第3話 寮でドキドキ新生活!
入学式も無事終了。
その後のガイダンスもすぐに終わり、俺と真美、ついでに志賀と胡桃沢は食堂で昼食を取っていた。
「いやぁーまさか、結希奈が生徒代表だったとはねぇ」
「えへへ。まぁ本当は成績的に慎也がやるべきだったんだけどねぇ」
「俺は外部生だし、正直前に立つのも好きじゃないから、胡桃沢が代表でむしろよかったけどな」
そう、以外だと思ったのは胡桃沢が生徒代表で壇上で挨拶をしていたことだ。
成績優秀、家柄も最上級の内部生なんだから、まぁ当然といっちゃあ当然なのだが、つい先程まで親しく話していた相手が代表として登壇してきた時はそれなりに驚くものだろう。
「というかさっきから話してて気になったけど、俺って討伐テストは1位だったけど、筆記テストはそこまで高いわけじゃなかったんだよな。なのに代表がどうって、外部生っていうの抜きにしてもありえることなのか?」
俺がそう言うと、志賀と胡桃沢は驚いたのか『何言ってんだこいつ…』みたいな顔をしてた。
しかし数秒後、志賀はどこか納得したかのような顔で説明してくれた。
「……あぁ、慎也君はまだ感覚がないかもしれないけど、この学校は君が思っている以上に実力主義な校風でね。筆記とか、サポートの実技テストに比べて、討伐テストでの順位はかなりの価値があるんだよ」
「へぇ…。そうなのか」
そう言われても、やっぱりまだその感覚には慣れない。
中学校では、俺や真美のような『圧倒的な個』というのは異常なものとして扱われていた。
それに関して、真美も同じ気持ちなのか、先程からポカンと何も考えてなさそうな顔をしている。
「ところで二人は、午後から何か予定はあるのかい?」
「あぁ、俺達は昨日までに寮への移動ができてなかったからさ、これから寮に行って荷ほどきしてこなきゃいけないんだ」
「そっか。確かに、昨日までは内部生の移動が優先されてたね。寮は学園の施設とはいえ、管理は生徒主体で行われてるから、まだまだ差別思想が抜けきってないみたいだね…」
そう言って志賀はウーンと申し訳無さそうな顔をする。
志賀は差別なんてしてないのに、こうやって申し訳無さそうにしているのはやっぱり本人が聖人だからなんだろうなぁ。
志賀の優しさが身にしみて、今までの不平不満が払拭されるような感覚になる。
「てか、寮って管理は生徒内でやってるのか?かなり問題ありそうに感じるが」
「昔からそういう伝統なんだよ。学業や能力育成以外では自由というか、放任主義というか……。まぁとにかく、生徒管理って聞くと不安になるかもしれないけど、実際は生活のためにちゃんと委員とかが働いてるからその辺の寮よりは百倍楽しいよ」
花宮学園は、全寮制となっているが、その評価自体はなかなかに良かったのを調べて確認している。
管理が生徒であるのは軽く不安要素ではあるが、志賀が百倍楽しい。と語るのであれば実際にそうなのだろう。
「じゃあひとまず二人は、これから寮で荷ほどきってことだね。終わった後でもいいけど、夜ご飯どこかに食べに行かない?」
胡桃沢がそう言うと、真美は『わーい』と手を上げて喜ぶ。
「やったぁ!この辺まだ何も知らないから、美味しいお店あったら教えてね!」
「うん!とりあえず、今日はいつも家族で行ってるフレンチでいいかな?」
そう言われ、俺は思わず喉の奥から変な音を発してしまった。
「く、胡桃沢家行きつけのフレンチって、俺達がまともに支払えるのか?」
問うと、志賀はフルフルと頭を横にふる。
デスヨネー。さっき朝教室でも話したが、胡桃沢の家は超金持ち。そんな家が行きつけの店なんて、ウン万円、ヘタしたら十何万と飛んでもおかしくはない。
流石にそれを払えるほどの財力は有していない。一般家計の男子高校生の財布事情をあまり侮るでない。
「いやいや。流石に誘っといて友達に払わせるほど鬼じゃないよ~。全部私が持つから、遠慮しないで!」
「い、いやぁー……わ、私、ラーメンとか、そういう庶民的なものが食べたいなーって」
真美も流石にあまりの富の暴力に恐怖しているのか、かなり遠慮がちになっているようだ。
「ラーメンか〜。なら、お母さんが好きな中華料理屋さんがあるからそこに〜」
