ている。

 うわぁ、なんていう趣味の悪い報告の仕方(サプライズ)だ。

 カナの姉様・・・永歌(エイカ)さんは実は俺の初恋の人なのだ。というか今でも…まぁ……その…。

 今のカナを大人っぽくした感じの人で、それでいて性格はカナの数倍いい。

 というか、カナは見ての通りの意地悪だしな。無論、単なるからかいのつもりなんだろうが。

 基本優しいいい奴なんだけど、時折こういう恐ろしい事をしてくれる・・・。

「親にも隠していたからねぇ。僕もびっくりだったんだよ。

 …しかし、これで現在家にいるのは僕を含めて3人だけになってしまったワケ」

「永歌さんも結婚して実家を出て…ああ、兄貴は大学で春からいないんだっけ?」

 永次(エイジ)というカナの兄は、これまたこいつに似ている。

 ただ、今度の似ているというのは学才の事で、何とこの春永次さんは東京の国立大学に合格なされた。カナもそこを狙っているらしいのだが、おそらく合格するんだろう。

 困った奴だ。そんな天才の横にいる身になってくれ。マジで。

「兄様は一人暮らし始めて、彼女まで作ってしまうし…全く、ここ最近は色々あって目が回るよ」

 なるほど、確かにカナの周りの環境はかなり変わったらしい。仲がいい兄弟だったし、なんだかんだで寂しいのだろう。そこら辺俺にはよく分からない感情だが。

 いや、しかし…、

「彼女かぁ…いいよな、俺も欲しい」

「そんなに欲しいなら要になってもらえばいいんだ」

 と、そこでそんな恐ろしい横槍を入れてくれる人物が新たに登場。

 声のした方を振り向くと、大塚陽介(オオツカ ヨウスケ)、通称よーすけが指定カバンを自分の机に下ろしていた。

 今学期から同じクラスになって仲がよくなったのだが、気さくで絡みやすい奴だ。

 運動部というわけでもないが、がっちりした体で硬派という感じの性格をしている。

「で、何の話だったんだ?青春?」

「いや、カナの姉と兄の話だ。結婚したんだとよ、姉が」

「何!?それはめでたいな。おめでとう」

「僕に言われても困るんだけど…まぁ、ありがとう」

「で、兄の方が彼女を作ったらしい」

「何ぃ!それはけしからんな!」

「…さっきと反応が違うよ?」

「女が幸せになるというのは実に祝福する気分になるんだけな。男の場合は腹が立つ」

「そんなフェミニズムな…」

「俺は分かる気がするけどな」

 よーすけに同意する俺。ただ1人、カナは分からないらしく首を傾げている。

 まぁ、それよりも今気にすべきは…、

「けどよ、冗談でもよしてくれ」

「ん?」

「カナを彼女に云々…」

「何で?」

 その言葉がカナが男であることを重々承知した上での発現なら問題があり過ぎだが、これまたカナと一緒でからかい半分なのだろう。

 しかしながら、俺にとってはかなり切実な話なのだ。

「……中学校の頃な、授業中も休み時間中もノートに向かって黙々と何かを書き続ける女子が居たんだ」

 いきなりの語りによーすけは怪訝な顔をしているが、続ければその真意は分かる。分かるから静聴しろ。

「ある日、それを見ていたクラスの問題児君がそのノートを取り上げて大声で読み始めた」

 突然の行動に、呆気に取られていたその女子生徒だったが、すぐさまその内容が知られることの重大さに気がついて大声で喚いていたっけ。

 最後の方なんて泣き叫んでたけど、それも当然ではあったわけだ。

「で、その内容は?」

 薄々気づいている風だが、皆まで言わせる気か。

「俺とカナのBL小説」

 そう。彼女の書いていた文章のあまりにな表現に、俺は人生からそういう要素を徹底的に排除することを誓ったのだ。

