表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

クローバーのキセキ

作者: 大空翔太

【記憶】


 遥瑠は自分が夢を見ていたことに気づくまで、やや時間がかかった。現実離れしたとはいえ、懐かしい夢だったからだ。遥瑠は夢の中で、中学校の制服を着て図書室で本を読んでいた。

 本のタイトルは『クローバー』。遥瑠が人生で初めて読んだ小説で、大学生になった今でもお気に入りの1冊だ。

 タイトルを見た瞬間、昔の記憶が蘇り、気がついたら本を手に取っていた。それは、転校する時のエピソード。転校間際、バスに乗る直前に親友が「私のこと忘れないで」とチャームをくれた。四つ葉のクローバーを模った思い出の品。「遥瑠くんがどこに行っても笑顔でいられますように…」と願いを込めて作ってくれた宝物。

 本を読みながら、遥瑠は小学校時代を回顧する…。


【出会い】

 

 桜が咲き誇る四月。遥瑠たち七瀬小学校の2年生は希望が丘公園に来ていた。進級して初めてのクラス替えが終わり、お花見も兼ねて遠足に来たのだ。

 校長先生は全校集会で「1年生のお手本になれるように、頑張りましょう」と言っていたけれど、自分にそんなことができるだろうか…? そんな不安を抱きながら遥瑠は赤いベンチに1人で座っていた。堀仲先生に挨拶でも…と思ったその時。

「そんなところで何してるん?」と後ろから声がかかった。振り返ると、目がクリクリとした優しそうな女の子がやわらかなほほえみを浮かべてベンチのそばに立っていた。さあっと心地良い風が吹いて、女の子のポニーテールが風になびいた。

「うち、川崎菜穂。こっちで一緒に遊ばん?」と話しかけてくれた。遥瑠は1年生の頃、一人で過ごすことが多かったのですごく嬉しかった。菜穂は当時流行っていたミステリー物のアニメや花占いの話をしてくれたり、一緒にトランプをしたりした。

 ほかにも休みの日に何をしているかなど、話は尽きなかった。その時から2人はよく遊ぶようになった。


 若葉がサワサワと揺れる五月。二時間目の算数の時間。堀仲先生お手製のくじで班分けをした。あみだくじや割り箸を使ったくじではなく、段ボール箱に番号を振り分けたカラーボールが入っていて、それを一人ずつ取っていく。遥瑠は、菜穂や陽奈とチームになった。陽奈は菜穂と1年生の頃からクラスが一緒で、仲良しだという。この頃から陽奈も加わり、3人で過ごすことが多くなった。

 その日の昼休み。暗記が苦手な陽奈は遥瑠たちを誘って、教室で九九を勉強していた。その様子を見ていた堀仲先生に「勉強熱心でいいわねぇ」と言われ、褒められた遥瑠たちはすごく嬉しかった。クラス内でいち早く九九を覚えることができたチームが学年集会で表彰され、先生たちが作ったメダルをもらえるのだ。それを知った陽奈が「休み時間も勉強する」と言い出し、3人とも張り切っていた。クイズ形式で毎日のように九九を勉強したことが功を奏したのか、遥瑠たちのチームがメダルを獲得することができた。陽奈も菜穂も嬉しそうだった。


 あじさいに雫が落ちる六月。雨がしとしと降りしきる四時間目の国語の時間。クラスみんなで作文コンクールの内容を考えていた。このイベントは県が主催するもので、毎年2年生が公民館に出展していた。今年のテーマは「ミライのまち」。みんなで未来の大分県について考えた。温泉を利用したアトラクションを作り、観光客を呼び込む案や、地域のキャラクターで町興しをする案などが出され、分担して作文を書いた。それぞれの思いが詰まった作文は惜しくも銀賞だった。悔しい思いをしたけれど、遥瑠はリーダーだったので企画に携わるやりがいと大きな達成感を感じていた。


 ひまわりにまぶしい陽が当たる七月。カラっと晴れて気持ちのいい月曜日の生活の時間。2年生全員で地元の水族館に社会科見学に行った。学年全体でも100人を超える。こんな大人数で電車に乗るのは初めてだったので遥瑠はすごくワクワクしていた。

 水族館の名称は、大分マリーンパレス水族館「うみたまご」。ふれあいがテーマの人気アトラクションや迫力満点の大回遊水槽など、動物と人との距離が近いことがこの水族館の魅力だ。みんなで写真を撮ったり、イルカやセイウチのショーを見たりして遥瑠はかなりはしゃいでいた。


