5.秘密の関係
たくさんの人と交流を深めたいという私の願いを、両親は快諾してくれた。
実は今まで両親は私の体調が心配で、社交シーズンでも領地から出なかったらしい。
しかし私の体調が良くなる一方なのと、私が希望したことで、今年の社交シーズンは王都にある別邸の滞在が決まった。
「ヴィクシム公爵家も王都に滞在するだろうから、きっとカシス様と会う頻度も増えるわね」
「そうですね……?」
なぜかお母様は嬉しそうに話しており、思わず首を傾げる。
とはいえカシス様との仲を深められるのは今後のためにありがたい。
カシス様と交流すれば、いずれ推しと出会えるからだ。
「そういえば社交シーズンに先立って建国祭が開かれるけれど、行ってみたいと思わない?」
「建国祭……!」
建国祭といえば、小説のメアリーが行きたがっているのを知った推しが誘い、幸せなひとときを過ごす場面がある。
聖地巡礼の一環として行きたい。
願わくば推しと行きたい。それはまだ当分先になりそうだけれど。
「行きたいです!」
「メアリーは参加したことがないからね、行くといいわ」
「あれ……お母様は行かれないのですか?」
「残念ながら私と旦那様は外せない用があって行けないのよ」
「そうですか……あっ、じゃあライラと」
「一度カシス様をお誘いするのはどうかしら?」
今日はやけにお母様の口からカシス様の名前が出てくる気がする。
「カシス様とは、まだそれほどの仲ではないような……」
「何を言っているの。貴女の誕生日にわざわざ祝いに来てくれたのよ?」
確かにあの日、私の友人第一号になってくれたけれど、カシス様には私以外にたくさんの友人がいるだろう。
あの見た目に性格だし、公爵家の嫡男という肩書きもある。彼を狙っている貴族も少なくないはず。
「一度誘ってみるといいわ。もし断られた時は私たちと行けばいいんだから」
「わかりました。一度お誘いしてみます」
「うんうん。それがいいわ」
(うん? 断られた時はって、お母様たちは用があって行けないのでは……)
なんだかよくわからなかったけれど、建国祭に行きたい気持ちが大きく、お母様の言う通りにしようと思った。
◇◇◇
早速カシス様を誘った結果、なんと了承してくれた。
断られるだろうとダメ元で聞いてみたため、本当に驚いた。
「カシス様!」
建国祭当日。
初めての王都に大興奮な私の元に、カシス様が迎えに来てくれた。
(何度見ても格好良くて見慣れないな……あの柔らかい雰囲気が本当に落ち着く……!)
推しと雰囲気が全く似ていないから驚きだ。
「会うのは久しぶりだね。君は以前会った時よりさらに元気そうになったかな」
「わかりますか? 実は私、今では走っても倒れないぐらい成長したんですよ!」
カシス様には体が弱く、すぐ倒れてしまうため体作りの最中だと話していた。
それに関する進捗もカシス様には報告していたおかげで、今でもサボらず頑張れている。
「それは偉いね」
カシス様は頭を撫でて褒めてくれる。
まさに癒しのひとときである。
「今日はありがとうございます。付き合ってくださって……断られると思っていたので嬉しいです」
「俺も誘ってくれて嬉しかったよ。しばらく王都に滞在するんだよね」
「はい! 社交シーズンはこっちにいる予定です。なので私は交友を広げようと考えてます」
多くの人たちに慕われてこそ、ヒロインと呼ぶにふさわしいもの。
推しの隣に立って恥ずかしくないよう、私の存在を広めるのだ。
「それなら俺が力になろうか?」
「え……」
「君も初めてで緊張するだろう? だから、そういう集まりで俺と一緒に参加したらいいよ」
カシス様は公爵家の令息。私以上に招待もあるだろうし、上位貴族の集まりも中心的な存在として参加することだろう。
けれど、カシス様の力を借りるのはフェアじゃないような……あと普通に注目されそうだ。令嬢たちの嫉妬とか怖い。
「だ、大丈夫です! 私は私なりに頑張るので! それに令嬢だけの集まりもあるでしょうし」
令嬢の友人が欲しいのであれば、カシス様とは一緒にいない方がいいというのが私なりの判断である。
こうして交流する分には抵抗がないけれど、大勢の場に出るとなると話が変わってくる。
「……嫌なの?」
断られるとは思っていなかったのか、残念そうな顔をされて心が痛む。
けれど私は推しと結ばれる予定の令嬢だ。ここで変な噂が立つわけにもいけない。
「嫌じゃないのですが、申し訳ないと言いますか……」
「ごめんね。友人として力になりたかったけれど、余計なお世話だったね」
なんだか悪いことをした気分だ。
何か上手い言い訳はないかと考える。
「か、隠れて交流するのって、なんだか秘密の関係のようでドキドキしませんか⁉︎」
「秘密の関係……?」
「そうです。周りにバレないように私たちの仲を深めていくのです」
まるで下心があるような言い方をしてしまい、カシス様の反応が怖くなる。
今度こそ引かれたらどうしようかと思ったが、カシス様はふわっと嬉しそうに微笑んだ。
「それはそれで楽しそうだね」
カシス様の厚意を無駄にして申し訳なかったが、なんとか無事に危機を回避でき、私たちは建国祭へと向かった。