 あれはもはや精神性爆撃兵器のレベルだった。

 思春期真っ盛りだったせいか、規制というものを完全に取り払った、自重の欠片もない代物で脳を汚染されてしまい、トラウマというモノを人生初めて負った瞬間である。

「うわぁ、ひでぇなその男子!」

「いや、食いつく所そこ!?」

「だってよ、どう考えてもそいつが悪いだろ。

 別段、その女子が直接コーヘイに害を与えたわけじゃないし、何を思うも個人の自由だぜ?フリーダム万歳」

「よーすけはあの文章の恐ろしさを知らないからそんなことが言えるんだ」

「そうか?」

「その上よぉ、カナが朗読しやがった男子からそのノートを奪い取ってなんて言ったと思う?」

「想像もつかないが、さぞ面白いことだろうな」

「そのノートをじっくり読んで、『文章表現としては面白いね。描写もしっかりしていて読み応えがある』だとよ」

 それを聞いてよーすけは爆笑だ。

「ぷはっ、あははははははははっ!!」

「笑い話じゃねぇ。否定すればいいのにそんなこと言うから、そういう目で見られるようになったんだぞ!」

 と、ここで今まで俺の喋るのを聞いていたカナから反論がきた。

「あのねぇ、こーちゃん?そうしなかったら、あの子クラスでさらし者だったじゃない。

 ああやって皆の関心を僕に持っていったからあの子はそこまで糾弾されずに済んだんだよ?」

「ぇえっ、あれそういう意図だったのか!?」

「いくら僕でもあそこで天然ボケできるスキルは持ってないよ…」

 むぅ。思った以上に気を使っていたらしい。

 けど、カナは天然だ。そこだけは譲れない。

 この親友は昔からとんでもないことをやらかしてくれたものなのだ。

 ある時は自転車と同じようにいくとでも思ったのか、一輪車で坂道を下る際にペダルから足を離したり。…その結果、サドル部分が後に傾いて後頭部を派手に打ったのは言わなくても想像できるだろう。

 またある時は俺が土産で買ってきたブーメランを木に投げつけて、蝉を真っ二つに切り落としたり。・・・落ちたそれを、切断面がくっつくように木に止まらせて『直った』とかもはやホラーな逸話だ。

 うん、天然というかちょっと怖い話になったよな。…まぁいいか。

 前によーすけにも話したそんな話はいいとして、

「そういうわけだ」

 だから俺とカナをそっち系で弄るんじゃねぇ。

「あははは、そりゃ災難だな。

 でもまっ、それは置いといて…要の姉と兄ってどんな人なんだ?」

 ひどい奴だ。俺のトラウマ話を聞くだけ聞いて"それは置いといて"ときた。いや、語り出したのは俺なんだけど。

「姉様は永歌って名前で大学2年生。スーツの似合うタイトな人だよ。で、兄様は永次、大学1年生。茶髪の遊び人かな」

「へぇ…?」

「よーすけ、カナの言うことを信じるなよ。その茶髪の遊び人な兄貴は国立大行ってるからな」

 よーすけはその言葉を聞いて、ゆっくり首を傾け始めた。それが限界まで達すると、折り返して元に戻っていく。

「遊び人…?」

「カナの基準がおかしいんだ」

 その言葉にぷぅっと頬を膨らますカナ。

 失礼な、という意思表示なのだろう、きっと。

 ただ、こいつがおかしいことは明白だ。

「ちなみに姉様はこーちゃんの初恋の人です」

 …まさかの報復がきた。

 カナよ、それは言ってはいけない事柄ですぞ!

「…なるほど、それは是非見てみたいものだな」

 それに食いつくよーすけ。さらにカナも応じる。

「写真ならあるよ」

 そう言って、カナは財布の定期入れのポケットに入れられた写真を見せた。家族の集合写真といった感じの、正しく一家団欒なものだ。中央に子供達を寄せて、それを両親が両脇から挟んでいる。