「いえ。その辺のチェーン店で大丈夫です。お金も自腹で払います」
お、おぉ。あの真美が同年代相手に敬語を使うなんて。
どうやら胡桃沢は、真美をも屈服させるほどの危険さ(金銭面で)を持ち合わせているらしい。
「うーん。真美がそう言うならそうしよっか。直人に連れられて行った場所が何軒かあるし、そこに行こっか」
「う、うん。そうだね」
「まあまあ、とりあえずは二人の荷解きを終わらせるのが先だ。どこ行くかは終わらせてからでもいいだろ?」
「うん!そうだね!じゃあ早速お互いの部屋へGOだ!」
志賀はここで一時的に話題を終わらせる。
流石は幼馴染と言ったところか、胡桃沢の暴走に対しての処理が的確だ。
それにいい加減、ここらで切り上げてさっさと寝床の準備くらいは済ませておきたいと思っていたところだ。
俺たちは食べ終わった食器を返却口へと返し、颯爽と寮へと向かう事になった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜
花宮学園の寮、その名も『四季ヶ壮』
この寮は、それぞれ『春・夏・秋・冬』を冠した棟ががり、校舎側に伸びている女子寮と、校門側に伸びている男子寮が、共用スペースで繋がれているの特徴だ。
志賀の話では1階が1年生、2階が2年生、3階が3年生と区切られていて、よっぽどの事がない限りは他階、更には他棟へ行く事はあまり無いそうだ。
中等部には中等部用の建物があったらしいが、内部組織などは中等部と高等部でほとんど違いが無いらしい。
昼食で志賀が言っていた通り、この寮の他にない要素として、運営の全てが生徒によっておこなわれるらしい。
『全て』というのも大袈裟に言っている訳ではなく、その年度の行事や予算、修繕の計画なども全て生徒達が管理すると言っていた。
正直、心配ではある。
寮へ入居する際、内部生が優先されていたのだが、今の寮は寮長が男女共に内部生であるため、外部生への差別がかなり横行されているらしい。
志賀が言うには、毎年そのような状態なのではなく、年によってはむしろ外部生に甘い。みたいな寮長が就任する時もあったらしい。
しか、今年度の寮長は二人とも『差別推奨!』と言うほどの外部生否定派らしい…。
「はぁ…。寮生活、大丈夫かな」
俺は、学校に行っている間に届いていた荷物を整理しながらそうぼやいていた。
「おいおい慎也君。初日でそんな不安がってもしょうがないだろ?ポジティブにいこうよ」
「うーん。そりゃそうだけどさ……」
そばで荷ほどきを手伝ってくれていた志賀が励ましてくれる。
志賀の言う通り、初日であまり心配したってしょうがないのは事実だ。実際過ごしてみて、本当に差別を受けてから考えてもまぁいいだろう。
しかしなぁ。現寮長がそういう性格で、差別を実際に受けるとしても俺だけに限った話ではない。真美も受ける可能性だって大いにあるし、まだ会ってはいないが他の外部生だってその危険がある。
まぁ、結局は今気にしたってしょうがないよな。
考えるのを止め、俺は荷ほどきを進めることにした。
「そういえば慎也君。ちょっと提案があるんだけどいいかな」
「うん?まぁ、内容にはよるけど……言ってみな」
「君に、棟長に立候補してほしいんだ」
言われて、少し吹き出す。
棟長。それはさっき志賀から少しだけ聞いていたが、寮長の一つ下の位の役職とのこと。
それに俺が立候補だと~?
「冗談はよせよ志賀。そんないきなり目立つようなムーブしたくないって…」
「ははっ。実を言うと、そこまで冗談で言っているわけじゃないんだよね」
色々と文句も言いたくなったが、続けろ。という風に志賀を見つめる。
それを汲み取ってくれたのか、志賀は手は止めずに話し出す。
「というのも、俺が副棟長に立候補するつもりだから、慎也に棟長に立候補してほしいんだよね」
「待て待て。お前が副棟長になりたいってのは勝手にすればいいが、何でそこで俺が棟長になる必要があるんだよ」
「まぁ聞いてくれ。俺が副棟長になりたいのは、内申点を稼ぐためなんだ」
「内申点?」
「あぁ。副棟長に限らずとも、生徒会とか一種の役職に就いておくと、後々の就職で色々と便利なんだ。だから副棟長になりたいってわけさ」
