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37 救世主とは賢者である

「今、回復の魔法をかけた。ダメージは残っているかもしれんが、動くことくらいはできるはずだ」


 肩に感じる爪の感触と、その高潔でいて高圧的な声色で、翔はその声の主が誰なのかはっきりとわかった。


「助かったぁ……」

「安堵するのはまだ早い。あの女の捕縛からだ」


 カルラは狼狽していた。先ほどまで倒れていたはずの翔がゆっくりと何者かに引っ張られるように立ち上がったかと思うと、そのまま回復していったのだから当たり前である。

 だが、彼女は聡明だった。今何をすべきか、それを瞬間的に把握した。だが、それはあくまでも瞬発性にのみ特化した結果のものであり、手段としては悪手中の悪手だった。

 彼女は翔に殴りかかったのだ。

 ラプタのそれ以上に鋭い牙を見せ、指先の尖った爪をあらわにしながら、一瞬で翔の懐に潜り込む。そして一撃を食らわせる。

 翔が相手側にとっての急所であれという賭けだった。それが成功すれば、翔が倒れ、翔を助けた何者かが翔の回復に向かう間に二人を救出できると考えていた。

 だが、彼女は翔の存在が急所でありながら、存在しない何者かの逆鱗であることを知らなかった。

 

「ッ……!」


 懐に飛び込んだカルラがその爪を翔の腹部に食い込ませるよりも前に、背中に爪の痛みが滲み、そして数メートル後方に吹き飛ばされた。

 体制を立て直すこともできずに、草花の上にゴロゴロとカルラは転がっていく。その腹部に更に追撃のように衝撃をくらって、カルラの意識はそこで途切れた。


「私のお気に入りに手を出すこと、それは蛮勇ではない。無謀であると知れ」

「……ムト、だよな?」


 夜の中に、翔の戸惑った声がこだまする。それに呼応するようにして、暗闇の中からムトの姿が現れた。


「ああ、そうだ。なんだ、私がこんなことをするのは意外だったか?」

「透明になる魔法でも使ってたってわけかな。いや……まあむしろ想定通りっていうか、まあやりそうだなとは思ってたけど……なんでここに?」

「フクロウは夜行性だが、何か問題でもあるか?」

「いやいや、夜行性だろうとなんだろうと、こんな時間にここにいることに驚いてるって言うか……。気がついて飛んできた、みたいな感じだったから」


 最初から居たのであれば翔よりも先に対処していたはずだ。だが、ムトはそれを行わなかった。それどころか、家に火がつけられるというタイミングになっても姿を現さなかったのだ。つまり、その時点ではまだここに居なかったということになる。


「ふん、勘が鋭い奴め。これだよ」


 ムトが顔を下に向けると、魔法陣のようなものがふわりと地面に浮かび上がり、淡い光を放ち始めた。


「ここの餌場が壊された時に罠の魔法を仕掛けておいただろう? 流石に農園で流血だの死人が出るだのとしたくはなかったからな。部外者がこの辺りの土を踏んだら私が気がつけるようにしておいたんだよ」

「なるほど……」

「にしても、お前も勇敢なところがあるんじゃないか。角材一本で三人相手に啖呵を切るのは……いささか無謀だと思うがな」

「お前最初から見てたんじゃねぇか! 止めろよ!」


 考えてみればそうだ。三人組がここの土を踏んだ瞬間にムトが察知して飛んできたのであれば、物音に気がついた翔よりも先に気がついているはず。そうであればムトのことだ。悠長に時間をかけてこちらに飛んでくるなんてこともないだろうから、最初から居て当たり前だったのだ。


「ふふふ、少し面白かったものでな。よし、翔、お前はそのリスのガキを運べ。私はこっちの二人を運ぶ」

「運ぶって言ったって、どこにさ」

「地下室だが? 情報を聞きだねばなるまい? 誰の差金か、何を思って行為に及んだのか、そして仲間は何人か」


 さも当たり前のようにムトは言いながら、イタチと狼を担ぎ上げる。翔もそれに倣ってリスの少女を抱き上げると、ムトに続いて家の中に入っていった。

 ムトは複数の部屋が並ぶうちの一室、その中の床板の一枚を剥がす。そこには石でできた階段が十数段、連なっていた。


「拷問でもするんじゃないだろうな……。そういうのは反対だぞ」

「まあ、しても良いんだがアーミアが嫌うからな。それに今はもっと効率的な方法がある」


 ニヤリと笑うムトの顔がやけに怖くて、翔は暗い部屋の中で階段を前にして少しだけ身震いした。

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