15.パートナー探し
それから二年の月日が流れ……私はとある悩みとともに成人を迎えようとしていた。
「パートナーが決まらない……」
それは社交界デビュー時のパートナー探しである。
初めての社交界のため、親や親戚がパートナーになる場合も多いが、社交の場に出るたび血縁者を連れていくわけにはいかない。
婚約者がいればあっさり解決するのだが、残念なことにフリップ様は成人前のため不可能である。
フリップ様が成人するまでの二年間、パートナーになってくれる相手がいればいいのだが、そんな都合のいい話はない。
クラスタ主催のお茶会で、私は焦りを言葉にしていた。
「貴女、それ本当に言ってる?」
「クラスタはもう決まってるんでしょう? いいなあ」
クラスタは歳の近い兄もいるし、婚約者もいる。パートナー探しには困らない。
私はというと、お父様しか思い浮かばない。
「パートナーといえば、今年こそ現れますかしら」
その時、私の話を聞いていた他の令嬢が話し始める。
「カシス様の本命の方!」
「昨年は違ったみたいですからね」
(カシスの、本命?)
話が読めず、尋ねることにした。
「それはどのような話ですか?」
「あら、メアリー様はご存知ないのですね。二年前の社交界デビューの日、みなさんカシス様のパートナーに注目していたんですの」
「多くのご令嬢からの誘いを断っていたようで、いったいお相手は誰なんだって、貴族の間で大注目でしたわ」
へえ、そうだったんだ。
カシスのパートナーが誰だったかなんて、聞いたことがなかったな。
「社交界デビューの日、カシス様のパートナーとして現れたのはとても美しい方だったらしいの」
「ですがそのお相手がなんと、公爵夫人だったのですよね」
公爵夫人……キャロル様のことか。確かに綺麗だな……と思ったが、いやカシスの母親じゃないかと自分で自分を突っ込む。
「とても絵になっていたらしいのですが、多くの誘いを断ってまで公爵夫人と現れたのがみなさん気になっていたらしいの。そこに現れた王太子殿下が代表して聞いてくださったそうよ」
「その理由がなんと、カシス様には心に決めたお相手がいて、パートナーはその人しか考えられないんですって! とっても素敵ですわ」
「お相手はまだ社交界デビューされていない年下の方と噂しているのですが、昨年の社交界デビューの時にカシス様は現れなかったそうで、今年だと噂されているの」
心に決めた人……?
そんな話、一度も聞いたことがない。
隠されていて少しショックだった反面、自分も推しとの秘密の約束を隠しているため、人のことは言えない。
けれど気になる……! いつの間にカシスにいい感じの人がいたのだ。
「その時にカシス様はご自身の耳飾りに触れて、愛おしそうに話していたらしくて」
「お相手はその耳飾りに関係しているんだろうって、みなさんが注目の的ですわ」
私といる時はお揃いの耳飾りをつけてくれているため、全く知らなかった。
「そうそう。お父様にその時の色を教えていただいたのですが、まさにメアリー様のような瞳の……ふっ⁉︎」
話の続きを待っていると、なぜかクラスタがその令嬢の唇に人差し指を添える。
まるで静かに、とでも言いたげだった。
その途端、一斉に視線が私へと向く。
「く、クラスタ様……もしかして、彼女が」
「そのもしかして、です。本人があれなので、私たちは黙っておきましょう」
「そんな、ですがお二人はほとんど関わりがなかったのでは」
「きっと秘密の関係なのです。これ以上は無粋です。そっと見守りましょう」
「えっ、あの、話の続きは……?」
つい求めてしまったが、それ以上カシスの話をされることはなかった。
「カシス様のお相手を気になされている……もしかして、両片想いというやつですの……?」
「きっとそうですわ。すれ違い……今はお辛いかもしれませんが、私たちは応援しています。一度お話しされてはいかがでしょうか?」
「……はい?」
なんだかよくわからなかったが、同情の眼差しを向けられてしまう。
パートナーに関しての解決策が見当たらないまま、お茶会が終了した。
◇◇◇
「もう諦めてお父様と行くしかないのか……」
「そんなに落ち込んでどうしたの?」
その日の夜。
私はため息を吐きなが独り言を呟いていると、お母様は心配そうに声をかけてくれた。
「実はデビュタントのパートナーが見つからなくて……お父様と行こうかなあと思っています」
私の言葉にお父様は嬉しそうにしたが、お母様は怪訝そうな顔をしていた。
「何を言っているの? 貴女のパートナーは決まっているでしょう」
「えっ、誰のことですか……?」
「今更しらばっくれないの。キャロルから聞いているわよ。成人したら婚約するって」
お母様は機嫌良く話していたが、まだ推しは成人を迎えていないため、パートナーにはなれない。
「ですが……事情が事情なので」
「何を弱気になっているの。きっと相手から来てくれるわ」
お母様はニコニコと笑っていたが、その理由がわからないまま時が流れ──
「メアリー、成人おめでとう」
十六歳の誕生日。
カシスが伯爵家まで足を運んで祝ってくれた。
十歳の誕生日から毎年欠かさず祝いに来てくれる。
「ありがとう、カシス」
これほど大切に祝ってくれるのは、カシスと両親だけである。
「ようやくメアリーも社交界デビューの日を迎えるね」
「そうなの! やっとカシスに追いついた気分だよ」
大人と子供の壁は大きく、ようやく近づけた気がする。
とはいえ肝心のパートナーが決まっておらず、中々落ち着けない。
(そういえば、カシスには心に決めた人がいるんだよね……今年社交界デビューする令嬢の中の一人なのかな?)