 私服までスーツなスレンダーな永歌さんに、ラフな格好をしている茶髪の永次さん。さらにその横にYシャツを適当に着流しているのがカナだ。

「はぁー、綺麗な姉さんだな。要に良く似てるし」

「うーん、血は繋がってないんだけどね」

「あぇ?そうなのか?」

「うん。ほら、姉様と兄様の名前、永歌と永次って両方永遠の"永"がつくんだけど、それって父様の永助(エイスケ)って名前から取ってるんだよ」

「あぁ、なるほど。要だけが"永"が入ってないもんな。上2人は父親の連れ子か」

「そう。それで僕は母親の連れ子」

 補足すれば、カナの母親は静菜(シズナ)という名前らしい。

 バツイチ同士の、お互い子供を連れての結婚だ。傍目ややこしい事情がありそうな話なのだけど、逢川家は羨ましいほど仲がよかったりする。

 俺なんかは親父のことが憎くて仕方ないというのに、ホントなんでこうも違うのだろうと思うことがしばしばある。

「しかしいい集合写真だよな、それ。撮ったの最近だろ?俺やコーヘイみたいなのは、今じゃ家族で写真なんて撮れはしないだろうな」

「まぁな。恥ずかしいし、親父と同じ空間に閉じ込められる写真なんて撮りたくもない」

「駄目だよこーちゃん、そんなこと言っちゃあ」

 何の躊躇いなく当然のように(たしな)められるカナはやっぱり"いい子"なんだろう。

 カナ、お前はそのままのいい子で育っておくれ。

「俺にも姉がいるが、正直あんまり仲良くないなぁ」

「あれ?そうなのか?」

 よーすけはうむ、と頷く。

 その様子が何か重大な決心を下す年配者のように見えて面白い。

「少なくても肩を並べて立てるほど仲は良くない。まぁ、姉弟(きょうだい)とはいえ思春期だしな」

「カナぐらい童顔だったらともかく、よーすけみたいなゴツイ弟じゃあな…」

「失礼な奴だな。お前だってユルヘタレなモヤシ野郎じゃねーかよ」

「残念ながら俺に兄弟はいないのだよ、よーすけ氏」

 だから幾らユルくてヘタレでモヤシだろうが関係ない。

 それによーすけだってアパートで1人暮らしなのだから、姉との確執云々なんて日常生活になんら関わりないだろうに。

「そして何気に僕にも失礼だよね。童顔のつもりはないんだけど?」

「童顔じゃなかったら女顔だな」

 そう言ったら頭を叩かれた。

 しかし…この一連の会話中ずっと椅子バランスをよく継続できるものだ。集中力が切れたりしないのだろうか?

 と、そこで昨日の夜に立てた予定が頭に浮かび上がってくる。そうだ、学校にきたら訊こうと思っていた事があったのだ。

「2人共明日の放課後暇か?」

「うん?まぁ、時間は空いてるよ」

「俺も大丈夫っちゃあ大丈夫だな」

「何?何かするの?」

「ん、ゴールデンウィークの延長でもと思って」


          □□


 五月病と呼ばれる、どう考えても患者の精神力に依存した同情の余地なしな病気(だるさ)に苦しみながら授業を処理した学校終わり、俺達はショッピングモールの入り口で待ち合わせをしていた。

 別に制服のままでもよかったのだが、どうも制服というのは堅苦しいし、何より"遊びに来ている"という演出上に邪魔な物だ。

 軽い買い物のつもりではあるものの、開放感というのは大切だと思う。

 家に帰って制服を脱いだついでにシャワーで軽く汗を流してから家を出る。待ち合わせ場所に到着すると、既に2人は待っていた。

 ラフな格好だが2人も当然私服だ。俺は目に留まるといつも思うのだが、制服でうろつく連中の気が知れない。所属をバラすような行為を彼らはどう考えているのだろう?

 と、まぁ話が逸れた。

 2人の服装はよーすけは制服とあまり変わらないYシャツとGパンでカナは長袖のTシャツにハーフパンツだ。

 もちろん俺も普段着で、特別挙げるようなものでもない。

 改めて見て、やっぱり着飾りというものをまるで意識していないなぁと確認。

 うん、だからこそ丁度いい。

「じゃあとりあえず2階に行くか」

 俺達の行く先。2階フロア、衣服専門。

 高校生にもなってファッションに全く気をかけないというのもどうかと常々思っていたのだが、まぁ、その・・・1人で行くのも気恥ずかしかったのだ。

 この機会に同じく服装に気を使っていないゆーすけと流行どころか世間というものを無視しているカナを巻き込んでみようと思ったのだが、その思惑は成功しているとみていいだろう。

 1人だけじゃないっていうのは、何でこうも安心感があるのかね。

「しかし、服というのは何で高いんだろうな?」

 エスカレーターに乗った所でよーすけが言う割には興味のない感じで呟く。確かに、たかが布の縫い合わせが数千円するのは俺には理解不能な事柄だ。

「まぁ、いいだろそういうのも。最近ここにも安いチェーン店舗が入ったらしいし」

「そうらしいね。まぁ、僕は姉様兄様から買って貰ったりするのがほとんどだけど」

 だからあんまり服に配慮したことないんだよね、とカナ。

 こいつらしいといえばこいつらしい事情だ。

「ホンット仲がいいよな…」

 ほとほと感心するよ。

 そうこうしているうちにエスカレーターは2階の高さに達している。

 2階フロアに足をつけると。普段全く見慣れていない衣服を扱った店舗が並んでいるのがよく分かる。

「改めて気圧されそうな俺はへタレか?」

「へタレ同士で行けば怖くない、はずだ」

 とりあえずは端の一店から、選んでみるか。



「これなんてどうよ?」

 ゆーすけがチャラチャラとした金属が付属しているズボンを取り出してきた。

 電気を使う料理を出される時に倦厭されそうな感じだ。ああ、そんなレストランに着ていかないか。

 しかし…俺にはその良さが全くわからないのだが。

「動きにくそーだな。何かもっとシンプルなのとかないのかねぇ」

「コーヘイよ、わざわざ買いに出てきてシンプル且つ無地のモノものを求めてどうするってんだ。

 何かこう…外に出てそこそこ身なりを整えてるように見えるのを探してるんだろ?」

 そうなのだけれども。

 そもそも上下どう合わせれば違和感なくコーディネートできるかさえ分かっていない俺には服選びなんて高等テクニックは到底不可能な気がしてきた。

「こーちゃん、これは?」

 そう言ってカナが持ってきたのはダッフルコート。

 今の季節は春だしこれからやってくるのは夏だ。だいたいそれじゃあコーディネートもへったくれもない。というより、季節を外れたものを置いているのは経営姿勢として駄目だろうよ。