【夏の光】


 アサガオが色とりどりの花を咲かせる八月。夏休みがやってきた。遥瑠は菜穂たちと夏祭りに行く約束をしていた。帰りが遅くならないようにすると家族に約束し、3人で出かけた。3人とも家が離れていて学校以外で会うことがあまりなかったので、遥瑠は前夜から寝付けないほど楽しみにしていた。

 お祭りでりんご飴を食べたり、金魚すくいをしたりした。帰り道、菜穂がポスターを見つけ、児童公園近くの海岸で花火大会とそうめん流しが同時開催されていることを知る。公園の時計を見ると18時を指していた。

 陽奈の家は親が厳しく、門限が決められていた。陽奈は家族との約束を思い出し、遅くならないかと焦っていたが、3人で行きたいとも思っていたので決めかねていた。

「みんなで行った方が楽しいやん。行こうや!」と菜穂に誘われ、3人で寄って帰ることにした。夏の夜空に大輪の花がたくさん打ち上がり、冷たいそうめんを食べながら眺めた。みんなで行ったことでかけがえのない時間を過ごし、夏の思い出ができた。


【すれ違い】


 コスモスが見頃を迎える九月。クラス毎に分かれ、体育館で運動会の時に踊るダンスを練習していた。このダンスは今年行われる大分国体で使われる楽曲で「誰もが楽しく踊れる」をテーマに作られたものだ。

 遥瑠はどう頑張っても振り付けがみんなよりワンテンポ遅れてしまう。ダンスリーダーの陽奈はそんな遥瑠を心配し、特訓しようと声をかけた。本来はペアで練習しなければいけないのだが、遥瑠のペアは風邪で欠席していたため、堀仲先生が出席番号順で人数を調整して、陽奈と遥瑠のコンビで練習することになったのだ。

 陽奈の教え方は「次のリズムで腕を伸ばすの!曲げたらダメだよ?」と指示の内容が的確で、曖昧な表現が苦手な遥瑠に取って分かりやすいものだった。ペア練が終わり、教室に戻ってからクラスメイトも遥瑠のためにダンスのコツを教えてくれた。みんなと練習したことで、運動会当日までに遥瑠はかなりダンスが上達していた。

運動会では遥瑠たち紅組が優勝した。白組と僅差だったが、紅組の方がダンスのポイントが上回っていた。


 イチョウの葉がハラリと舞う十月。三時間目の図工の時間。遥瑠が使っていた青い絵の具が菜穂のお気に入りの白いワンピースにとんでしまった。遥瑠は謝ったつもりだったが、声が小さく聞こえなかったと主張する菜穂と言い合いになってしまった。自分の思いをうまく伝えられず落ち込む遥瑠。陽奈と一緒に謝りに行ったことで、その日は事なきを得たが、翌月、遥瑠にとって悲しい出来事が起きてしまった。


 紅葉が舞い落ちる十一月。水曜日の体育の時間。逆上がりが上達しない遥瑠を心配した菜穂が「もう一回やってみん?うちが教えるけん」と声をかける。だが「いいよ。こんなのできなくても」とムキになった遥瑠とケンカになってしまった。

 これまでも菜穂と遥瑠は言い合いになることが何度かあり、その度に陽奈が仲介に入っていた。だがこの件以来、1週間も目を合わさず、口も利かなくなった2人を陽奈はかなり心配していた。陽奈はこれ以上、2人の関係が悪くならないよう、菜穂が大好きなクローバーを押し花にしてプレゼントすることを遥瑠に提案。遥瑠は児童公園やバス停のそばをくまなく探し、校庭の隅でようやく一本の四つ葉を見つけた。二日後、サプライズで作った栞を見て菜穂はすごく嬉しそうだった。


【ありがとうの詩】


 サザンカが溢れ繋ぐ十二月。年明けに行われる全校集会で、6年生に向けて「ともだちになるために」という曲を手話と鍵盤ハーモニカで演奏することになった。祝日明けの火曜日の音楽の時間。クラスで初めて手話歌の練習をすることになった。

 手話は手の動かし方が難しく、みんな覚えるまでかなり苦戦したため、冬休みの宿題に手話歌の練習も追加された。


 雪がチラチラ降り積もる冬休み。遥瑠は菜穂のために何かできないか、陽奈に相談していた。栞を渡したことで、すれ違いは解消したものの、2人は前ほど話さなくなっていた。陽奈は手話が苦手な菜穂のことを思い出し、逆に得意な遥瑠に教えたらどうかと声をかける。それ以来、毎日3人で練習を重ねた。

