1.決意
私、メアリー・ジョゼットは先日高熱にうなされていた時に前世の記憶を思い出した。
前世の私は活発的で、友人と遊んだり推し活に励み、人生を謳歌していた。
しかし今世の私は──
「あー、頭がガンガンする……」
すぐに倒れてしまうほど体が弱かった。
まだ幼いからかもしれないが、それでも部屋を歩いているだけで目眩が起き、ソファで横になるほど虚弱なのはどうかと思う。
(侍女が来る前に早くベッドに移動しないと)
熱自体は数日前に下がっていたのだが、心配性の両親や使用人たちに絶対安静を命じられ、ベッドで一日の大半を過ごす退屈な日々を送っていた。
侍女がいない隙を狙って部屋を歩いていた結果、目眩を起こして倒れ、今に至る。
この体のせいで何もできそうにない。
(ただでさえ今の状況を整理できていないのに……私、生まれ変わったの?)
メアリーは体が弱いせいで部屋に篭りきりの生活を送っていたため、この世界について手がかりになりそうな記憶がなかった。
(前世の最期の記憶は……確か、帰り道に何かのネタバレを見てしまって、急いでその作品を読もうと家に帰っていた時に事故に遭ったような……作品?)
そういえば、と思って起き上がる。
私が転生した人物であるメアリー・ジョゼットという名前に、どこか聞き覚えがあったのだ。
頭を捻らせていると……ふと、姿見に映る私が目に入る。
(この小さい体だとまだ五、六歳ぐらいかな……オレンジがかった茶色の髪に、明るい黄色の瞳……儚げですぐ消えてしまいそうな可憐な姿は、やっぱり誰かの面影が……)
「ああ⁉︎」
私ははようやく思い出し、勢いよく立ち上がる。
「うっ、立ち眩み……」
しかしすぐにフラつき、ソファに座り込んだ。
今の一瞬で気持ち悪くなったが、それ以上に衝撃が大きい。
(思い出した……! メアリー・ジョゼットは私の好きな小説のヒロインだ!)
前世の私は、『家族が殺されて闇堕ちした主人公が、敵に復讐するダークファンタジー小説』にどハマりしていた。
その主人公こそが私の推しであり、よく推し活に励んでいた。
私が転生したメアリー・ジョゼットは小説のヒロインで、復讐に燃える推しを支え、やがて愛し合う仲になる。
(私は将来、推しとむ、む、結ばれてしまうの⁉︎)
興奮状態になった心を一度落ち着かせるため、姿勢を正して深呼吸する。
そうしないとまた熱をぶり返してしまいそうな勢いだった。
「ふーっ……うふふふ」
どうしても笑いを止めることができず、諦めて推しとヒロインの甘いシーンを思い出そうとした。
しかし──
この小説は復讐が主軸の話で、恋愛は物語のスパイスに過ぎない。
闇堕ちした推しは何度もヒロインを突き放し、冷たく当たるが、健気な姿に絆されていく。終盤に命の危機が迫るヒロインを助け、復讐が叶った後に二人は結ばれるのだが……復讐が終わっても推しの心が晴れることはなく、空虚な推しにヒロインが寄り添って、共に生きていこうと約束して終わる。
「いや、重いなっ⁉︎」
読者目線ではドキドキハラハラな復讐劇、お互いを愛し合う姿に感情が揺さぶられていたけれど、当事者になった今ならわかる。
いくら推しでもこんな暗い恋愛をするのは嫌だと!
(いっそのこと、私がストーリーを改変して推しとの明るい恋愛ができる状況を作ればいいのでは……? 推しの家族が死なず、幸せいっぱいの溺愛ラブストーリーに!)
そうと決まれば即実行。
まずは小説のストーリーを書き出し、自分のやるべきことを決める。
その一、体力をつけて自由な体を手に入れる。
その二、この家に潜入している敵のスパイを見つける。
その三、推しとの接触!!!
まずは病弱なこの体では何もできない。
今の私は五、六歳ぐらいに見えるが、実は九歳であることが判明した。
年相応の体を手に入れ、推しに相応しい女性になる。
次に、私の家であるジョゼット伯爵家と推しの家のヴィクシム公爵家は、夫人同士が仲良く、交流が深かった。
そんな伯爵家に目をつけた敵がスパイを忍ばせていたのだ。
最終的にスパイが伯爵家で『ヴィクシム公爵夫妻がお忍びで旅行へいく情報』を手に入れた結果、推しの両親が殺されてしまう。その濡れ衣を着せられた推しの兄も処刑され、まだ成人前の推しが取り残されてしまい、敵に家を乗っ取られてしまうのだ。
つまりスパイを見つけて推しの両親の死を防けば、推しは闇堕ちしない。真っ当な恋愛ができる!
「完璧だ。待っていて、私の推し!! 必ず私が幸せにするから!」
そう意気込んだ私は早速両親の元へ行き、体力作りのために先生をつけてもらうようお願いした。