 そしてそれを選ぶカナのタチが一番悪い。わざとかあるいは単に好みなのかは知らないが同じようなものだ。

 そんな調子で積極的に選べない俺に代わって、的外れなものを勧めてくれる2人に振り回される事小一時間。やっと見通しが立った。

 持ち数の少なかった無難なシャツとズボンを数点に冒険の意味を込めてよーすけやカナが選んだモノをひとつずつ。

 それらを買った時には既にかなり疲れが来ていた。終わりの見えないまま立ち続け歩き回ったのだから当然といえば当然だ。

 疲労困憊。精神的疲労に身体的疲労が二重に合わさって、もう何もしたくない、そんな感じ。

 しかし、実のところもう1つやってやろうと思っていた事があるわけで、それをやるまでは休めないのだ。

 1つの目論見、この機会にせっかくだからやっておきたい。

「うん、ここだ」

 カナを引っ張る形で3人がやってきた場所。

「こーちゃんが何を考えているのか分からないでもないけれど、ちょっと待って。いや、大分待って?」

 それは同じく2階フロアにある店舗の1つだ。

 ただし、女性服専門店。

「さぁ行ってらっしゃい」

 カナを無理やり押し込んで俺とよーすけは出入り口で待つ。

 入った所で何度かチラチラこっちを見てきたのだが、俺がこういう時に退いた(ためし)がないことを重々理解しているカナは、諦めたらしくとりあえずといった風に奥に進んでいった。

 これは俺からのささやかな意地悪(プレゼント)だ。さぁ、がんばって選んでくれ。…女性服を。

「…要に女っぽくさせてどうすんだ?余計勘違いされるんじゃないのか?」

 よーすけが尤もな意見を唱える。

 しかし、しかしだ。俺だってそこら辺は考慮済みなのだ。

「考えてもみろ。学校と違って外では事情を知らない奴が大半なんだぞ?むしろあのどっちつかずの服の方が怪しいんだ。

 女として認識されて隣にいると思われるのと、男なのに女装して隣にいると思われるのとじゃ天地の差がある」

 いっそのこと外では完璧に女としていてもらった方が無難なのだということに最近気がついたのだった。

 そんな簡単な事に今まで気づかなかった時点で俺の頭の良し悪しは露呈しているようなものだけど、頭の悪さより趣味の異常さの方が世間の風当たりが強い御時世なのだ。

 まぁ今更俺自身が女として意識することなんて有り得ないし、だいたいカナにもそんな気はないだろうが、俺の精神衛生上その方が望ましいには違いない。

「仮に外でクラスメートと偶然会ったらどうすんだよ?ただの変態だぞ」

 うっ!それは…考えてなかった。いやでも、俺とカナが仲がいいっていうのは既に周知の事実なわけで、たまたまカナが女装してようがカナの趣味と取ってくれる……というのは希望的観測だなやっぱり。

「じ、じゃあ俺はどうしたらいいんだ…」

「知らねぇよ。……しかし…前々から思ってたんだが、要の容姿はナチュラルなんだよな?」

 と、何故かいきなりトーンを落として尋ねてきた。お気楽話から真剣なものに切り替えたつもりなのだろうが、そもそもそうしなければならないような話題だろうか?

