4.友人
「メアリー様。カシス様よりお手紙が届いております」
カシス様と初めて会ってから、私たちは定期的に手紙のやり取りをしていた。
始まりはカシス様から届いたもので、その時は本当に驚いた。
変人女だと思われてないか不安だった私はホッと胸を撫で下ろした。
先日の怪しげなメイドの件は、その日のうちに両親へと報告した。
すぐにメイドについて調べてくれ、なんと戸籍を偽造していることが判明。
さらに推しの叔父との接点が見つかり、 ヴィクシム公爵家にも今回の件について報告された。
しかし具体的に害をなそうとした証拠がなく、叔父を処罰することができずに戸籍を偽証したメイドのみ追放処分となった。
それでも今回の一件でヴィクシム公爵夫妻は叔父を警戒の対象ににしたようで、あの事件が起こらないのではないかと期待する。
もちろん油断は禁物だけれど。
カシス様は現在十二歳。成人である十六歳まであと四年。
それまでにカシス様と協力して可能な限り危険を取り除き、ついでに仲良くなる。そして推しとの恋愛を支持してもらうのだ。
(できれば自然に推しと近づき、婚約関係まで持っていきたいのだけれど……)
残念なことに推しとの出会いが今の私の壁となっている。
家族でヴィクシム公爵家に遊びに行く機会がないかと期待するが、そう頻繁に会える距離でもない。
「そういえばメアリー、欲しい物は決めたか?」
推しについて頭を悩ませながら食事をとっていると、お父様に声をかけられる。
「えっ、と……欲しい物、ですか?」
「あら、メアリー忘れたの? 来月は貴女の誕生日よ」
「誕生日……」
そうだ、と思い出す。
部屋に篭もりがちだったメアリーの誕生日を、両親はとても大切にしてくれ、いつも屋敷で盛大に祝ってくれた。
メアリーに『生まれてきてくれてありがとう』という感謝の気持ちを伝え、その時だけはメアリーも滅多に見せない笑顔を浮かべていた。
体が弱いことを言い訳にたくさんのことを諦めてきたメアリーにとって、唯一の楽しみであり安らぎの時間とも言えた。
「ふふ、カシス様との手紙のやり取りが楽しくて忘れていたのかしら」
「そ、んなことは……!」
「照れなくていいのよ」
(言えない……カシス様の弟を狙っているため、仲を深めているだなんて……!)
推しは私の二歳年下で、まだ出会ってすらいない。
その相手を狙っているとわかれば、引かれてしまうかもしれない。
幼い頃の二歳差ってどうしてこれほど大きいのだろうと悲しくなる。
私が年下だったら気にならないのに、とカシス様を頭に浮かべながら思った。
「欲しい物、考えておきますね。とても楽しみです」
何をお願いしようかなと考えながら、私は料理を口に運んだ。
◇◇◇
時はあっという間に流れ、誕生日当日。
「メアリー嬢、誕生日おめでとう」
「え……どうして、カシス様が」
両親に玄関へ行くよう促され、プレゼントかなと思いそこへ行くと、なぜか花束を持ったカシス様の姿があった。
「君が誕生日だと聞いて、俺も参加させてもらうことになったんだ」
カシス様とは初めて会って以来、手紙のやり取りしかしていなかった。
それにも拘らず、誕生日だと聞いてわざわざ足を運んでくれたなんて……なんという心温かなお方だ。
推しが慕うのも頷ける。なんなら私も義兄として慕わせて欲しい。
「カシス様、今日は娘のためにありがとうございます。まだ誕生日会まで時間はありますので、良かったらメアリーと二人でお過ごしください」
何やら嬉しそうなお母様が声をかけ、私はカシス様を客間へと案内することになった。
「メアリー様、よろしければ花束をお預かりします。花瓶に入れて部屋に飾っておきますね」
「ライラ、もう少しだけ持っていてもいい? 枯れてしまうかな」
こんな風に家族以外の人にも祝ってもらえるなんて……この世界で友人などいないため、素直に嬉しかった。
そのため花束を手放すのが惜しくなる。
「もし枯れても、また新しいものを用意するよ」
パッと顔を上げると、カシス様に優しい眼差しを向けられていた。
「まさかこれほど喜んでくれるとは思わなかったな」
「実は私、友人と呼べる人がおらず……初めて家族以外の方に贈り物をいただきました。それがとても嬉しくて……カシス様、本当にありがとうございます」
思わず笑みがこぼれてしまう。
「じゃあ俺が君にとって初めての友人だね」
「え……」
それってつまり、カシス様が私の友人になってくれるということだろうか。
それは願ってもないことだ。
推しの兄と仲良くなる、という作戦にまさにぴったりの関係である。
「い、いいのですか?」
「もちろんだよ。それに、何とも思っていない相手にわざわざ会いに行こうとはしないよ」
「カシス様……」
そうだ。カシス様は今日、私のために会いに来てくれたのだ。
「そういえばご家族の方は……」
「家族? 今日は一人で来たよ」
少し、ほんの少し推しに会えるかもと期待してしまったけれど、カシス様が一人で現れた時点で当然かと納得する。
カシス様が会いに来てくれただけで十分だ。残念がってはカシス様に失礼である。
(けれど、やっぱり推しに会いたかった……!)
顔に出してはダメだと思って笑顔を意識する。
「ついでに君に直接お礼が言いたかったんだ」
「お礼、ですか?」
「そうだよ。あの時、君がこの屋敷のメイドを怪しんでくれたおかげで、ヴィクシム公爵家は被害に遭わずに済んだんだ。本当にありがとう。聞いているかもしれないけれど、あのメイドと叔父上が関わっていたみたいで……おかげで今は父上や母上も叔父上を警戒しているよ」
「私は何も……! 本当に、偶然見かけただけなので」
スパイ探しをしていたのは事実だが、あの怪しいメイドを見つけたのは本当にたまたまだ。
「それでもお礼を言わせて欲しい。君の言った通りだよ、身近な人でも信じてはいけないって。実は俺も弟も叔父上を慕っていたけれど、まさか家を狙っていたなんて……」
弟、と聞いてピクッと耳が動く。
慕っていた叔父が裏切り者だと知った時、推しの闇堕ちが始まるのだ。
読んでいて苦しかったが、そんな推しも格好良くて大好きだった。
「未然に防げて良かったです。それより、カシス様には弟さんがいらっしゃるのですね」
まるで初めて聞いたかのように尋ねてみる。
これは仲良し兄弟エピソードが聞けるのでは? と期待しながら。
「うん、いるよ」
「カシス様とは仲がよろしいのですか?」
「良い方じゃないかなあ。よく遊んだりするよ」
くっ、推しがカシス様と仲良く遊んでいる姿……そんなの見たいに決まっている。
「いいなあ……」
「突然どうしたの?」
思わず声に出てしまったようで、慌てて言い訳を考える。
「私には兄弟がいないので、羨ましいなと思いまして……」
友人も兄弟もいない。それどころか病弱で部屋に引きこもりって……私、かなり人生を損しているのではないだろうか。
「カシス様。私、決めました」
「メアリー嬢……?」
「これからたくさん外に出て、たくさんの人と出会い、交流を深めるのです!」
未来の推しの妻になる者が、交友関係が狭いだなんて笑われてしまう。
推しにふさわしい人になるためにも、たくさんの人と関わらないと。
「今まで体が弱いと言い訳して、家にばかりいたので……カシス様のおかげです」
「俺は何もしていないけれど……君が楽しそうで良かった」
この世界で私のやりたいことが増えていき、カシス様の言葉通りとても楽しい。
こうして私は、早速両親に頼もうと心に決めた。