16.デビュタント
デビュタントは貴族たちの間でも一大イベントのため、王城で大々的に行われる。
私はいつもより気合の入ったドレスを着て、カシスと合流して馬車に乗る。
「とても綺麗だよ、メアリー」
「ありがとう。カシスも格好良くて素敵だね」
さすがはヒロインだけあって、少し着飾れば周囲の視線を奪う美少女になったけれど、カシスも主人公の兄ということでキラキラオーラは負けていない。
むしろ私より注目されそうだ。
令嬢たちの間でいつもカシスは話題に上がっているし……そんなカシスの心に決めた相手って気になりすぎる。
今日わかるのだろうか。それとも私より年下?
私の知らないところで愛を育んでいたなんて。
全く気づかなかったのは少し悔しい。
それにしても……。
「あの、カシス?」
「うん? どうしたの?」
馬車の中。いつもは向かい合って座っていたけれど……今日はなぜか私の隣に座っているカシスといつも以上に距離が近い。
気がする、ではなく近いのだ。
「少し、近いような……」
「嫌?」
もちろん嫌じゃないが、圧倒的なオーラを放つイケメンが真横にいられると、さすがにソワソワしてしまう。
「嫌じゃない、けれど……」
「じゃあ構わないね」
そう言って、カシスは私の手にそっと自分の手を重ねてきた。
何だか今日のカシスの様子がおかしいような……いつもより、私に向けての視線が熱い気もする。
(なんか……気まずい)
沈黙が流れ、変な空気感になる。
いつも通りに接しようと思い、必死で話題を探した。
「そ、そうだ! フリップ様はお元気ですか?」
あれからフリップ様も歳を重ね、十四歳になった。
あと二年経てば小説本編のフリップ様と同じになる。
家族が生きているおかげで、フリップ様は幼少期と変わらず明るく元気な少年に育っていった。
それはもちろん嬉しいのだけれど……正直なところ、そんなフリップ様と恋愛するイメージが湧かない。
小説では家族が殺されて闇堕ちし、復讐に燃えるフリップ様と、部屋に篭もりがちだったが外に憧れるメアリーが、互いに寄り添って惹かれ合う。
その時のフリップ様は感情が乏しく、どこか大人びていて少年とは言いがたかった。そのせいか、今の明るい少年らしいフリップ様との恋愛を想像できないでいる。
とはいえ可愛いフリップ様も大好きだし、フリップ様が成人して大人になったら自然と惹かれ合って小説とは違う形の恋愛ができるはずだ。
「フリップ? 元気にしているよ。たくさん友人もいるみたいで、よく交流しているよ」
「さすがはフリップ様。フリップ様にしかない魅力がたくさんあるからね」
きっと人の心を掴むのが上手いのだろう。
未来の約束をしていなければ、フリップ様が他の令嬢に惚れてしまうのではと心配するところだった。
「……君はいつになってもフリップを気にかけているね」
「えっ、そ、そうかな? た、多分弟のように思えて気になっちゃうのかも」
そう、今のフリップ様に対する感覚はまるで弟を愛でているようなものかもしれない。
もちろんこれから変わっていく予定だけれど。
咄嗟に濁してしまったが、カシスも私に心に決めた相手を隠しているのだ。まだ話すタイミングではない。
そうこうしているうちに、王城へと到着する。
私とカシスは二人で会場入りを果たした。
(すごいたくさんの人……豪華な会場!)
いかにも高価な装飾品ばかりの会場は、まさに貴族たちのデビュタントにピッタリである。
ついそちらに意識が向いていたが、すでに会場入りしていた人たちの視線が一斉に集まるのを感じた。
「か、カシス……なんか、注目されてない?」
「大丈夫だよ。ほら、俺に掴まって」
カシスの言う通り、私は彼の腕に手を添える。
周囲の視線が怖くなり、思わずカシスにピタッとくっついていると……突然会場が騒がしくなった。
(な、なに……⁉︎ あ、クラスタが!)
視線の先にはクラスタの姿があり、目が合った。
助けを求めようかと思ったが、クラスタは嬉しそうに『おめでとう』と口パクだけしてどこかへ行ってしまう。
おめでとう……ああ、パートナーが見つかったことに対する言葉か。
クラスタには散々不安を口にしていたのだ、あとでお礼を言いに行こうと思った。
「ついにカシス様のお相手が……」
「家同士の仲でしたよね。じゃあ、幼い頃から……?」
「同じ耳飾りをしていますわ。きっととても愛し合って……」
何やら周りは私たちを見て話していたが、途切れ途切れで上手く伝わってこない。
「緊張してるの?」
さすがは社交界デビュー済みなだけあって、カシスは落ち着いている。
「うっ、かなり……」
「これから王太子殿下に挨拶するけれど、大丈夫そう?」
「お、王太子殿下⁉︎ き、聞いてないです……!」
国王陛下の一言があるのは聞いていたが、王族に自分から挨拶するのは聞いていない。
確かカシスは王太子殿下と交流があるって言っていたような……だからか、と納得する。
「カシス! ついに相手を連れているところを見られて俺は嬉しいぞ」
すでに緊張で色々とやばかったが、王太子殿下との挨拶はあっという間にやってきた。
形式的な挨拶をしたあと、殿下はマジマジと私を見つめてくる。
「ほお、彼女がそうなのか……」
「殿下、あまり見つめるとメアリーが緊張してしまいます」
カシスは私の一歩前に立ち、守ってくれたおかげで殿下の凝視から逃れることができた。
「そう言って、俺に惚れたらどうしようかと嫉妬してるのではないのか?」
「嫉妬であれば、このようなことでは済みませんよ」
「……お前、本当にメアリー嬢のことになると性格が変わるよなあ」
いったい何の話をしているのかわからないでいると、殿下が私に話しかける。
「メアリー嬢、成人おめでとう。ようやくカシスと並ぶ日が見られて嬉しいよ。正式な婚約はまだなのかい?」
「婚約……ですか?」
「ああ、カシスとの婚約だ。君が成人するまで待っていたのだろう?」
「え……私とカシスは婚約なんてしませんが……」
「え?」
「……え?」
殿下は何を言っているんだ。
驚いていると、なぜか殿下も目を丸くしている。
「ああ、もしかして照れているのか。君とカシスが恋仲なのは聞いているよ」
「カシスと私はただの友人です。心の許せる一番の友人、なのですが……決して恋仲では」
「ま、待ってくれ! あの、だが今日のパートナーはカシスじゃないか」
「それでしたら、パートナーのいない私をカシスが誘ってくださったのです。それに……私たち、実はお互いに心に決めたお相手がいるんです。ですがカシスは、友人として私が成人になるのを見守り、待ってくれていたのです」
そう、これは決して軽い言葉では言い表せない関係だ。
自信をもって言葉にしたけれど、なぜか殿下はカシスと私を交互に見ながら慌てていた。
どうしたのだろうと思いカシスに視線を向ける。
カシスは私の視線に気づくなり、ニコッと笑みを浮かべた……けれど。なぜか作ったような笑みに見えて、違和感を覚える。
「カシス……?」
「きょ、今日はめいいっぱい楽しむといい! お、俺は何も知らないから!」
「え、殿下……」
殿下は逃げるように私たちから離れてしまう。
呼び止める前に、デビュタントが始まる合図の鐘が会場に鳴り響いた。