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一般人の山崎柊 はじめてのマッチング

婚活アプリでマッチングしたサナさんと初めての顔合わせ(と言っていいのか? しかしデートとは違う気がする)で、待ち合わせ場所に向かったら、そこには俳優の前園サナがいた。

俺とマッチングしたサナさんが俳優の前園サナだったのだ。



事前にサングラスにマスクをしていると連絡は来ていたけれど、実際にサングラスにマスクの人物が立っているのを見た時には変に緊張した。

初めて会う人に声をかけるにも緊張するというのに、ましてや濃い色のサングラスをかけていて視線がどこに向いているのかわからない人に声をかけるのは尚更勇気がいる。

それにしても立ち姿も風になびく髪の艶も服装も、公園に遊びに来ましたという出で立ちではなかった。

背筋がピンとしていて、遠くから見ても綺麗な人なんだろうと予想がつくくらいだ。

俺は恐る恐る、サナさんですかと声をかけた。

彼女が顔をこちらに向けて数秒。

返事がなくて、間違えたのかとビビる俺。


「はい、サナです」


返事を聞いて安心して、はぁ〜〜〜と心の中で長く息を吐いてしまった。

それにしてもガッツリ顔を隠して来るなんて、面白い人だなぁ。

会うまでのやり取りでは、変な印象は全く受けなかった。

むしろとても好印象で、この人と親密になれたら良いなぁと思ったものだった。


お辞儀をしあって「初めまして? でいいんですかね」なんで少しおどけて見せる。


「お会いするのは初めてですしね」と返してくれたので、表情は見えないけれど、場の雰囲気も良かったし安心して「よかった」と小さく呟いた。

すると、サナさんはおもむろにサングラスとマスクを外した。


顔を見せるのが嫌だったのではなかったのか?

『サングラスとマスクをしています』と連絡が来た時には、顔を見せるのに抵抗があるのかな、とか日焼け対策か? とか色々考えてしまったわけだが。

特殊な理由がある訳でもなさそうで、さっさと取ってもいいものだったんだな、もしかして目印の代わりみたいなものだったのかな、なんて内心面白くなっていたのに。


サングラスとマスクを外した顔が、あまりにもよく見たことのある顔で困惑した。

俳優の前園サナの顔面である。

昨日の夜、テレビで見た顔である。


「今日はよろしくお願いします」


にこり、と微笑む彼女の笑顔が眩しすぎて言葉を失った。

いや、前園サナが目の前にいる事にも言葉を失っているわけだが。


俺の言葉を失った様子を見てか、彼女は「やってしまった!」と口をあんぐりと開けて(開けたいのはこっちだし、「やってしまった!」とはっきり声に出していた)明らかに慌てた顔でサングラスとマスクを再び装着して、「しー!」と子どものように人差し指をマスクに当てた。

これを見て俺は前園サナだと確信を持ち「えっ!えっ、あの前園サ.....」と言ってしまったところで口を塞がれる。


「詳しい話はカフェでゆっくり話しましょ」


そう言ってそのまま口を塞がれた状態で予約してもらったカフェへと向かったのだった。

誰も前園サナの顔を見た人も、俺の迂闊な発言を聞いた人もいなかったようで、周囲は相変わらずわいわいと公園を楽しむ人の音だけだった。


まさか婚活アプリを、あの前園サナが利用するのか?


俺はこのマッチングを疑った。

誰もが疑問に思うはずだ。

マッチングした人が、俳優やタレントだとしたらこれは仕組まれた事なのではないか。

もしかして、何らかの企画で周りにカメラやスタッフの人たちが隠れているのではないだろうか。

そうだ。そうとしか考えられない。

公園で楽しむ人たちに扮してこちらを伺っているのではないだろうか。

キョロキョロと辺りを見回すも、俺たちのことを見ている人も、カメラやマイクらしき機材も見えない。

巧妙に隠しているな?

もしやあそこに路上駐車している車の中からこちらを撮影しているのか?