「女っぽいってトコか?それなら昔からあんな感じだぞ?」

 少し伸びた後ろ髪をした少年。出会った当時はそんな印象を持った記憶がある。

 子供の頃なんてものは男女の身体的特徴なんて局部くらいのもので、何も違和感がなかったのだけど、まさかそのまま育つとは思ってもみなかったな。

「昔からねぇ…それだったら中性っぽいって表現が正しいだろうよ。けど、要を見る限り俺は中性よりも女っぽいという印象を受けるな」

「…まさかと思うけどよ、カナに欲情してます?」

 茶化すつもりで言った質問だったのだが、

「してる」

 意外なほどしっかりとした答えが返ってきた。

「…………ッ!えっ?ちょっ!おい!」

「勘違いするなよ?要が好きだとかそういう事じゃない。『思春期の男子高校生として、逢川要は性的興奮を起こさせる』って言ってるんだ」

 それもそれですごく衝撃的な発言な気がする。

 ていうか何だその生々しい台詞。

「つまり、それほどに女っぽい、女らしいってことだ」

「それは分かったって…。で?」

「いや・・・だからてわけじゃないんだが、何かワケありなのかなって思っただけだ。俺、正直要と仲良くないからなぁ」

「そうか?普通に話してるだろ?」

「コーヘイは鈍感すぎる。いつかそれで人を傷つけるぞ…。

 喋れるから仲が良いってわけじゃないだろうが。お互いなんか距離置いてんだよな。まぁ、敵対してるわけでもないんだが」

「何が言いたいのかよく分からん。そんなの当然だろ?まだ知り合ってそう経ってないんだしな」

 それもそうか、なんて当然の結論に達した。何なんだったんださっきの異次元めいた話は。

「そうだ。コーヘイ、明日釣りにでもいかないか?」

「釣りか…そういやそれはやったことないな」

 とにかく初めての事に挑戦することが青春を楽しむ鉄則だ。

 一生に一度のせっかくの高校生活なのだから、やれるだけの事をやらないと損だろう?

「釣具とかは借りれるよな?」

「ああ、レンタル料は――――」

 と、明日の釣り話に花を咲かせてしばらく、目で店内のカナを追って見ると手持ち無沙汰にぼぅっとしていた。

 …普通そうなるか。

 さすがに放って置くのもどうかと思ったので、店内に入ることにした。

 恥ずかしいのだが、まぁ、親友を放り込んだ立場として助け舟ぐらいは出してやらねば。

 もはや作戦は破綻しているとはいえ……いや!女装して然るべき趣味の男子に引き取ってもらうのもありなのではないだろうか!

 やっぱり要るわ、女物。

「珍しく困ってますね、カナ君」

 話しかけるとカナはむぅと唸ってこっちをじとっと睨んだ。

「困ってるというか…もしこれで僕がすんなり服を選んで出てきたらこーちゃんはどうしたかな?」

 ふむ…。…………。

 想像して瞬間で答えが出た。

「…距離を置くわな」

「……だからこうして突っ立ってたんだよ」

 なるほど、この場における最良の選択はそれか。

 まぁ、しかし感心しているほど精神的に余裕がない。ここは女性専門の店なのだ。水中にいるという錯覚をしそうな息苦しさである。

「そうだなぁ、これでいいんじゃないか?」

 あまりにも場違いな場所から早々に逃げるためにも、俺は近くに飾ってあった白いワンピースを指差した。

「選ばないと出れないしな」

 そう、何としても選んでもらわなければ。

「買わないって選択肢はないんだね…」

 観念したカナはそのワンピースを持って清算所に持って行き、卒なく笑顔で店員とやり取りする。

 …なんだ、女性服だろうと抵抗なしに買えるんじゃないか。



 モール1階、飲食店の並ぶ一画。設置されたテーブルを俺達は囲んでいた。

 休憩ということで、そこら辺に余りあるデザートから気分に合ったものをそれぞれ持ってきている。

 よーすけは手作りアイスが地元人気なジェラートと自販機で購入した天然水、カナはこれだけ洒落たデザート屋があるのにも関わらずアイスの実にパックの濃縮還元100%オレンジジュースという喧嘩を売っているようなチョイスだ。

 せめてアイスぐらい凝ったものを選べばいいのに。

「カナはいつもそれだよな」

 固執してる理由でもあるのだろうか?

