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俺と彼女の初デート

顔合わせからこちら、忙しいだろうに、サナさんは毎日欠かさず連絡をくれた。

俺も仕事の合間にスマホを見るのが楽しみなくらいだ。

直接話したのはわずかな時間だったけれど、やり取りの中でもこの人は天然なところがあるんだなぁと思うことがある。

きっとそのせいで今までチャンスを流してきたんだろうな。

待ち合わせの時にせっかく顔を隠していたのにサングラスとマスクを外したのは完全にうっかりのようだったし。

そんなところがさらに親近感を増して、どんどん好感度が上がるばかりだ。


いやぁ、困った。


そんな俺は博物館デートで上手くやれるかが目下の課題だ。

趣味くらい話したって問題ないのではないか。

けれどまた笑われたら俺は立ち直れるのか。

そんなことをぐるぐる考えてしまう。


以前、会社の同僚に「最近恐竜にハマってて」なんて飲み会の席で気軽に話題に出したところ、「この年で?」「恐竜なんて子どもが好きになるやつだろ!」などと笑われたのだ。

確かに俺は小さい頃から恐竜が好きだった。それが成長するに連れ好きなものがどんどん変わっていった。

久しぶりに博物館の恐竜の骨格標本を見た時に、ぶわぁっと好きだった気持ちが蘇り、そこから再び恐竜にハマってしまったのだった。

子ども向けの図鑑からビジュアル重視の大人向け図鑑を買い、国で一番の恐竜博物館にも行った。

フィギュアもいくつか集めている。どんな色だったかわからない中で、各社様々な色の表現があって見るだけでもウキウキしてしまうのだ。

子どもの頃の好きだった気持ちと、自分で欲しいものが買える喜びと、太古のロマンを妄想する時間とで、俺は幸せな時期を過ごしていた真っ只中だったのだ。

そこを否定された気がして、当分の間落ち込んでしまったっけ。


第一、初デートに相手を置き去りにするような楽しみ方は流石に引くだろうな。自分がされたら……いや、はしゃぐサナさん見たくないか?

違う違う、俺は落ち着いて2人の時間を堪能したい。それに自分の問題をすぐサナさんに共有するのも違うよな。

そうだ、恐竜ゾーンに入ったら「恐竜、結構好きなんですよね〜」ってな感じでサラッと軽く言っておこう。それがいい。

好きな人に自分の好きなものを好きと言えないもどかしさの落とし所をなんとか見つけた。

これで心して博物館デートを迎えることができる。


楽しみな日はあっという間にやってきた。

サナさんは相変わらずの変装スタイルだった。

博物館の特別展示をじっくり堪能し、常設展示も堪能してきた。俺はイメトレ通りサラッと恐竜好きを告白することができた。ちなみにサナさんの反応は「恐竜はロマンが詰まっていてわたしも好きです」だった。未来は明るい。

サナさんの感じたことを聞かせてもらえるのが嬉しくて、博物館デートってすごく楽しいんだなと感動するくらい最高な時間だった。

元カノとは一度も博物館デートなどしたことがなかったからだ。

サナさんも元カレーーきっとモデルとか俳優のシュッとした人だろうーーと博物館デートしたのかな、とか考え始めて今考えることではないだろうと頭の中から話題を追い出す。


博物館で解散するのもデートなのになんだか寂しいなぁと、何の気なしに「サナさんの最寄りまで送ります」と言ってしまった。

口に出してから「あ、やっぱりマズイですよね。ここで解散しましょう」と慌てて訂正する。

男と2人で歩いているところを撮られでもしたら大事だ。


「わたし、まだ柊さんにお話ししたい事があるのでこのあと家にきませんか?」


俺はこんなに警戒していたのに、まさか本人から家に誘われるなんて事ある!?!?

サナさん危機管理大丈夫!?!?


「いや、それは流石にまずいんじゃないでしょうか」


俺は慌てて断る。話の内容も気になるが、悪い話で家に呼ばれることもないだろうし。

と、その時。


「そのとぉーりです!」


サナさんの後ろからキャップを目深に被った女性が出てきた。黒いTシャツにデニムのラフな格好だ。


「やだ、マネージャー。今日はオフでしょ?」


サナさんはきょとんとしてその女性を見る。

その女性はキャップを外して、キリッと俺を見据えた。耳の下までの明るい髪が印象的だ。


「初めまして。小林と申します」


小林さんはサッとポケットから名刺入れを取り出し俺に差し出す。俺は名刺入れなど持ち歩いていないから慌てて両手で受け取る。

名刺にはタレント事務所の名前と小林礼子と書かれている。


「は、初めまして、山崎柊です」


小林さんの勢いに押されてどもってしまう。


「詳しい話は車でしましょう。こちらです」


そう言うと小林さんはサナさんの腕を引いて「はい行きますよぉ〜」とさっさと歩いて行く。

俺は駆け足で追いかけた。

博物館からしばらく歩いたコインパーキングに停まっているミニバンに乗せられた。

このサイズの車に乗るのは初めてだったから、意外と広いんだなぁと感心する。


「さて、改めまして、私は前園サナのマネージャーの小林です。山崎さんのことは前園から伺っております。婚活アプリの件からして事後報告で驚いていたところでしたが、事務所側としても良い出会いがあったと喜んでおります。前園サナも良い大人なので、事務所の介入など必要無いことは重々承知なのですが……」


色々と話したいことがあるようだが、小林さんはぐぅぅっと拳を握りしめながら唸った。

良い出会いと言ってもらえたことに安心していたけれど、なんか怖い。何を言われるんだ。


「やはり今の事務所を支える一番のタレントですので、はっきり言います! あなたと二人の写真を撮られるのは事務所的にもマズいんです!」


ええ、そうでしょうともそうでしょうとも!