それなら後できちんと撮影許可を取ってもらわないといけないし、俺にはモザイクをかけてもらわなければならない。

むしろこんなものをどこに使うかわからないけれど、俺の部分はカットしてくれないだろうか…などとぐるぐる考え出す始末だ。


俺だって今日の顔合わせは楽しみにしてきたのに。

騙し討ちをされて怒りがないわけがない。

これがもし前園サナでなければ俺は今すぐにでもこの手を振り払って詳細を尋ねている。

前園サナだから大人しく着いて行っているだけなのだ。

まぁ、内心、前園サナは好きな俳優だからちょっとラッキーなんて思っている自分もいないわけではない。

むしろ前園サナを嫌いな人間なんているのか?

まぁそれは置いといて。

あのメッセージをやり取りしたサナさんと、俺は出会って仲良くなれたら良いなぁと期待をしていたのになぁ。

そう思うとなんだか落ち込んできた。


俺が色々と考えている間にあっという間に、家の一角をお店にしたようなカフェにたどり着いた。


カメラを設置しているのはこのカフェなのか。

俺は深呼吸して、覚悟をした。


「柊さん、ごめんなさい。びっくりさせちゃいましたよね」


前園サナは心なしか落ち込んでいるように見えた。

人を騙しながらもそんな風に見せるなんて、さすが俳優だ。


「えっ、びっくりどころじゃないです。ドッキリとかですか」


どこかにカメラがあるんですよね、と俺ははっきり言ってやった。何かの企画だと言うことはこっちはもうわかってるんですよと暗に伝えたつもりだった。

そしたら彼女は慌てて首を左右に振った。


「カメラは無いです。わたしが結婚したくて婚活アプリに登録したので。完全にプライベートです!」


そう言うと彼女はメニューを開いて渡してくる。


「色々お話ししたくて今日のお約束をしました。とりあえず何か頼みませんか? わたしのおすすめのお店なんです」


前園サナは眉毛を下げて微笑む。

そんな笑顔、テレビで見たことないぞ……って俺めっちゃファンみたいじゃん。

変なことを考えてしまったし、ホイホイ着いてきてしまった自分もチョロすぎるのだ。

変な顔にならないように顔面の筋肉に力を入れた。


メニューを見るとケーキセットなるものがあった。前園サナはそのケーキセットを指差し、「わたしはこれのチーズケーキとコーヒーにします」と言った。

俺も倣ってケーキセットを注文する。ただしケーキはガトーショコラにした。


キッチンの方からコポコポと音が聞こえてきた。

会話がないのも変に緊張してしまう。相手が前園サナだからなのか、まだ自分がどこかで騙されているのではないかと疑っている所もあるからか。


「あの、本当に俳優の前園サナさんなんですか。俺がメッセージをやりとりしたのも?」


こうなったら気になることは質問するに限る。


「驚かせてしまって本当にすみません。俳優の前園サナです。柊さんにメッセージを送ったのもわたしです。メッセージがいつも優しくて、お会いしたいなと思って。信じていただけるようにきちんと説明します。何でも聞いてください」


そうしてしっかり俺に向き合ってくれる彼女に、俺は小さく息を吐いた。今度は俺が向き合う番だ。


「わかりました。信じます。俺も会うって決めたのが初めての人だったので、色々と不安でつい疑ってしまいすみませんでした」


ぺこりと頭を下げると、彼女もちょこんと頭を下げた。


「わたしも婚活アプリでお会いするのが初めてで。柊さんのご迷惑を考えずにすみません」


メディアに引っ張りだこの人気俳優という職業の人だから、どんな人かと構えてしまったけれど、メッセージのやりとりで感じた素直で優しい人なのは間違いないんだろうな。

俺は自分の感じた気持ちを信じてみようと思い始める。

まずは、会ってみてのお互いの印象や今後の可能性を見極めなければ。


ケーキとコーヒーが運ばれてきた。

コーヒーとケーキを堪能しつつ、サナさんは色々と話題を振ってくれた。

気配りもできるし、笑顔が素敵だし、自信に満ち溢れている陽の光で眩しくすらある。

なぜこんなにもできた人が、俺とここでケーキを食べているのだろうか?

いや、確実にモテるだろう。

きっと俳優仲間とか仕事関係とか、またはどこかの会社の社長などと付き合っていてもおかしくないはずなのだ。

だって大抵のゲーノージンってそういうものなんじゃないか?