 うーんと唸るカナ。

「ほら、近所に銭湯があったでしょ?もうなくなったけど、あそこに行くと必ず食べてたのが癖になってね。まぁでも、パッケージが変わっちゃってるけど」

「そういやよく入りに行ったなぁ…」

 靴用のロッカーが木製の太い鍵で、湯船は水風呂や電磁波もあったんじゃなかっただろうか。

 源泉の発掘作業のボーリングで取り出された土がディスプレイに飾ってあったっけ…。

 大きな浴槽、そんな単純なモノがやたらと魅力的に見えた幼い頃の話だ。

 まぁ、入浴後のコーヒー牛乳が美味しかったよな。思い出してみると、確かにカナはもっぱらフルーツ牛乳とアイスの実だった。

「銭湯ねぇ、そんなのあったか?」

「よーすけは高校からこっち来たから知らないだろ。今や跡形も無く消えちまってるよ」

「アパートが建っちゃって面影すらないんだよ。全く、そんなものいらないのに」

 手を汚れるのを避けるため、包装のビニールを器用に使って丸い実を口に運ぶカナ。

 さすがに食べ慣れているな。あれはうまいはうまいのだが、手で食べるとべたつくのが玉に瑕なのだ。

「銭湯っつったって、健康ランドでもない小さい所だったからなぁ。

 しかし、あれだ。そういうことなら映画館も無くなったろ」

「あったねぇ…あそこも小さかったっけ」

「おいおい、新参者を置いていかないでくれ…」

「何、数年すれば同じような会話するようになるんだ。今は我慢しなさい」

「割と有名所を流してたけど、座席がホント少なかったのを覚えてる」

 そうだ。スーパーのスペースを借りてやっていたあの映画館はかなり狭かった。劇場は2つあって、その2つとも10×10ほども座席が無かったんじゃないだろうか。

「アニメモノが多かったよな」

「あと特撮ね。場所柄家族連れが多いし。でも、"映画を観る"っていう行為の方が魅力的だった気がするよ」

「あ、それは分かるなぁ。俺もよく近所の映画館に並んだ覚えがあるわ。ほら封切り初日のいい席取りたくてさ」

「……それこーちゃんもやってたよ。朝早く起こされた記憶が何度もある」

「やったなぁ…ブルーシート敷いて、魔法瓶にミルクコーヒー入れて…弁当もだっけか?」

「俺はそこまでやらなかったけどな…。

 けど、確かに子供の頃ってそんな小さな事で随分楽しめたんだ。あの頃の方が幸せっちゃあ幸せだったのかもしれない」

「そうか?俺は今の方が楽しいぞ?視界が広がった感じするからな」

 子供の頃より娯楽の数が増えたし、趣味なんてものは色々と試せば試すほど増えていきそうな気もするし。

 何よりこうして親友とぶらぶら出歩いている今も楽しいのだし。

「陽介君、こーちゃんに懐古の情はないから分からないんだよ」

「いやいや、失礼な。分かる、分かります」

「そう?そうかなぁ……あっ!」

「どうした?」

「もう時間なんだよ。姉様と待ち合わせしててね。久しぶりに帰ってくるの」

 うふふーと何とも嬉しそうな顔をする。

「兄様も休日は帰ってくるから家族5人全員集合だね」

 それはともかく、よーすけもカナの時間云々の話に自らも時計を確認して、顔をしかめた。

「俺もそろそろ帰らないと」

「よーすけも用事か?」

「いや晩飯作りだ。一人暮らしだからな」

 外食とかコンビに弁当とか、そういう選択肢はない辺りがちゃんと一人暮らししてると思う。俺には絶対無理だ。

「そうか、じゃあそろそ解散だな。カナ、待ち合わせって駅か?」

「うん、そこまで一緒だね」

「じゃあ俺、反対側だから」

 ちょうどこのモールを挟んで駅とよーすけのアパートは反対に位置する。

 まぁ、だからこそ駅前でなくモールで待ち合わせたのだけど…、まぁそんなのはどうでもいいか。

 少々物足りない気もするが、平日にこれ以上の事はできない。

「じゃあな」

「バイバイ」

 こうしてまずよーすけと別れた。

 俺とカナは駅方向に家があるため、駅までは進路が同じだ。モールを出て、2人並びながら歩き始める。外は既に暗くなってきていた。

「…しかしさ。それ、ホントよく買ったよな」

「ん?」

 カナの持っている袋を指差す。その中にはあのワンピースが入っているはずだ。

 俺にメリットがあるとしても、カナには金額的なデメリットしかなかっただろうに。

「買わせた本人がいう台詞じゃあないよね。

 まぁ、使う機会が皆無とは言い切れないでしょ?去年みたいに学園祭の仮装コンテストで女装させられる可能性もあるわけだし。その度に人の服借りるのも悪いからね」

「あー、確かにその可能性は高いよな」

 というか、そんな事はすっかり忘れていたけども。

 確かに去年女子生徒の制服を借りて体育館のステージに出てたよな。女()とはいえ趣旨が微妙にずれているためか、順位は2位だった。

 それでも2位を取れる辺りがこいつのすごい所というか…いや、あれは我らが女子委員長が率先してスカートを巻き上げたのが原因か…。

 しかしそもそも、そういった事実はそんなモノにあんな格好で出ることをこいつが承諾したからこそあるわけで――――、

「カナって昔から人の頼み事断れないタチだよなぁ」

 委員長の猛プッシュがあったとはいえ、カナに拒否権がなかったわけじゃなかったんだし。

「そうかもね」

「断ろうと思った事ないの?」

 うーんと目を細めている。それほど難しい質問でもなかった気がするのだが。

「ないかなぁ…。結局そういう頼み事って、自分が必要とされてる証拠だから」

「また小難しい理屈で動いてるなー」

「そう?」

 いかにも不思議そうな顔をするカナだが、俺にしてみればこいつは昔からそんな感じだ。かっちりこっちり理屈で動いている。

 時折見せる何を考えているのか理解不能な行動を除けば、理由と結果がきっちりしているというか…何といえばいいのか難しいのだけど、『物事の全てには原因がある』みたいな生き方をしているのだ。

