お迎え
「お亡くなりになりました。」
カーテンを揺らすようなセミ時雨の中、先生の静かな声がした。
優しかった祖父が、旅立ってしまった。
白い病室の中、静かに泣く母がいる。
私と4才の娘、兄夫婦と親戚たち。皆、無言の言葉を発していた。
「お迎えが来てくれて、良かったね。」
不意に、明るい娘の声が室内に広がっていった。
私は、ビックリしとっさに首を振りながら娘を睨んだ。
親戚の目が鋭く私と娘を睨んでいた。
「どうして、怖い顔をするの?」
何も理解できていない娘が、無邪気に聞いてくる。
「黙ってなさい。」
祖父を失った悲しみの感情を忘れ、常識のない娘にいら立ちをおぼえていた。
「せっかく大きいじいじのお父さんとお母さんが迎えに来てくれたのに・・・大きいじいじも嬉しそうだったのに。」
「えっ!」
思わぬ言葉に私は娘を見た。
「大きいじいじのお父さん?」
「うん。」
「もう、とっくにいないのよ。」
「知ってるよ。でもね、来てくれたんだよ大きいじいじのお母さんも。」
私は、まじまじと娘を見た。
周りの親戚も怪訝な顔で娘を見ていた。
「迎えに来てくれたの?」
私は戸惑い、そして何かに救いを求めるように娘に聞いた。
「そうだよ。大きいじいじ喜んでいたよ。あの時のお兄ちゃんとおんなじ。」
「お兄ちゃん?誰?」
「えー、私のお兄ちゃんに決まってるじゃない。」
私は、時間が止まるのを感じた。
4年前、私は身ごもった。
男の子と女の子の双子だった。
初めての妊娠は難産だった。
そして、病弱な私のせいで、男の子は産声を上げることができなかった。
生まれてこれなかった我が子への罪の意識が、私を責め続け、悲しみと命に対する恐怖で娘を育てるのも怖くなっていた。
いつしか、家庭では男の子の話はタブーになっていた。
もちろん、娘にもずっと内緒にしてきた。
娘は、自分に兄がいたなんて知らないはずだった。
「あなたのお兄ちゃん?」
「うん。あの時のお兄ちゃんも嬉しそうに大きいじいじのお父さんに抱っこされて行ったよ。」
私の頬を涙がつたった。
「お兄ちゃん、嬉しそうだったの?」
私は、嗚咽をこらえながら娘に聞いた。
「うん、とっても。ママのお腹に生まれて来てよかった、って言ってたよ。」
「ママのお腹に・・生まれてきて・・」
「うん。ママのお腹の中ってとっても暖かくて、ママとパパが話してたらとっても気持ちよくなったんだよ。お兄ちゃんも気持ちよさそうだったなぁ。」
私は、娘を抱きしめる事しかできなかった。
涙がセミ時雨の中に染み込んでいく。
色彩すら溶かすような夏の日差しの中、
薄く開けられた窓の隙間から、柔らかい風が私の心を通り抜けていった。