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09.

(ルーファス視点)


(……そろそろ時間か)


 仕事の手を止め、立ち上がる。

 すると、俺の従者であり同じ歳であるロイが口を開いた。


「本当に、今日は一度も犬……タローが来ませんでしたね」

「あぁ、そうだな」

「……もしかして、少し寂しいとか思ってます?」

「馬鹿なことを言うな。仕事をしているのにタローを撫でている方がおかしいんだ」

「撫でているんですね?」

「……黙秘する」

「素直じゃないなあ」


 ロイの言葉に、内心イラッとする。


(全く屋敷の者達は揃いも揃ってなんなんだ。主人に対する態度じゃないぞ)


「あ、そういえばネルから伝言なんですけど」


 ロイの言葉に、低い声音で尋ねる。


「……なんだ」

「そんなに根に持たなくても良いじゃないですか。

 それより、晩餐のことです。折角ですから、ディアナ様を直接お誘いに行かれては?」

「なぜ俺が? そこはネルの方が良いだろう? 

 彼女が寛いでいるところに俺が行くのはどうかと思うが」

「少しでも仲良くなるため、ですよ!」

「……契約結婚に必要なのか?」

「それ、本気で言ってます?」

「至って本気だが」


 ロイは盛大にため息を吐く。

 思わずムッとする俺に、ロイは言った。


「良いですか。あなたはただでさえ“契約結婚”などというふざけた提案をして、それをお優しいディアナ様に奇跡的にご承諾いただけたのです。

 いわばディアナ様はあなたにとって救・世・主なのですから、きちんとおもてなしして差し上げないと。

 ディアナ様に愛想を尽かされて逃げられてしまいますよ!」


 ロイの言葉に、俺は思わず首を傾げる。


「……いや、彼女に限ってそれはないな」

「え?」


 そう言いながらも書類を整理してから立ち上がり、歩きながら彼女のことを思い浮かべて言う。


「彼女は俺のことなど眼中にない。タローに執心しているようだからな。

 タローがいる限り、彼女もいなくなったりしないと思う」


 そう言っている間にも、ふとタローを抱えて声を上げる彼女が思い起こされる。


『タ・ロ・ウ、です!』

「……ふふっ」

「!?」


 必死な彼女を思い出して思わず笑ってしまいながら、後ろを振り返ると言った。


「そういえば、犬の名前は“タロー”ではなく、“タロウ”だそうだ。間違えのないよう、他の者にも伝えておけ。

 では、ディアナの元へ行ってくる」


 そう言ってなぜだか呆けた顔をしているロイを置き去りにし、部屋を後にする。


「……笑った」


 残されたロイが、そんなことを言っていたのに気が付く由もない。


 そしてディアナ嬢の部屋……、公爵夫人の部屋となるその扉の前にやってきた俺は、一度息を吸うと扉をノックした。


「ディアナ、起きているか? そろそろ晩餐の時間だ」


 そう呼びかけても、応答がない。


(……寝ているのか?)


 もし寝ているのなら、一度ネルと相談して無理に起こさない方が良いだろうか。


(一応、後もう一度くらいは呼びかけてみるか)


 そう思い、少し強めにノックしてみる。すると。


「ワワワワワンッ!!」

「!?」


 部屋の中から今までに聞いたことのないタロウの鋭い鳴き声が聞こえてきた。


(まさか、ディアナの身に何か……っ)


 緊急事態だ。


「ディアナ!!」


 そう名前を呼び、躊躇なく部屋を開け放つ。

 しかし、そこには誰もいない。その代わりに……。


「わんっ!」

「なんだ、タロウか……」


 タロウが尻尾をこれでもかと揺らし、舌を出して嬉しそうにこちらを見上げていた。

 俺は苦笑しつつもタロウの頭を撫でてから、タロウに向かって尋ねる。


「お前の主人はどこにいる?」

「わん!」


 まるで、「こっちだ!」と言わんばかりに走り出すタロウに、本当に人間の言葉が分かるんだなと驚きを隠せずにいるも後を追う。

 そして向かった先はやはりベッドで。タロウはピョンッと軽快に足のバネを使い、その小さな身体でベッドの上に自分で乗ると、眠っているディアナの頬を舐めた。


「んんっ……」


 舐められたディアナは起きるかと思ったが、少し眉を顰めただけでスゥスゥと寝息を立てて眠っている。


「……やはり、疲れていたのか」


 これは起こすのは可哀想だと思い、後にしようとしたのだが、ディアナが小さく何かを呟いた。


「……かあ、さ……」

「え?」


 思わず彼女の顔を見つめれば、彼女の閉じられている睫毛がタロウのせいではなく濡れていることに気が付いて。


(……泣いているのか?)


 嫌な夢でも見ているのだろうか、と思っていると、ディアナは今度ははっきりと言葉を口にした。


「おとうさん、ごめんなさ……」

「……ごめんなさい?」


 どうやら、夢の中で両親に向かって謝っているようだ。


(一体、どうして……)


 ディアナの両親……バート侯爵夫妻は、どちらも健在であり、一度会ったことがあるが、仲睦まじい夫妻で良い方々だった。


(……俺の目は大体合っていると思っていたが、もしかしてバート夫妻は裏でディアナを虐げていたのか?)


 ディアナと接している段階では、彼女の明るい性格からは虐待を受けているとは到底思えないが……。


(……一応、調べてみるか)


 ディアナは契約結婚相手であるが、契約している以上俺が守ろうと思っている。

 それが、たとえお飾りでも結婚した夫である俺の役目だと思うから。

 そう結論づけ、彼女を守るように座っているタロウの頭を撫でる。

 すると、不意にバサバサバサッ!!という、今度こそ何かが落ちる音がした。


「ヴー、ワンワンワンワンッ!!」

「しーっ!」


 ディアナが起きてしまう! とタロウを制してから、落ちた物を拾いに行く。

 それは、俺が作成した『契約結婚取扱説明書』で。


「……少し作りすぎたな」


 何でも文書に残しておこうとするのは悪い癖だ。

 もう一度作り直して分かりやすくまとめた方が良いだろうか、と手を伸ばしたその時。


 ―――キンッ


「っ!?」


 一瞬、光と共に伸ばした指が弾かれる。


(な、なんだ今のは)


 静電気だろうかと考えたが、ただそこにあった紙がそこまで静電気を持つだろうかと思い、もう一度触ってみたが何も起こらない。


「……やっぱり静電気か?」


 とりあえず、説明書を机の上に戻す。

 再度首を傾げつつ、ディアナがまだ眠っていることを確認してから、俺は部屋を後にした。

 ……吠えたタロウの目には、説明書だけではなく、今もなお()()()()が見えていることになど気が付かずに。

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