 ん?何か違うな…。感情的に動かないけど、冷めてるわけでもない……もういいや。カナはカナらしいって事で。

「いや、まぁ…それがカナと言えばカナなんだろうな……っと、あれ、永歌さんじゃないか?」

 駅の看板がライトアップされているのが確認できる所まで来て、視界の奥の方に人影が見えた。駅前の広場に立っている女性が見覚えのあるスーツを着ている。

「本当だ。姉様だね」

「じゃあ俺達もここら辺で解散だな。俺はちょっとコンビ二寄ってくし」

「うん」

 カナは俺より数歩先をととたんと歩いて振り返った。てっきり別れの挨拶でもするのかと思ったのだけど、

「ねぇ、明日空いてる?」

 と聞いてきた。

 カナからそういう誘いがあるとは珍しい。珍しいのだけど、

「すまん。明日はよーすけと約束してるんだ」

「うーん、相談したいコトがあるんだけど……駄目?」

 カナにしてはこれまた珍しく食い下がってくる。

 けど、約束というものは反故にすると後々目覚めの悪いものであり、重複する時は最初の方を取るというのが俺の主義だ。

「明日は無理だ。明後日…日曜だったら大丈夫だけど」

「うん、そうだね…」

 頷いてカナは、今度こそ『バイバイ』と言って、自らが"姉様"と称して敬愛する永歌さんの所へ駆けて行った。

 日本人らしくも、姉弟(きょうだい)らしくもないハグをされるカナ。


 ――――まさか、その姿が俺がカナを見る最後の機会になるとは思ってもみなかった。

     もしもあの時、カナの相談を聞いていればあんな事にはならなかったかもしれない。


 …なんてな。

 そんなモノローグを入れてみたくなるほど、カナにしてはホントに珍しい行動だったのだが、うんまぁ、日曜になればその理由も分かるだろう。

 2人が仲良く歩き出したのを見届けて、俺も小腹を満たすようなものを買いにコンビニに向かって歩き出した。


          □■


 翌日9時、俺はよーすけのアパートに向かっていた。

 別に駅前で待ち合わせしてもよかったのだが、約束したところで休日の9時にあいつが起きるとも思えなかったのだ。

 毎晩夜更かししてネットゲームやらラジオやらを最大限に楽しんでいるあいつは、かなり朝が弱い。

 だからこうして起こすためにもあいつのアパートが集合場所という事になったという経緯(いきさつ)だ。

 で、そのアパートは駅前を通って、ショッピングモールの横を通ったその先にある。

 実家からでは高校に通うのは辛いということで一人でこっちにきたよーすけ。妙に馬が合ってよくつるんでいる。

 ゴールデンウィークもこいつとゲームセンターに行ったり、東京に出てみたりと高校生らしく金を使う遊びにチャレンジして、連休中の宿題をすっぽかす羽目になったりした。

 結局2人してカナに土下座して答えを写させてもらったのが、つい3日前だったりする。

 …今週宿題なかったよな。

 モールを過ぎてしばらく、町並みが閑静なものに変わってくる。

 個人住宅が規則正しく並んでいる住宅街の中、1つだけ何故か貸しアパートとして改装したものがあるのだ。

 安っぽい所ではなくしっかりとした造りのそのアパートは少々高いながら、交通の便もいいしで人気物件だったらしい。ここが取れてよかったと前によーすけが話していた。

 そのクリーム色のどっしりしたコンクリート建てがやっと見えてきた。

 2階へ上るための洒落た螺旋階段が備え付けられているのだが、残念な事にあいつの部屋は1階だ。

 103号室、大塚陽介。

 マジックペンで書かれた下手な表札のあるドアの前に立って、呼び鈴を鳴らす。

 …返事なし。

 まぁ、予想済みだ。寝てるに決まってる。

 どうせインターホンの音じゃ起きないだろうから、鉄製のドアを叩いてみる。

 近所迷惑を考えるとそう長くできないのだが・・・これでも駄目か。今日のあいつはいつも以上に深い眠りについているらしい。

 じゃあどうやって起こせというんだと取っ手を回したら、ドアはあっさりと開いた。

「…………」

 無防備すぎだろう。いや、直接起こされないと起きれないと踏んで開けっ放しにしたのか?どっちにしろ宜しくない。

 そう顔をしかめつつも、よーすけらしいと納得して部屋にお邪魔する。

 さてさて、アパートまで起こしに来たは何度かあるとはいえ、実際あいつの寝顔を見るのは初めてだ。野郎の寝顔なんて見てどうだってことはないのだけど、気になるといえば気になる。

 奥にまで入って、ベッドがあったと記憶している位置に目を向けた。


「――――――――」


 ……………………、…………………………。

 …………………………、……。

 …………。…………っ。

 な、んだ、コレ…。

 何だコレ、なんだコレ…ッなんだコレなんだコレ何だこれ何だコレ!!