ふと気になって尋ねようとしたけれど、その前にカシスが口を開いた。
「俺も、ずっとこの日を待っていたよ」
「え……どうして?」
「メアリー。今度の君のデビュタントで、俺をパートナーに選んでくれないか?」
カシスはあまりにもいつも通り穏やかな表情で話すものだから、理解するのに時間を要した。
(デビュタント……カシスがパートナー⁉︎)
カシスがパートナーなんて、考えたことがなかった。
今でもずっと私たちの関係を周囲に隠しているため、自然とパートナー候補から外していた。
令嬢たちの嫉妬が怖いし面倒だから……という理由だったが、最近はカシスとの関係を聞かれることがあっても、あからさまに嫉妬されることはなくなっていた。
みんな心も大人になっている証拠だろう。
成人を機に、カシスとの関係を公にしてもいいかもしれない。
ただ──
「いいの? その、周りに勘違いさせてしまうかもしれないし……」
心優しいカシスのことだ、きっとパートナー探しに難航している私に手を差し伸べてくれたのだろう。
しかしカシスには本命の相手がいて、パートナーはその人だと決まっているはずだ。
私のパートナーになってくれたことで、本命の相手に勘違いされては困る。
「今回に限ってどうして弱気なの? 俺たち、同じ気持ちなのに」
「そう、だけど……」
そっか。
もし勘違いされても、お互いに心に決めた相手がいるのなら、いずれ噂など消えていくだろう。
「じゃあ……その、私のパートナーになってくれる?」
「喜んで」
まさかカシスが相手になってくれるとは思わなかった。
驚きと同時に嬉しさが訪れる。
「良かったあ。このままだと私、お父様と参加しようと思っていたの」
「遅くなってごめんね。けれど、君が成人するまで待っていたかったんだ」
「ううん、嬉しい。ありがとうカシス。大好き!」
ひとまずデビュタントは何とかなりそうだ。
「……俺も好きだよ、メアリー。先に言われちゃったな」
「そういえば、好きって言い合うのは初めてだね」
友人として互いに心を許していたけれど、こんな風に言葉にしたことはなかった。
勢いで言った部分もあるが、互いの絆を再確認できて良い機会になったかもしれない。
「私、カシスと出会えて良かったって心から思うの」
小説では全く関わりがなかった分、前世の記憶がある私だからこそここまで関係を築けた気がして、本気でそう思った。
「やけに積極的だね。俺もそのつもりだったけれど……先を越されてばかりだな。ああ、ただ俺の方がきっと気持ちが大きいと思うよ。メアリー、俺と出会ってくれてありがとう」
「私の方こそありがとう、カシス」
改めて関係の強さを確認でき、思わず抱きついてしまう。
カシスは私をそっと受け止め、頬に軽くキスを落とされた。
(いま、頬にキス……キス⁉︎ この世界では、挨拶的な設定だっけ⁉︎)
少し照れくさくて焦ってしまったけれど、挨拶的な意味合いということで落ち着いた。
「ふふ、カシスのおかげでデビュタントが楽しみになってきたなあ」
一時はどうなることかと思ったけれど、無事に楽しめそうだ。
こうして私はデビュタントの日を迎えた。