1 動物に好かれる才能
新しく作品を作り始めてみました。よろしくお願いします。
user:きた
user:餌の時間か? 犬来る?
user:運と日による。けど来るんじゃね? 今日の餌多いし
user:マジでこの異世界行ってみてぇよな。入り口独占許せねぇ
定点カメラの横に置いたタブレットではそんなコメントが流れていく。そんな横で、翔はレンガを積んで作った箱の中に、穀物をざらざらと流し込んでいく。一つ一つが輝るように輝いたそれは、良い環境で育ったもので人間の食糧だと言っても差し支えないだろう。
翔は穀物を入れ終えて、画面外に歩いて笛を吹いた。遠くからはまんまるな体に犬の顔が付いた動物や、一メートル強ほどの大きさの狸のような動物、カラフルな小鳥に、サイズの足が極端に短いガチョウのような生き物まで様々な動物たちが駆け寄ってきた。
画面の向こうのチャットも、目当てのものが見れたとばかりに高速で流れていく。
三十分から一時間ほど経つと、動物たちも腹をいっぱいにしたのかその場で眠るもの、他の場所に行くものなどバラバラに行動し始め、同時接続者数もまた安定し始めた。
「マジで、こんなに平和で楽しすぎていいんだろうか、なんて思うのは贅沢なのかねぇ」
餌を食べ終えた一部の動物たちに囲まれて、チャットで嫉妬の嵐を受けながら翔は呟いた。
日本に、いや、世界に異世界への扉というものが開かれてから数十年が経過している。その先は扉によってさまざまでありながら、そのどれもが荒廃した世界や、魔王が支配する世界、はたまた危険なダンジョンばかりの世界だったり。
人々はそこから飛び出してくる魔物たちと日夜戦いつつ、異世界の人間たちとの交流を行なっていた。
……と言ってもそんな時代から数十年が経過しているわけで、現代において魔物がだったり異世界の危ない住人がだったりを警戒する必要はない。なぜならば、それらに対応する人々も日々進化しているからだ。
最近なんかはダンジョン攻略や魔王討伐を生配信している人物も存在する。彼らは自らの腕前を誇示し、その強さで承認欲求を満たしながら、それでいて異世界をも救っているのだから凄まじいと言うべきだろう。
そんな平和……? な世界の日本で、なぜこんなにも平和な異世界の配信ができているのか。それは数週間前に遡ることになる。
狭い都市部の路地裏、深夜は二時を回った頃だ。家々の明かりがほとんど消えている頃に水無月翔は自宅への帰路へとついていた。
大学を卒業して三年。就職した映像制作会社は面接の時だけ外面をよく見せるブラック企業で、毎日毎日深夜までの労働が当たり前。社長は社員に罵声を浴びせ、気に入った女性社員だけを囲って毎日定時退所を繰り返す。
それなのに、企画アイデアが出せなくてクライアントから怒られるのは社長ではなく翔たちだ。
「はぁ……毎日地獄すぎる。異世界への扉の先にある映像撮ってこいとか言われても、無理に決まってんだろ準備してない一般人が行ったら死ぬとこしかねぇっつの」
そんな社長とは対照的に、猫たちは今日も翔の元に寄ってくる。深夜であり、不定期にしか通らない帰路にも関わらず、何度目かに見かける猫も同じように擦り寄ってきた。
「仕事辞めてぇ……動物とゴロゴロしてぇ……」
真っ暗な路地で翔は一人つぶやく。無意識に猫を撫でながら、翔の頬に涙がこぼれ落ち始めた。
「ひさびさに動物園行きたいなぁ……」
いつの間にか集まっていた猫たちの背中を撫で終え、翔は立ち上がる。猫たちは全員うっとりとした表情で道に腹を上にして寝転んでいたが、それを無視して翔はフラフラと深夜の裏路地を歩いて行った。
いつの間にか翔は自宅アパートの扉の前に立っていた。疲労で頭も回っておらず、五日ぶりの帰宅で早くシャワーを浴びたい一心だった翔は、ドアに寄りかかり鍵を開けたらすぐに部屋の中に入れるような体制を取っていた。
「おわっ!?」
それが間違いだった。鍵を開けた瞬間、普段ならゆっくりと開くはずの扉が翔の自重によって勢いよく開いたのだ。
それもこれも不摂生な生活を続け、翔自らの体重が三十キロは増えていることをあまり自覚していなかったせいだった。
「いった……くない?」
フローリングの床に額をぶつけた。そう思っていた翔が感じたのは、しかし硬い床の感触ではなく柔らかい何かの感触だった。
「んあ、痛覚も終わったか……?」
頭から血が流れていてもそれならば気が付かない。このまま死ねるとしたらどれほど幸せかと思いながら、翔はその場で意識をゆったりと手放しかける。
頬に当たるファーコートのような質感に、わらび餅のような柔らかさ。
「あぁ、天国って動物だらけだったりするのか……」
「わふ?」
天国からの返答はやけに犬のような声だったが、疲労と眠気と気だるさでそんなことを考える暇は翔にはなかった。
寝不足でボケた頭で翔は十秒ほど思考を停止し、「まぁ、いいか」と結論づけてその場で眠りについていった。
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