 翌日。遥瑠は菜穂たちを誘ってクリスマスパーティーをした。クリスマスソングを流しながら、チキンやケーキを食べたり、プレゼントを交換したりした。夏とは違った形で、思い出がまた一つ増えた。


【別れ】


 梅の花が芽生える一月。発表の当日。手話も鍵盤ハーモニカの演奏も大成功だった。遥瑠は菜穂から全校集会が終わったあと廊下に来てほしいと呼ばれていた。

 まだ何か怒っているのだろうかとビクビクしていると「遥瑠くんのおかげで、うち、手話できた!最後まで教えてくれてありがとう!」とはにかみながら言われ、遥瑠は菜穂の役に立てたことを嬉しく思っていた。


 菜の花が咲き始める二月。クラスの絆も深まった3学期の終わり。進級する時期に遥瑠が転校することになる。みんなと別れたくない気持ちや見慣れた街を離れたくないとの思いから、気持ちの整理がつかない遥瑠は突然のことにショックを受け、戸惑いを隠せずにいた。「さびしい」とみんなも悲しそうだ。

 堀仲先生の提案で、最後の授業の日、学校中の花を集めて栞にし、遥瑠に渡すことになった。遥瑠は目に涙を浮かべながら別れの挨拶をする。そんな遥瑠に陽奈は「泣かないでよ…また会えるって信じてるから!」と笑顔で手を振って送り出してくれた。菜穂も親友としてクラス代表の言葉を述べたあと、バス停まで来てくれた。そして、遥瑠たち末広家の家族を乗せた夜行バスが出発する…。



【再会】


 あれから何年経ったのだろう…。遥瑠はそんなことを考えながら急ぎ足で街を歩いていた。昨夜降った雨がアスファルトに反射し、街に輝きを与えている。みんなは元気だろうかと思いながら点滅している信号を渡りかけた時。「カチャン」と音がした。バッグにつけていたはずのチャームが落ちたのだ。

 イヤホンをして音楽を聴いていた遥瑠はその音に気づかず反対側の道路へ向かっていた。何となく懐かしい声に呼ばれたような気がして振り返ると、真っ白な服を着た女性がポニーテールを揺らしながら走り寄ってきた。手にしているのは遥瑠が落としたチャーム。四つ葉のクローバーを模った古いものだ。

「遥瑠くん?ナホだよ!覚えとる?」

 ナホ、ナホ…。菜穂? 言われてみると面影があるような…。


「菜穂?ホントに菜穂?久しぶり!」

「どうかしたの?」と菜穂の隣にいた女性もやってきて、遥瑠が落とした本を渡してくれた。それは遥瑠のお気に入りの一冊で、図書館に返却に行く途中だったのだ。からまったイヤホンをほどこうとした時に手に提げていたバッグから落ちてしまったのだろう。

「遥瑠くんと再会したんよ、偶然な!」と菜穂は嬉しそうにその女性に言った。それを聞いた女性は目を見開いて「えっ遥瑠くん⁉まさか会えるなんて…」と驚きを隠せない様子で自らが陽奈であることを明かした。

 遥瑠は福岡の小学校に転校したあと、大分の大学に進学し、ふるさとに戻っていた。菜穂と陽奈は今年の春、地元の看護専門学校を卒業したばかりだという。遥瑠がチャームと本を落としたことで奇跡的に3人は再会を果たしたのだ。

 子どもの頃の約束が叶い、嬉しそうな遥瑠たちをそっと見守るかのように春のあたたかな日差しが街を包んでいた。

【あとがき】


 本作を最後まで読んでくださり、ありがとうございました。この物語は私の学生時代の体験がベースとなっています。年が明けたことを機に、新たなことに挑戦したいと思い、少しずつ書き進めました。書き直す度に記憶が蘇り、作品を書いたことで「昔の自分」に再会できた気がしました。

 初めて書いた小説ということもあり、思い入れも深く、多くの方にアドバイスを頂きました。季節を感じさせるような言葉選びや独特の文章構成に悩んだこともありましたが、楽しみながら書くことを常に意識していました。

 作品を読んだ方の心に少しでも残るものがあれば嬉しいです。


         二〇二四年一月二十三日 大空翔太


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] やっぱり、季節っていうか、それぞれの月ごとだから、それぞれの言葉に色を感じれていい!それぞれの入りも、その月代表的なものの色と音、言葉なんだけれど、目の前に見えたり、感じれる作品だった! …
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