98 後日譚、そして
後日譚。というか今回のオチ。
「ハァ~! つまんね~」
小さな一人暮らしの部屋の中で、クロヒョウの獣人はパソコンを前に映像編集を行いながらひとり呟いていた。家主はすでに出払っており、家の中にはクォーツだけである。
だが、その姿で外に出ることは法律上許されてはいない。そうでなくとも、行く当てなどないクォーツにその場を離れる余裕はなかった。
・・・
異世界への扉を抜け、日本に戻ってきた翔が見た光景は、壮絶、ただそれだけだった。
すでに外で待機していた警官たちは人々の波に押しつぶされ、クォーツが先導したであろう人々が翔の家に押し掛けて扉をたたいていたのだ。
非国民! そう叫ぶ声が扉の向こうから響いてきていた。安い家賃のマンションの扉が、今まさにけ破られようとしていたその時、クォーツの詠唱した魔法が発動したのだ。
同時に、翔にかかっていた身体強化魔法も、人間化の魔法も、クォーツにかかっていた諸々の魔法も消え去った。元の世界との扉が消え去り、クォーツの魔法によってその魔力のすべてが吸収されてしまったからだ。
外で暴れていた民衆も、波が広がるように静かになっていた。魔法が解け、己がなぜこんな場所で見知らぬ他人の家の扉をけ破ろうとしていたか、思い出せないまま皆が互いの顔を見合わせていた。
次第にパトカーの音が鳴り響きはじめ、非日常は日常に変化していく音が、翔の耳には届いていた。
「クソっ! どうしてくれるんだよ水無月! 俺の十五年かかった計画が……!」
クォーツが翔の胸ぐらをつかむが、身体強化魔法のない細腕で丸々と太った翔の体を持ち上げることなどできずに、クォーツは床に膝をついて号哭したのだった。
・・・
しばらくして、うなだれていたクォーツは頭を上げた。
「にしても、なぁ、水無月。なんで俺のことを捕まえられたんだ? 他の五人……いや、違うな。師匠とその横にもう一人、魔法使いが居た。あの七人で俺を扉の前まで誘導するところまでは作戦としてわかる。人間化の魔法で、お前があんな姿になるのもこれまでのどっかでわかってたんだろうさ」
汚れたローブを脱ぎ去り、クォーツは床に尻を付ける。両手には何も持たず、魔力もない。細腕では翔から逃げることすらできない。完全な降伏宣言だった。
「でも、あそこで俺が避けてたら? そうじゃなくとも拳銃の弾をはじくような防御魔法があるだろ?」
「避けるのは無理ですよ。だってあの魔法、チッチョ……あの、小さいガキンチョじゃなくて、ムトさんの魔法ですし」
「あぁ、そうか。師匠も一応使えるのか……。なら、俺の身体強化魔法が勝てる道理はないな。でも、それなら防御魔法の方は?」
「それは……クォーツ……もう面倒くさいんで大津さんでいいですかね」
翔の言葉にクォーツは首を縦に振った。
「大津さん、最初に来たとき、銃弾を防いだあとで攻撃を避けましたよね。あの時のことを思い出したんです。もしかしたら、拳銃くらい威力の高いものを完全にガードするためには、他の防御を捨て去るくらい全力じゃないといけないのかなって。ムトさんとカリアの魔法を全部防いだ時はドキッとしましたけどね」
「ははは、魔法使いは魔法の防御のほうが得意なんだよ」
乾いた笑いとともに、クォーツは立ち上がる。
「完全に負けだ! 俺の負け。悪いことをしたとは思ってないが、水無月、お前に迷惑をかけたのは事実だと思ってる。これは俺への罰だ。さっさと自首して、刑務所にぶち込まれてくるわ」」
「ちょ、ちょっと! こっちだって聞きたいことはあるんですよ! というか、その姿のまんまで外に出てどうするんですか!」
クォーツは、日本に戻ってきてもなお獣人の姿のままだった。
「も、戻れないんだよ……。大きな魔法を詠唱して、それを暴発させた結果、戻れなくなったんだよ……。それに、嫁も記憶をいじって都合よく寄生してただけだ。帰るところはない」
「……」
大津の耳がゆっくりとうなだれていく。
「で、そのまま外に出て、異世界の人間だってわかるような姿で出歩いたから逮捕されよう。そして世界をこんなことにした自分を罰しよう、そういう魂胆ですか」
翔の言葉は正鵠を射ていたようで、クォーツは黙っているしかなかった。
