08.
「こちらがディアナ様のお部屋となります」
「……!」
その部屋の中を見て思わず目が点になる。
そして黙り込んでしまった私に、ネルは首を傾げた。
「ディアナ様?」
「あっ、いや、とても素敵なお部屋だなと思って……」
そう。お部屋が素敵すぎるのだ。それは良い、侯爵邸の自室も大分豪華だったから。
しかし、それとこれとは別で。
「……あの、このお部屋にはタロウと一緒に入っても?」
その言葉で全てを察したらしいネルは、クスリと笑って言った。
「はい、もちろんでございます。公爵様からもご許可を頂いておりますので、安心してお使いください」
「そ、それは良かった……」
(けれど、それでもやっぱり気が引けるような……)
前世のように、ソファやベッドで太郎と共に寝転がる、なんてことが気軽に出来そうにない(まあ侯爵令嬢だからソファにはそう容易く寝転がれないけれど)。
そんな心情をまたもや察したように、ネルは小さく笑う。
「本当にお気になさらないでください。替えもございますし、タロウのやんちゃ具合は公爵様も熟知していらっしゃいますので」
「そ、そうよね」
そう言いながら、腕の中にいるタロウを見ると、タロウは目を合わせようとしない。
(絶対話している内容を分かっている……!)
そう確信していると、ネルは説明した。
「こちらは公爵夫人である奥様がお使いになるお部屋ですので、その続き部屋となっているのが主寝室、そしてその奥の隣のお部屋が公爵様のお部屋となっております」
「しゅ、主寝室……」
思わず呟いた私に、ネルが笑って言う。
「ご安心ください。こちらもお使いになる予定はございませんので、常にお部屋には鍵がかかっております。
本日の夜も気にせずゆっくり休むように、とのことです」
「そ、そうよね……!」
(結婚したその日の夜は、普通は特別な夜、なのよね! でも私は契約結婚だから、普通に休んで良いと)
それは本当に良かった。心の安寧のためにも……と息を吐いたところで、ネルが言った。
「では、私は一度下がらせて頂きますので、御用の際はこちらの鈴を鳴らして下さいませ。
また、晩餐のお時間になりましたらお呼び致します」
「ありがとう」
ネルはそう言ってにこりと笑うと、「失礼致します」と言って部屋を後にする。
そして、部屋には私と腕の中にいるタロウだけが残された。
「……タロウ」
そう名前を呼ぶと、私を見上げているタロウを見て……、私はその場でクルクルと持ち上げ、笑みを浮かべて言った。
「タロウ、久しぶり! そして、ただいま! ずっと会いたかった……!」
「わんっ!」
そう、ルーファス様にタロウを渡してもらったのには、ちゃんとタロウに前世分のただいまの挨拶がしたかったから。
だから、その思いを腕に込め、タロウをギュッと抱きしめる。
「あったかい……。久しぶりのモフモフだぁ」
くるくるの毛でモフモフとしている頭に顔を埋めると、タロウは振り返って私の鼻を舐めてくれる。
「ふふ、くすぐったい。……ごめんね。最期まで一緒にいられなくて。
お母さんもお父さんも悲しんでいたよね……」
「……くぅーん」
私の言葉に、悲しそうな顔をして少し涙目になっているタロウ。
言葉は話せないけれど、タロウは私の言葉をきちんと理解しているから、人の感情の機微にも気付くとても賢い子だ。
私は頭を撫でると、タロウに向かって語りかける。
「……良い子ね。私を異世界まで探しに来てくれたの?」
「わんっ」
「遠かったでしょう? お迎えが遅くなってごめんね。
でも、私の最推しでありとっても優しい方に拾われていて、本当に良かったね」
「わんっ」
「本当に……、良かった……」
もう二度と、会えないと思っていた前世の家族。
その小さな身体で、タロウはこんなに遥か遠いところまで私に会いに来てくれた。
「……タロウは、私がいない世界で、ちゃんと生きられた?」
「くぅーん?」
分からないと言った顔をするタロウに失笑してしまう。
「なんてこんなこと、私が言えたことじゃないよね……」
「くぅーん……」
前世を思い、溢れた涙をタロウが当たり前のように舐めてくれる。
「ふふ、タロウはいつもそうやって慰めてくれるよね。ありがとう」
そう言うと、タロウは嬉しそうにより一層顔を舐めてくれる。
「あはは、本当にくすぐったい! そうだよね、いつまでもくよくよしていてはダメよね!
ありがとう、タロウ!」
そう言ってから、久しぶりにベッドに一緒に横になる。
「わ! さすがベッドもふかふかだね! タロウ、汚しちゃダメだよ!」
「わん!」
そう注意してから腕を広げると、タロウは嬉しそうにその腕を枕にして、私に擦り寄ってくる。
そして私も、その頭に頬を寄せて言う。
「大変だったと思うけれど、タロウがこの世界に来てくれて良かった。本当に嬉しい。
私は、学生生活も仕事も、全部タロウに救われていた。
私にとって、タロウとルーファス様は恩人なの……」
そう話しかけている間に、ドッと睡魔が押し寄せてくる。
(気が付いていなかったけれど、疲れていたみたい……)
「……タロウ。これからは、ずっと一緒にいようね。今度こそ、ずっと一緒だよ……」
そう微睡の中で声をかけたのを最後に、私はタロウと共に眠りについたのだった。