「何で…こんな事になってるん、だよ……」

 昨日会った時には何もおかしな事なんてなかったのに、昨日別れた時には何の予兆もなかったのに。

 今日だって釣堀にいく約束もして、時間も決めて場所も決めて経費も計算して…!

 なのに何で!

「何で死んでんだよぉ…っ!!」

 深い眠り、なんて比喩をつい先ほど使ってしまった事にすら憎悪する。深いどころか、永遠に眠ってしまっているじゃ、ないか。

 そんな気はなかったんだ。こんな事になるなんて分かるわけないだろ…?不謹慎、なわけじゃない。俺に責任があるわけじゃない。俺が悪いわけがない!

 ……端にくっつけられたベッドの上、壁にもたれかかる様にしているよーすけ。

 その生死はこれでもかというぐらいに明らかだ。

 目がない、鼻がない、顎がない、指がない足がない……腹がない!

 生きてはいない。生きているはずがなかった。

 眼球だった白い球体の破片が潰れて頬に張り付いている。空っぽどころか根こそぎもぎ取られたように腹部は背骨だけが露出している。腹の皮膚やら脂肪やら筋肉やらを破った中にあっただろう臓器はまとめて枕元に放置されている。

 人の生に対する冒涜だ。命というものを生き物からあらゆる手段で剥奪したような圧倒的な破壊…。

 死体とすらいえないスプラッターなスクラップがそこにはあった。

「ぅうぉおぇえ゛!」

 直視して、その惨事の内容を1つ1つ認識してしまったせいで、今になって吐き気を催す。

 見るべきじゃなかった。いや、そんな事は分かりきっていたけれど見るしかなかった。目を逸らす事を許さない、圧力を確かに感じた。

 喉まできた吐瀉物(としゃぶつ)を抑えきれるわけがなく、床に半分も消化されていない朝飯をブチ撒ける。

 胃酸の苦味が口内を満たす不快感と頭に浸透するような悪寒が俺の体を無理やり床にへたり込ませた。あるいは脳まで口から吐き出しそうな気持ち悪さが原因か。

 とにかく、体に力が入らない。

 くそっ!何なんだよ一体…何でこんな事が起きてるんだ!

 あまりに唐突すぎる。不意打ちだ。まるでまるで何が起きているのか分からない。

 ……どういう理由があって、俺の親友がぐちゃぐちゃに殺されなきゃならないんだよ!

「ぁ…おぇ…?」

 親友……親友!

 そうだ、そうだった。親友はもう1人いる(・・・・・・)

 まさか、まさか!

 もしもコレが俺の交友に関係しているとするならば、もう1人…もう1人対象になり得る人物がいるのだ。

 (すが)るようにポケットからケータイを取り出した。

 電話帳のあ行、最初の人物。逢川要、アイカワカナメ、かなめ、カナ…ッ!

 鳴り出すコール音。1回、2回…、その間延びした電子音が異常に癇に障る。

 昨日の別れ際、あんなふざけたモノローグを入れてしまったことを、それこそ死ぬほど後悔してる。

 今さっき、軽い気持ちで言った言葉が、冗談にもならない伏線になったばかりなのだ。

「お願いだ!出てくれ……!」

 繰り返すコールに焦燥が加速する。

 今、向こうのケータイはカナの好きなスピッツのチェリーを流しているはずなのに…。

 時間の経過をまともに判断できないほどに心臓の動悸が早すぎる。

 『こーちゃんには言ったっけ?』

 こんな時に、こんな時だからこそ、こんなに縁起の悪い時に、カナの言葉が脳を満たしてくる。

 『もしこれで僕がすんなり服を選んで出てきたらこーちゃんはどうしたかな?』

 距離を置くなんてそんな冷たい事はもう言わない。そんな心無い事なんて本気じゃない。

 『相談したいコトがあるんだけど……駄目?』

 何で、何で何で何で!俺はあの時、あいつの頼みを聞いてやれなかった!?大切な友達の、相談に乗ってやらなかった!?

 『こーちゃん、こーちゃん…?』

 あぁ、お願いだから・・・、お願いだから、もう一度、俺の事をそう呼んでくれよ……カナ。

 ……………………。

 ……………………、…………。

 …………………………、……………………。

「〜〜〜〜〜〜〜〜!」


 応答は、なかった。

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