それは全く同感です。


「もちろんわかっています。なるべく気をつけているつもりではいるんですけど」


「!!」


小林さんは俺の返事に驚いたような喜んでいるような顔をした。


「前園サナと親密になることについて、山崎さんの覚悟を伺おうと思っておりましたが。必要ないようですね」


なんか俺試されてたっぽいな。

まだ二人の関係がどうなるか自分たちですらわかっていないのに。もう少しお互いをよく知り合って、それから結婚前提の交際を始めるか、友人のままでいるか。


「まぁ、最初に覚悟は決めましたから」


そう返事をすると、小林さんは「ありがとうございます」と頭を下げた。悪い人じゃないんだなというのがよくわかる。


「もうご存じと思いますが、前園はなんというか、天然ボケというか。悪い人間に引っかかりそうな危ういところがあるので心配しておりました」


小林さんは眉毛を八の字にして話す。とても心配していたんだろうな。気持ちはわかる。

うんうんと頷くと、サナさんは不服だったようでムッとしたような顔をした。


「だから大丈夫だってば。それにわたし、写真を撮られても全く問題ない方法を思いついたの」


サナさんは心なしかドヤっと誇らしげな表情になる。

それから俺を見て、俺の手をそっと取った。

俺はびっくりして固まる。まだ手を繋ぐとかいう段階ではないから触れたのが初めてなんですけど!?


「柊さん。わたしと結婚しましょう」


突然のプロポーズ。


「ええっ!!」


小林さんの大声が車内に響いた。すごい響いた。

小林さんの大声で、プロポーズの方のびっくりがどっかに飛んでった。


「なん、なん、なんですって……!」


小林さんが動揺してサナさんとスマートフォンを交互に見る。事務所の社長にでも電話するつもりなのだろうか。


「結婚してれば写真を撮られようが何しようがいいじゃない。何もやましいことはしていないんだもん。堂々とふたりで外を歩けるし」


サナさんはご機嫌なニコニコ笑顔だった。

よく考えてのことなのか、これがこの人の素なのか、俺にはまだ判断がつかない。


いやぁ、それよりも、どうしよう。

俺今プロポーズされたんだよな?

あの前園サナに。


なんか、ドラマ見てるみたいで自分の事のように感じられないな。


そんな俺を見て、小林さんがハッと息を呑む。


「山崎さんっ! なぜそんなに落ち着いているんですか! なぜ私の方が動揺しなきゃいけないんですか! なんなんですかあなたたち2人は!?」


いやだから小林さんの大声のがびっくりするから……

そんなことは言えずに、サナさんを見ると、「どうですか、一番の解決方法です」とドヤ顔で俺を見る。

この人、本当にとにかく結婚したいんだな。

そう考えると、俺でいいんだろうかとかそんな事どうでも良くなってくる。俺だってそれくらい考える。それくらいっていうかそればっかり考えてたりするけど。


「えーっと、ちょっと考えさせてください」


「えっ」

「なんで!?!?」


俺の返事に小林さんがまた大声を出した。


「前園サナに求婚された唯一の男性なのに、考えるの!? 即答でYESでしょうよ!」


小林さん怖すぎるな……


「あ、結婚はYESなんですけど、その写真を撮られる云々についてちょっと考えさせてくださいって意味で」


「それなら良いです」


サナさんもドヤ顔のまま返事をする。いやさっき「えっ」って言ったの聞こえてます。


「そもそも俺は一般人なので、今後も写真を撮られるっていうのはできる限り避けたいんですよね」


「山崎さん、そんなにすぐ結婚を決めちゃって良いんですか? なんでそんなに冷静なんですか?」


「冷静ってわけじゃないんですけど、なんか現実味がなくて……ただ結婚は考えていたので、まぁ」


「そういうところですよ! 山崎さんおいくつでしたっけ!?!? もしかして人生2度目ですか?」


小林さんがくってかかってくる。サナさん助けて〜とサナさんを見ると、笑うのを我慢して咽せていた。


「28ですけど……」


「28ぃ!?」

「ゴホッゴホッ」


小林さんの叫びと、サナさんの咽せた豪快な咳が車内に響く。

俺は思わず縮こまった。


「あれ、言ってませんでしたっけ?」


アプリでは年齢記載があったし正直に書いてあったはずなんだけど、サナさん見ていなかったのかな。


「把握していませんでした。サナさんどうして教えてくれないんですか」


「ケホッ、見落としてたみたい」


「サナさんそういうところですよー。頼みますよぉ。まぁいいです、お二人の決断はよくわかりました。前園サナをよろしくお願いします。色々とサポートはさせていただきます」


そう言うと小林さんは社長に電話だけしてきますと車を降りた。

車内に二人で取り残される。

サナさんを見ると、とてつもなく嬉しそうな笑顔を向けてくれた。


「柊さんありがとうございます。これからよろしくお願いします」


それが幸せそうな笑顔だと気づくと、ぶわっと鳥肌が立った。


この人と、これから幸せな人生を送っていくんだ。


冴えない男が世界一幸せな男になった瞬間だった。





番外編ひとつあります

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