17.真実
最初こそ緊張していたデビュタントは、後半に連れて楽しさが増していく。
「メアリー、貴女って本当に最低ね」
「えっ……」
そんな私の元に、クラスタがじとっと睨みながらやってきた。
「私、何かした……?」
「したわよ。心に決めた相手がいるのに、カシス様を弄んだんでしょう」
「なっ……そんなことしてないよ!」
突然何を言い出したかと思えば、そんなこと……あり得ないのに。
「あの、メアリー様」
クラスタと話していると、数人の令嬢が私の元にやってきた。
「カシス様とは本当にただの友人なのですか……?」
「色違いの耳飾りをつけていらっしゃいますし、それに……カシス様は自身のパートナーは心に決めた人しか考えていないと仰っていたそうですのよ?」
なるほど、みんな私とカシスの仲を疑っているようだ。
決してそのようなやましい関係ではないというのに。
「それはカシスが友人として……ふっ」
説明しようとした時、突然背後から手が伸びてきて、軽く唇を塞がれてしまう。
「メアリー、そこまでにしようか」
「は、はひふ!」
王太子殿下と話していたカシスが戻ってきたようで、振り返ったタイミングで手が離される。
「び、びっくりした……殿下とのお話はもういいの?」
「うん、終わったよ。それより今、周りに勘違いさせるような発言をしようとしていたよね」
カシスがどこから聞いていたかわからないが、勘違いではない。
まさに私たちがただの友人であることを証明しようとしていたのだ。
「ち、違うよ! 私はただ……」
「変に否定するとかえって疑われてしまうかもしれないよ」
その時カシスに耳元でボソッと呟かれ、確かに! と思った。
前世でも周囲に噂されていた男女が焦って付き合っていないと否定していた姿は、かえって怪しく思ったものだ。
「あの、勘違いということは、やはりお二人はそういう仲なのですか……?」
私たちの距離が近いからか、一人の令嬢が思い切って尋ねてきた。
変に否定しないと言っていたため、カシスは笑って流すのかなと思っていると……。
「友人だよ。今はまだね」
「今は……ということはやっぱり⁉︎」
「もしかしてお互い想い合っているのにすれ違っていらっしゃるとか……⁉︎」
まさかの匂わせ発言をして、カシスと私はその場を去る形となった。
「ど、どうしてあんな風に言ったの……⁉︎」
「ああいう人たちは何を言っても自分たちの都合の良いように解釈するんだ。それなら泳がせておいたらいいよ。どうせ違う結果になったら、つまらなさそうにして終わるだけだろうし」
「なるほど……」
そこまで頭が回らなかった。
ここはカシスに頼って正解だったかもしれない。
そうしてデビュタントが終わりを告げ、私とカシスは馬車に乗る。
「今日は楽しかった?」
帰りも私の隣に座り、行き以上にカシスの距離が近い……ような。
腰に手がまわされ、ぴたりとくっつかれている。
何かあったのかと思ったけれど、心落ち着くような穏やかな笑みはいつもと変わらず、意識しないことにした。
「とっても楽しかった! これからはパーティーや舞踏会にたくさん参加できるんだよね。もっと交流を深められるといいなあ」
「そうだね」
嬉しそうに話していると、カシスも笑みを返してくれる。
「そういえば、どうして俺に黙っていたの?」
「え……」
「君に心に決めた相手がいるっていうこと」
「あっ」
そのことか、と思った。
「いや、その……引かれるかなと思って……実は私……」
「わかっているよ」
思い切って話そうとしたが、カシスが遮るように口を開いた。
「話さなくても、全部わかっているから大丈夫」
「え……」
「何年メアリーと一緒にいたと思っているの?」
「ひ、引かないの? だって私、自分より歳下のカシスの」
「引かないよ。好きになる相手を絞る必要なんてないからね」
黙っていた上に大切な弟を狙っていた私に、優しい言葉までかけてくれるのか。
「あ、ありがとうカシス……!」
けれど突然罪悪感に苛まれる。