「普通に棟長になるのじゃダメなのか?」
志賀の説明はもっともだが、なら尚更副と言わずに棟長を目指せばいい。
その疑問に答えるかのごとく、志賀は顔の前でブンブンと手をふる。
「昼に話したけど、この学校はかなりの実力主義ってのを覚えているかい?」
「あぁ。胡桃沢が生徒代表になったのもそれが含まれてるって話だよな?」
「うん、そうだ。それは寮も例外じゃなくてね。普段の会議での発言権、決定権っていうのは、成績順……主に討伐テストの優劣で決められるんだ。その場合、サポートテストの受験者は、優先順位が最底辺と言ってもいい」
なるほど。言いたいことがわかってきたぞ。
「つまりは、内申を稼いでおくついでに、この腐った差別主義の世界をどうにかしてほしいってことだな?」
「うん。さすが、わかってくれるね」
そう言って、志賀はフフンとドヤ顔をしてみせる。
まぁ確かに、目立ちたくはないとはいえ、これから受けるであろう差別にだって何も文句を言わないわけじゃない。
なら、最初から不安の種を刈り取っておくのが一番だろう。
「確かに、悪い話じゃないな。けど、立候補ってことは、確定ではないんだろ?外部生がそう簡単になれるもんなのか?」
「うーん、問題はそこだね。立候補しそうなやつは数人、いるっちゃいる。けどまぁ、君なら勝てると信じてるよ」
なんか、立候補する前提で話が進んでいる気がするが気のせいだろうか。
「『勝てると思う』ってことはやっぱり、立候補者が複数いたら戦って決めるのか?」
「まぁ基本的にそうだね。一応戦う前に話し合いの場は設けられるけど、あってないようなもんだから期待はしない方がいいね」
やっぱり戦わなきゃいけないのか。今日だけでこんな話を延々と聞いているが、この学校本当におかしいんだな。
今一度、この花宮学園の異常性について再認識したかもしれない。
「ちなみに、その棟長を決める会議?はいつやるんだ?」
「あぁ、基本的には闘劇祭の2週間前くらいに決めるかな。そういう行事のあとは決まって棟ごとにお疲れ様会を開くからね。それまでには決まってる感じかな」
「なるほどな。まぁそん時になったら立候補ぐらいはしてやるよ。なれるかは別だけどな」
「うん、ありがとう。期待してるよ」
そう感謝を伝え、志賀は作業に戻る。
と言っても、喋りながらも手は淡々と動かし続けていたためか、荷ほどき自体はもう終了直前まできていた。
「っと、もう終わりかけだけど……なんかだいぶ物が少ないというか……結構空きスペースが多くて寂しいね」
「ほっとけ。そもそもあんま持ってくるものなんてなかったし、邪魔なものばっかでもしょうがないしな」
「まぁまぁ。結希奈も置いているけど、観葉植物とか軽く置くだけでも印象がかなり変わるよ」
「ふーん……って、なんで志賀が胡桃沢の部屋のこと知ってんだよ」
まさかこいつ……という顔で志賀を見ると、違う違うというふうに顔の前で手を振る。
「この寮は、部屋の主同伴とか、特別な事情があるとかなら異性の部屋にも入れるんだよ。俺は暇なときよく結希奈の部屋に行ってるからね。逆も然り」
「へぇ。そう聞くと、やっぱこの寮ってかなり変わってんな。問題とか起きないのか?」
「起きない。と言うよりは、起きても大ぴらにならない。って感じかな。その辺はまぁ、生徒内であらかた片付いてるから、大きな問題もそもそも起こりづらいって思ってもらって大丈夫だよ」
起こりづらい。って事は、まぁゼロではないんだろうな。
でも確かに、この学校に限らずとも、そういうプライベートな状況で問題を起こした生徒は社会的に死ぬなんてのはお決まりだ。
それに中高一貫校の全寮制となると、歩けばほとんどが顔見知りであってもおかしくはない。そんな閉鎖的空間での社会的な死は、本当に死ぬのとなんら変わりはないのかもしれない。
と思うとやっぱそんな環境で外部生が棟長になるという目立った行動をしていいものなのか。
もちろん問題行動を起こすつもりはないが、一方的に知名度が上がるというのはなんとも度し難い。
……まぁ、『外部生・討伐テスト1位』という時点でクソほど目立ってはいるようだけどな!
