6.建国祭①
王都で開催される建国祭は、身分関係なくたくさんの人で溢れ返っていた。
「わあっ、とても賑やかですね……!」
「メアリー嬢は王都に来たのが初めてだと言っていたね。じゃあ建国祭も初めてかな」
「はい! 初めてです!」
この空気感……前世のお祭りを思い出してしまう。
食べ物の屋台だけではなく、物や花を売っていたり、王都の中心部では建国祭のために用意された演劇や演奏が行われているらしい。
そんな建国祭に友人と行けて嬉しい。カシス様には感謝である。
「はしゃぎすぎてはぐれないようにね。一応公爵家の護衛が見守ってくれているから、大丈夫だろうけれど」
てっきり二人だと思っていたが、私とカシス様はまだ未成年。
護衛がついて当然かと納得して周りを見渡す。
「あの、護衛の姿が見当たらない気がするのですが……」
「ああ、堂々と護衛がついていると君が気を遣うと思って、遠くから守ってくれているんだ。人混みに紛れ込んでいるだけだから安心して?」
「なるほど! レベルが高いのですね」
護衛がどこにいるのか全くわからない。
それだけ優秀なのだろう。
「本当は俺一人で君を守れるようになりたいんだけどね、まだまだ未熟だから」
「カシス様も鍛錬されているのですか?」
「もちろん。自分の身を守るためにも、体術と剣術は必要なんだ。それに……」
カシス様は私に対して柔らかく微笑んだ。
「君を守れるくらい強い男にならないと、恥ずかしくて隣に立てないからね」
「なるほど!」
ついにカシス様も思春期というものがやってきたのかもしれない。
異性の前では強くて格好良くありたいという欲が芽生えたのだろう。
「ですがカシス様はすでに格好良くて素敵な方ですよ」
正直、心優しいカシス様が誰かを傷つけるなんてできなさそうだ。
今も無理して鍛錬しているかもしれないと思うとフォローせずにはいられない。
「私の隣にいてくれるなんて、もったいないくらいです」
ちなみに小説の推しは復讐に燃え、血が滲むような努力を経て強くなったわけだけれど、メアリーのピンチを何度も救ってくれる姿は胸キュン必須だった。
しかし人には合う合わないがある。
カシス様は頭脳派な気がして、あまり強い姿が想像できない。
「俺に対してそう思ってくれていたんだ」
「カシス様は本当に優しくて、紳士的で立派なお方です。なのであまりご自分を思い詰めないでください」
もしカシス様の死を回避できれば、恐らく彼が公爵家を継ぐことになるはずだ。
その場合、この世界での推しはどうなるのだろうか。
一人娘の私と結ばれるため、伯爵位を継いで二人三脚で仕事を……なんて妄想しただけで頬の緩みが止まらない。
推しとの未来を考える時間が何より幸せだ。
「思い詰める……か」
カシス様の言葉にハッと我に返る。
何やら考え込んでいて、余計なことを言ってしまったのかと不安になった。
(もしかして違った……?)