私は当初、こんな優しい人を利用しようとしていたのだ。
推しとの仲を取り持ってもらおうとしていた。
「カシス、ごめんね……実は私、最初カシスを利用しようとしていたの」
黙っていられず、つい本当のことを話した。
「仲を取り持ってくれないかなって期待していたけれど、今はもうそんな風に思っていないし、カシスを頼るつもりはない。本当にごめんね……」
謝って許してもらえるわけないと思ったけれど、カシスは許してくれる。
「謝らないで? どんな手を使ってでも、想いを寄せる相手を手に入れたいと思うのは悪いことではないと俺は思う。それも一つの手段に過ぎないからね」
「ど、どうしてカシスはこんなに優しいの……私、最低なことしたのに」
「君が思っているほど俺は優しい人間じゃないよ」
そんな柔らかな表情で言っても説得力などない。
自分を卑下する理由がわからないまま、馬車は私の家へと向かっていた。
◇◇◇
デビュタントでの出来事は瞬く間に貴族の間で広まり、両親の耳にも入った。
「メアリー」
「……はい」
「どうしてカシス様と婚約しなかったの?」
なぜか私はお母様の前で正座させられ、怒られていた。
「そ、れは……カシスとは、ただの友人で」
「私たちはね、貴女が社交界デビューしたら二人は婚約すると思っていたの。だって貴女、キャロルにも婚約の約束を取り付けたんでしょう?」
「……え」
「なのにデビュタントでカシス様との関係を否定して? 一応噂では二人が想い合っているのにすれ違っていることになっていたけれど、いったいどういうつもり?」
転生してからこれほどお母様に怒られるのは初めてだったが、その理由がうまく理解できない。
「ま、待ってくださいお母様! 私がいつカシスと婚約の約束を……?」
「何を言っているの? カシス様の成人祝いの日にキャロルに伝えたのでしょう」
「いいえ、違います。確かに婚約の約束を取り付けましたが、私はフリップ様のつもりで……」
「……はい?」
「え?」
お互い目を丸くして見つめ合う。
数秒後、お母様がとても長いため息を吐いた。
「貴女、まさか……フリップ様のことを言っていたの?」
もしかしてお母様はフリップ様ではなくカシスのことだと思っていたのだろうか。
じゃあキャロル様も……?
「あの、お母様……キャロル様もカシスだと思って……?」
「ええそうよ、カシス様の成人祝いの日、私たちが帰る直前にキャロルに教えてもらったの。カシスと貴女は互いに同じ気持ちで、貴女が成人したら婚約するって」
「そんなのあり得ないです! だってカシスにも心に決めたお相手がいるようなので……」
「貴女それ本気で言っているの? カシス様はね、貴女が……いや、言わない方が良さそうね」
「……?」
お母様は途中で話を終えてしまう。
「残念だけれど、フリップ様との婚約は無理よ」
「え……ええ⁉︎ なぜですか!」
「フリップ様のお相手はすでに決まっているそうよ。正式な婚約はまだ結ばれていないけれど」
「そんな……」
フリップ様と結ばれるのはヒロインの私だと信じ込んでいた。
けれど今、フリップ様の家族の死を回避できたことで、未来が変わっている。
そのためフリップ様に婚約者ができてしまったとしたら納得できる。
けれど……そうか、フリップ様は私以外の人と……これからはフリップ様の成長とともに他の令嬢と幸せになる姿を応援する立場になるのか。
(思ったより、ダメージが少ないかもしれない……)
私は今まで小説の展開に縛られ過ぎていたようだ。
フリップ様との恋愛するイメージが湧かなかったのに、心のどこかではフリップ様と恋愛しなければならないとすら思っていたのだ。
けれどフリップ様に私ではない婚約者が決まったことで、その枠から脱出することができた。
これからはフリップ様と恋愛しようと思うのではなく、誰よりも近くで推せばいいのだ。
そう思うと心が軽くなる反面、なおさらカシスに申し訳なくなる。
こうして私は、小説とは違う未来を歩もうとしていた。