そんなこんな雑談をしながらも作業を進めていると、いつの間にか荷ほどきは終わりを向かえていた。
「よし、まぁこんなもんかな。手伝ってくれてありがとうな志賀」
「いやいや。元々予定もなくて暇だったしね。むしろ雑談してくれたり、棟長のけんだったり、こっちの方が感謝したいぐらいだよ」
そう言い合って、のほほんと和んだ空気になっていたところ
―コンコンコン―
部屋の入口がノックされる。
「?……どうぞー」
志賀以外に誰か来る予定も無いため一瞬『誰だ?』と考えたが、とりあえず入れてみることに。
すると、扉はバタン!と勢いよく音を立てて開かれた。
「やっほー!慎也、来たよー!」
「慎也君、お邪魔します~」
入って来たのはやたらとハイテンションな真美と胡桃沢だった。
「おい……なんでやすやすと女子の侵入を許してるんだ四季々荘よ……」
「あっ、いい忘れてたけど、共用スペースで一応見張ってる係はいるんだけど、男子の方はほとんど機能してないから気をつけてね」
「もう遅いんですけど……本当に大丈夫かよこの寮」
俺がそう嘆いているにも関わらず、女子'sは『関係ない』と言わん顔でズカズカと入り込んでくる。
いやまぁ、見られて困るもんもないから別にいいんだけどさぁ。
「やあやあ慎也。片付けは進んでるかな~って言おうと来たけど……なんかもう終わってるっぽい?」
「あぁ。志賀も手伝ってくれたし、元々物も少なかったからな。思ったよりすぐ終わったよ」
そう言うと、真美はぶーっと不貞腐れたような顔を向ける。
「ちぇっ。こっちは喋ってばっかでぜんぜん進まないから、茶化してやろうかと思ったのに終わってんのかよ~。終わったならこっちも手伝ってよ~」
そう言って真美が泣きついてくる。
まぁ、真美は会ったときから片付けとかの黙々と行う作業を嫌っていて、ほとんどを俺に押し付けてきたようなやつだ。この展開は少なからず予想していた。
「おいおい、進学してしっかりやりたい!って言ったのはお前だろ?胡桃沢もいるんだし、ちょっとは自分でやることを覚えろ」
「だって~……思い出があるものとか解説してたらついつい脱線しちゃうんだもん……」
その思い出解説を後にして作業すればいいのに。とか思っても軽々と口にはしない。こういうとき変に何か言うと『いやでも!』と返されるのはお決まりだ。
俺も、3年ほどとはいえこいつの事はあらかた理解しているつもりだ。余計な荒波は立てないでおこう。
「そういえば、そっちは棟長の話はしたかな?こっちは俺が副棟長、慎也君が棟長に立候補する予定なんだ」
どうやら志賀から荒波が立ってしまったようだ。
まいったな……このことはこの後にそれとなく言うつもりだったのに、まさかこんなにもいきなり教えられるとは。
「えっ!まじで!?慎也そういうのやるタイプじゃないじゃん!」
「へぇ~。まぁ確かに。その棟で一番強い人がなるのが定石だし、慎也君はぴったりかもねぇ」
真美と胡桃沢、それぞれが違った反応を示す。
しかし、俺が棟長に立候補したのはさぞ意外だろうけど、逆に真美が立候補してないのはそれこそ意外だな。こういう目立つ役職はやりたがるのに。
事実、真美は中学の頃は1年生からずっと生徒会長に立候補し続けてたし(当選はできなかったが)、それを考えると立候補する気がなかったのはちょっと以外だった。
「へぇーっ、棟長って、強い人がなるもんなんだ。結希奈、ぜんぜんそんなこと言ってくれなかったじゃん」
「だってねぇ……。元々そんな乗り気じゃなさそうだったし、思い出話が楽しくてどうでも良くなっちゃった」
そう言って胡桃沢はテヘッと笑う。
「いやだって!上に寮長がいるって聞いたら雑用とか押し付けられそうで面倒臭そうだったんだもん!!それに、慎也がやるんだったら私だってやってやるよ!」
「お前なぁ……一応なったら棟ごとの取りまとめとかするんだぞ?本当にできるのか?」
「慎也がやる事ができないわけないでしょ!それに、ゆくゆく寮長になるんだったらここで布石も打っておかないとね」
そう言って真美は不敵な笑みを浮かべる。
まさかそんな先まで見て言ってるとは……。まぁ、こいつなら一番目指すために、最初から寮長チャレンジ!とかしそうだしここで棟長やっとくのはいいのか。
それに、俺以外にも外部生棟長がいればその分精神的疲労も少なくて済むだろう。
「まぁ、実際に決めるまではまだ期間があるからね。ゆっくり決めればいいさ」
「そうそう。慎也は何事も焦り過ぎなんだよ。まだ1日目なんだし、もうちょっと楽観的に行こうよ!」
「楽観的に。っていうのはその通りだけど、お前は急いで部屋の片付けしろよ」
俺がそう言うと、真美は苦虫を噛み潰したかのような顔をして、胡桃沢と部屋に戻って行った……。
その後、無事荷ほどきが終わって皆で食事に行くのだが、真美はあまりの疲労で終始渋い顔をしていた。
ちなみに胡桃沢に連れられて来た店は、ビックリするほどではないが、『庶民的』と言うには少しお高めの店だった。
志賀と訪れたことのある店ということで油断していたが、志賀も胡桃沢の近くで育ったそれなりなお坊ちゃんだった。
もうこれから食事に行くときは俺と真美が店を探そうと誓った一日だった。