小説でカシス様についての描写はほとんどない。
基本的に推しがカシス様について語った時の情報しかわからなかった。
そのため、私が勝手にカシス様を判断して声をかけたのである。間違っていたなら恥ずかしい。
「ありがとう。君のおかげで気が楽になったよ」
しかしカシス様は、そう言って微笑んでくれた。
少しでも私の言葉で心が救われたのなら良かった。
「……メアリー」
「はい」
「君のこと、メアリーって呼んでもいい?」
「はい! もちろんです!」
これは友人として気を許してくれたということだろうか。
そうだとしたら嬉しい。
推しとの恋愛にまた一歩近づけた気がする。
「じゃあメアリーも、俺のことを名前で呼んでほしいな」
「すでに呼んでいますが……カシス様と」
そこでハッとする。
もしかして、敬称はいらないということだろうか。
「呼び方ひとつで仲が深まると思わないか?」
「ですが、本当によろしいのですか? 身分も年齢も違いますし……」
「では君が慣れるまで、二人の時だけにしよう。それならどうかな?」
カシス様が許可したわけだし別に構わないだろう。
二人きりというのも、特別感があっていいかもしれない。
「わかりました! では……カシス」
「うん、よくできました」
かっ……こいい。
頭を撫でられ、不覚にもキュンとしてしまった。
私に兄がいたのなら、こんな感じなのだろうか。
未来のお義兄様になるのだから同じか。
「カシス! 早速あれを食べたいのですが……」
「いいね。行こう」
こうして私は建国祭を存分に満喫する。
食べ歩きなんて前世ぶりで、懐かしくて楽しい。
他にも有名な音楽家の演奏を聴いたり、建国祭のための演劇を観たり……と楽しい一日だった。
カシスは私が行きたいところに文句ひとつ言わず、ついてきてくれて本当に優しい人だ。
「楽しかったあ」
気づけば夕暮れ時になっていた。
夜になると花火が上がるらしいが、両親に暗くなる前には帰ってくるよう言われているため、そろそろ終わりである。
近くで見れないのは残念だが、なんと公爵邸からも花火が綺麗に見えるらしく、私たちの家族はカシスの家に行くことになっていた。
まさに家族ぐるみの仲……推しとはいわゆる幼馴染という関係だというのに、なぜ私は推しと出会えていないのだろう。
しかし今夜こそ出会えるはずだ。
一目惚れ作戦はいまだに諦めていない。
「あ、あの店……」
その時ふと横切ったアクセサリーの出店に目が留まる。
先程見かけた時は多くの人が集まっていたが、今は人だかりがなく商品を確認できた。
「これは……」
とても人気だったのか、あまり商品が残っていなかったけれど、碧色の耳飾りが目に入る。
誰も買えるような良心的な価格のため、人気が高かったらしい。
「メアリー、どうしたの?」
「見てください、カシス。この耳飾り、カシスの瞳の色と似ていませんか?」
カシスの瞳と並べると、限りなく近い気がした。
「似ている、のかな? あまり自分の目の色は気にしたことないから。ああ、でもこれは君の瞳の色に似ているね」
そう言ってカシスは、色違いである黄色の耳飾りを手に取り、私に見せる。
「まるで運命だねえ。今日は大繁盛でほとんどの商品が売り切れていたのに、偶然その二つが残っていたなんて」
年配の店主がにこやかに話し始める。
確かに互いの瞳と同じ色の耳飾りが残っているなんてすごい偶然だ。
「そうだ。カシス、良かったら友情の証として買いませんか?」
「友情の証……?」
「はい! 二人で会う時はこれをつけるんです」
前世では仲のいい友人同士でお揃いの物だったり、色違いの物を買ったり……というのはよくあることだった。
「あ、もちろんカシスが嫌じゃなければ……」
「嫌じゃないよ」
嫌がられたらどうしようと思ったが、カシスはすぐに否定してくれた。
「本当ですか?」
「うん、本当だよ。これを買おう」
とても嬉しそうに笑ってくれて、心の中でガッツポーズをした。
この友情は物によってより強固なものへと変わるだろう。
早速二人で購入し、つけたところを見せ合う。
「なんだか胸がくすぐったいね」
カシスはそう言って、私の耳元にそっと触れる。
「この感覚はなんだろう。優越感かな」
「優越感、ですか?」
「君を独り占めできたような気がして」
カシスってもしかして心の許せる友人があまりいないのだろうか。
公爵家の嫡男である以上、下心があって近づいてくる人も少なくないはず。
それで周りを警戒しがちで、心を許せる相手があまりいないのかもしれない。
「気のせいじゃありませんよ。二人で会った時、私は全てカシスのものです」
どこも行かないという意味を込めて伝えたつもりだが、伝わっただろうか。
恐る恐るカシスを見ると、彼は目を丸くしていた。
「へ、変な意味ではありませんよ……? これからもよろしくねっていう意味合いで」
「わかっているよ。こちらこそよろしくね、メアリー」
勘違いされていないようで安心した私は、カシスと共に屋敷へと戻った。