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10/99

10 驚異的

「あ、アラーム!! ……あぁ、そうか。もう会社行かなくていいのか」


 スマホの時計は十時三十分を記していた。会社時代は朝の五時に起床し、五時半には家を出ていた翔にとって、それはあり得ない起床時間だった。翔はシャワーを浴び、服を着替えた。そのラフな格好の上から、さらに制服のシャツとオーバーオールを着る。

 その後、玄関から靴を持って異世界への扉の前で履き替え、翔は扉の中に進んで行った。


「なんというか、まだ慣れないなこれ……」


 扉を通りながら翔はつぶやく。暗黒のゆらめく楕円が宙に浮かんでいるにも関わらず、そこを通ればカーテン越しのように向こう側は大草原なのだから当然といえば当然だ。


「あ、翔さん! おはようございます」


 アーミアは翔が扉を通ってきたタイミングでもうすでに仕事を始めており、せっせと雑多に穀物や雑多な肉の切れ端の入った箱をカメラの前に設置した餌箱に運んでいるようだった。


「おはようって時間でもないけどね。それ、運ぶよ」


 翔はアーミアが重そうに運んでいた箱を一つ受け取ると、カメラの方に走っていく。画角の外に一つ同じ箱が置かれており、翔はその横に持っていたそれを積んだ。

 アーミアに支持されるまま、翔はさらに二つ運ぶ。


「これって餌箱に入れる用のものってことでいいんだよね」

「ええ、穀物が入ってる方を水飲み場の近くに置いて、お肉が入ってる方を逆側に置いてます」

「なるほどね。じゃあちょっと同接確認も兼ねて置いてくるよ」

「助かります!」


 この世界にも食肉文化はあるのか、などと思いながら、翔は餌箱に向かった。

 すでにマルハスたちやガベルたちは餌の時間を待ち侘びているのか、それとも翔が来たことに喜んでいるのか翔の周りを飛び回っている。

 それどころか子猫のようなサイズの足が太いウサギや、大型犬サイズの猫まで周囲を飛び回る始末だ。

 アーミアの説明が確かであれば動物たちは人を襲わないはずだと知ってはいても、翔はその種類と数に少し圧倒されていた。


「っと、ちょっと待ってくれな」


 などと呟きながら、ゆっくりと餌箱に餌を移し替えていく。


「ふぅ、こんなもんでいいか。じゃ、食っていいぞ」


 翔が立ち上がり餌箱から離れると、動物たちは一斉に餌に飛び掛かる。競争のように食べるほど量は少なくないはずなのだが、我先にと言わんばかりに飛びついていた。一部は飯よりも先に翔に撫でてほしいと飛びかかってきたが、翔は少しだけそんな彼らを撫でてはいなしていく。


「で、配信はどうなってますかねっと……」


 翔はカメラの画角から外れ、配信を管理しているパソコンに向かった。配信サイトのコメント欄を表示するタブレットと、カメラの設定を行うメインのパソコンの二台が、カメラの後ろに並んでいる。

 翔はまずカメラの調子をチェックした。電力はしっかりと供給されており、充電もバッチリだ。


「で、問題はこっちなんだよな……」


 これから先の翔の収入源かつ、この牧場の手助けになる大事な配信だ。アーミアの頼みを聞きたい翔にとって、第一歩目のスタートダッシュはあまりにも重要だった。だからこそ、祈る。

 うっすらと目を開けながら翔が見たのは、28という二桁の数字だった。


「まぁ、三十人弱見てるなら良い方……いや違う! なんだこれ!?」


 二桁の数字しか表示されていないのは、それが二桁しか人が見ていないからではない。2と8の間には小数点が打たれ、その横には万と漢字で表記されている。

 二十八人がこの配信を見ているのではない。今この瞬間、この配信を二・八万人が見ているのだ。

 開始一日目にしてこんなに人数が集まることはまずあり得ないと思っていた翔は、何かのバグではないかとパソコンを触り始めた。


「いや、マジ……だなぁ」


 アナリティクスを見れば、総再生時間の桁数が見たこともないものになっている。横に置かれたタブレットを見れば、コメント欄はまるで滝のように流れていっている様子も確認できた。


「マジかよ。こんなに集まるとは思ってなかったぞ。顔……出てたよなぁ俺」


 時間を巻き戻してみると、明らかに翔の顔が配信に映っている。まずい。翔は思った。

 辞めたとはいえ会社の社長にこのことが知られてしまえば、また何かをされてしまうかもしれない。カスではあるがこんないいネタを放っておくほどのアホではないからだ。

 どうしよう、なんて考えている暇はない。ただ、見られてしまったものはしょうがないのだから、それに対応する何かをするしかない。翔はゆっくりと立ち上がると、仕事をしているアーミアの元に駆け寄った。


「アーミア、ちょっと俺必要なもの思い出したから部屋に戻っていいかな。あと、ちょっとカメラの調整をしたら、伝えたいことがあるんだけど、仕事って空けても大丈夫?」

「ええ、まあ大丈夫ですけど。カケルさん真っ青ですよ」


 心配そうに翔を見つめるアーミアに翔は「ごめん!」と言うと、走って自室に戻って行った。


「一旦はああして、で、もうなんとでもなるしかないか……」


 翔はそう呟きながら、自室で何かを探し始めた。

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