「それは……卑怯なんじゃないですか?」
「卑怯?」
「だって、平河さんも墨田さんも向こうの世界に残したままですし、俺の生活をめちゃくちゃにした責任もあるのに、そこから逃げるってことですよね」
「いや、でも俺は向こうで人も殺してるし……」
「本当に、殺したんですか? ムトさんも弱体化してて、魔法も防ぎきれるような万全の状態でなお作戦負けした大津さんが、ムトさんと同レベルの魔法使いを殺せたんですか? 記憶操作の魔法があるとはいえ?」
「ーーいや、まあ確かに殺したってのは啖呵を切ったと言うか、はんぶんうそというか……それは違……」
「違いませんが!?」
クォーツの言葉を、翔は大きく遮る。
すでに負けているクォーツは、その声に更に被せることはできなかった。
「というわけで、大津さん、編集ソフトは使えますよね?」
「……へ?」
「農園の配信は止まりましたけど、忘れられる前に切り抜き動画を上げていって、休止中に離れていくファンを逃さないようにしないと。俺だけだと次の就職先を探さないといけないですし、生活費も稼がないとカメラとかの機材で結構お金使っちゃったんでまずいんですよ」
「……おい、俺はまだ何も手伝うとは言って」
「手伝って、くれますよね?」
「……………………わかった」
こうして、水無月 翔とクォーツ改め、大津 クォーツという奇妙な二人の生活が始まったのだった。
・・・
(なーんて、モノローグで語ったが、マジで平和すぎてやることが編集以外ねぇんだよな)
床に寝転がり、クォーツは翔を眺める。先程までコンビニのアルバイトに行っていた翔は、今しがた帰ってきており、手にはエコバッグを抱えていた。
帰ってきた翔が買い物袋に詰まった食材を冷蔵庫に詰めていると、ピンポーン、という軽快な音が響く。
「大津さん、多分宅急便だと思うんででてください」
「あいよ」
床に寝転がり、天井をぼーっと眺めていたクォーツは立ち上がるとキャップを被り、サングラスとマスクをつける。人間に見えなくはない変装だ。
「アイツ、なんか頼んでたっけか……おわっ!?」
そんな独り言とともにクォーツが開けた扉が、力強く押さえつけられ、そして豪快に開かれた。
「ようクソ弟子。元気か?」
扉の前に立っていたのは、タイトなスーツに身を包んだ、ムトだった。
「げ……師匠……」
「ムトさん!」
轟音に何事かと見に来た翔が扉の向こうを覗き、叫ぶ。
反対にクォーツはその背を更に縮こめていた。
「異世界への扉を事務所にまた開けたんだ。ほら、出てこい」
その言葉とともに、ムトの後ろからおずおずと一人の少女が顔を出す。
「アーミア!」
「カケルさん……! 生きててよかった……」
冷蔵庫も開けっ放しのまま、翔はアーミアのもとに飛び出す。男二人、下着とタンクトップのままで飛び出そうとした翔の額をムトが抑えなければ、そのままマンションの廊下に翔は飛び出していたことだろう。
「ムトさんが早急にまた開いてくださったんです。翔さん、また、農園に来てくださいますよね?」
「もちろん!」
喜び合う二人の横で、ムトが部屋の奥に逃げようとしていたクォーツの首根っこを掴む。
「じゃあ、帰ろうか。クソ弟子、お前もちょっとは手伝え。お前が壊した結界を張り直すぞ」
「師匠! 自分そういうのは苦手だって知ってて言ってますよね!?」
「ーー知らんなあ?」
ムトは部屋の奥に逃げようとしていたクォーツの首根っこを引っ捕らえる。
正反対な二組だが、そこに不幸せな空気はない。一名を除いて。
そこから先は、また、平和な日常が広がっていくだけ、かもしれない。
終わり
ーーー
これにて、この作品はおしまいです。
こんなに時間がかかるとは思わず、これを読んでくださった方々、ブックマークやハート、評価をくださった方々、おまたせしてしまって申し訳ございませんでした。
いくつか書きたいネタがあるので、短編でこのあともおまけをいくつか上げるかもしれません。その時か、あるいは別の作品で、また会いましょう。
改めて、ありがとうございました。
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