俺の勝手な偏見だけど。

どっかのバラエティ番組で、『輝いている人に惹かれない人はいない。だから恋人がいない方がおかしい』なんて言ってた大御所がいたじゃないか。

ふと思い出してしまって、ケーキを口に運ぶ手が止まった。


「あの、わたし変なこと聞いちゃいました......?」


せっかく映画の話題を出してくれたのに、俺が急に黙り込んだものだから、サナさんは不安そうな声を出した。申し訳なさ半分、反省半分で、言い訳じみた際どい質問を投げかけてしまった。

けれど、この件は俺が自信を持って納得がいかないと2人の関係はこの先、進まない気がする。


「いや、その、違くて......。本当にあの前園サナさんが俺とマッチングしているっていうのが不思議で。もう気になるから聞きますけど、そもそもどうして婚活アプリなんて使ってるんですか?」


不躾な質問だけど、俺もふざけた気持ちで聞いているわけじゃない。そういう意思表示のためにも、サナさんをまっすぐ見つめた。

バッと顔をあげたサナさんの瞳が揺らいだように見えたけれど、それから力強く俺を見返した。

これは負けちゃいけないやつだな、と腹に力が籠る。


「そうですね。柊さんが自然に接してくださるのでうっかりしてましたけど。やっぱりわたしの職業柄、気になりますよね」


話せば長くなるのですけど、とサナさんは経緯を説明してくれた。

彼女の悩みが俺と一緒で驚いたのは言うまでもない。

こんなにモテる要素しかないし結婚願望が強い人が、仕事命すぎて恋人もできないだなんて。

この人の周りの人たちはどうかしてるな?

でも俺にとってはありがたいことだったんだなと思い直すことにする。

あと夢はお嫁さんになることなのが普通に可愛い。


「アプリのおかげで柊さんとマッチングできたというわけです。ありがとうございます」とサナさんは深々と頭を下げる。


「いえ、こちらこそ」


咄嗟に俺も深々と頭を下げた。


「だから、その、わたしは柊さんが素敵な人だなと思っています。あなたのことをもっと知りたいので、今後もお会いしたいです。あわよくば結婚前提のお付き合いがしたいです!」


不意打ちを喰らってしまった。

俺はまだ前園サナと向き合うのに戸惑っているのに、彼女は俄然そのつもりで俺と向き合っているのだ。

けれど、サナさんの意思を聞いたのだから、俺も自分の今の気持ちをきちんと伝えなければならない。


「直接お会いするまで、サナさんの文面は親近感があるし優しさもあって、良い人柄が滲み出ていたんですよね。俺もそんなサナさんが良いなって思って今日会うことを決めました。できたら未来に続く出会いだと嬉しいなと期待していました。でもまさかあの有名な前園サナさんだとは思わなくて。正直この状況に、ケーキを食べながら混乱してます」


俺は大きく息を吸ってフォークを置いた。


「話を聞いて、テレビで活躍していようがいまいが、サナさんはサナさんなんだなって感じました。うまく言えないけど」


自然と頬が緩んでいた。

うまく言えたつもりはないが、自分の気持ちは素直に言えた。

サナさんも優しい笑顔で俺を見ていた。

この瞬間が、とても尊い時間のように感じた。


「よかったら、また会ってもらえますか? もっとお互いのことをよく知るために」


次の約束のために、俺はアプリでのメッセージのやり取りではなく、直接の連絡先の交換を提案する。

サナさんは満面の笑みでOKの返事をくれた。


「次は博物館に行きませんか?」


ちょうど今の特別展示が見たくて〜、と彼女は続ける。博物館のワードに俺は内心ギクリとする。けれど悟られないようにいたって冷静に返事をした。


「博物館、滅多に行かないので楽しみです」


これは嘘だ。

博物館は大好きだ。一時期、仕事の休みの日に毎週通っていた。仕事帰りに間に合いさえすれば毎日通いたいくらいだった。


俺の、あまり他人には言いたくない趣味。

この趣味をバカにされてから俺は趣味を他人に話すことがなくなった。1人で楽しめれば十分だったから。

ただ、やはりこのことはいずれパートナーになる人には打ち明けなければならないと思っている。

大人になってからハマったからこそ厄介なのだ。

次回、初デート!

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