06.
「ルーファス様、早速ですがお願いがあります」
そう口にすると、膝の上にいた太郎の両脇を抱え、ルーファス様に太郎の顔が見えるように持ち上げて言った。
「この子の名前、教えてください!」
「名前?」
私が頷けば、ルーファス様は首を傾げた。
「名前……、そういえば考えたことがなかったな」
「それですよ!」
「!」
ズイッと太郎を抱えたまま身を乗り出せば、その分ルーファス様は身体をのけぞらせる。
それには構わず、私は言葉を続けた。
「たろ……じゃなかった、この子が言うことを聞かなかった理由!
ルーファス様、ずっと“犬”って呼んでいらっしゃったので気になってまさかと思っていたんですけど、犬に言うことを聞いて欲しかったらまずは名前を呼んであげないと!
“おい、犬!”なんて呼ばれてもこの子が可哀想ではありませんか?」
そう説得すると、ルーファス様は少し考え、たじろぎながら言った。
「た、確かにそれは可哀想だな。だが、名前なんてどうやって付ければ」
(待っていました!)
「私に良い名前があります! “タロウ”でどうでしょう!?」
前世と同じ名前!
と嬉々として口にすれば、ルーファス様は目を点にして戸惑ったように反芻する。
「タ、タロー?」
「タ・ロ・ウ、です!」
「タ、タロー……」
「わんっ!」
「「!」」
太郎ならぬタロウの鳴き声に、思わず顔を見合わせる。
「い、今のは返事をしてくれたという解釈で良いのか!?」
「はい! バッチリです!」
細かいことを言えば微妙に呼び方が違う気もするけれど、タロウも認めているみたいだし、何より。
(ルーファス様、嬉しそう)
私の元からタロウがルーファス様の方へ走り寄る。
そうして、近寄ってきたタロウの頭を撫でるルーファス様に向かって声をかけた。
「それにしても、ルーファス様に本当によく懐いているんですね」
「え?」
「タロウって、名前を呼ばれても家族でないと返事をしないんです。
だから、きっとルーファス様のことを、きちんとご主人様とか家族と認識しているんですよ!」
「わん!」
私の言葉に、タロウが尻尾を振る。
(ふふ、転生しても私の言うことをきちんと理解しているのね)
えらいね、と褒めると、ルーファス様がポツリと呟く。
「……そうか、家族……」
「え?」
「いや、何だか心が温かくなるような気がして」
そう口にしたルーファス様のお顔は穏やかで。
(ルーファス様って、やっぱりお優しいのよね)
冷たいと勘違いされやすいけれど、本当に冷たい人であればこんな風に犬を拾ったり、一生懸命お世話したりしないはず。
(小説ではあまり見られなかった笑みも、こうして見られるなんて……)
お飾りの妻ってもしかしなくても最高の推し活では!?
なんて思っていると。
「そういえば、一つ気になっていたんだが」
ルーファス様はタロウから顔を上げると、私に向かって尋ねる。
「会った時から最初に“タロー”と呼んだり、まるでタローのことをよく知っているような口ぶりだが」
ルーファス様の言葉に背中を冷や汗が流れる。
(そ、そうよね! よく今まで突っ込まれなかったなっていうくらいよね!!)
でも、まさか正直に“前世で飼ってた犬”なんて言ったら。
(引かれること間違いなし!)
この世界で前世の記憶がある人物なんて聞いたことがないもの、推しであるルーファス様には引かれたくない!
そう思い、私はしどろもどろになりながら何とか言い訳のように答える。
「え、えっと……、そう! 犬を飼うことにずっと憧れていて」
「……憧れ」
「はい! それで、犬のことをよく調べてお世話方法などを勉強したというか」
「勉強」
「タロウというのも、初めて飼ったら絶対にその名前にしようと決めていたんです!」
まるで相槌のように私の言葉をルーファス様に反芻されながらも何とか言い切った!
とホッと息を吐く私に、ルーファス様は腕を組んでから首を傾げた。
「その、タローという名前の意味は?」
「え? あっ、えっと……」
(まずい。そこまでは考えていなかった!)
というのも、この名前は前世でお母さんがつけたもの。
『うちには男の子がいないし、太郎で良っか!』
なんていう適当な感じで、せめて太郎という名前にするなら意味を考えてあげようと私は反論したものの、太郎が『わんっ!』と嬉しそうに吠えてしまったことから、そのままな感じで現在に至る。
「ひ、響きです!!」
「……響き」
「はい!」
またもや咄嗟に出た、自分で言っておいてなんだけど、どう考えても無理のある言葉を反芻され、穴があったら入りたい気持ちでルーファス様の言葉を待っていると。
「……そうか、響き」
「え?」
思わぬ言葉に半目になっていた目を開ければ、ルーファス様は視線をタロウに注いで言った。
「タロー。確かに、良い響きだ」
「!?」
(な、納得した!?)
え、それで良いのかしら!? いや、良いんだよね!?
と受け入れられたことに対して喜ぶべき私の方が戸惑いを隠せずにいると。
「よし、早速屋敷の者にはタロウであることを伝えよう。
ディアナ、良い名前を付けてくれてありがとう」
「っ!!」
そう言ってタローを抱き抱え、上機嫌になったのかにこりと微笑まれた暁には、私もただただそのお姿を拝むことしか出来なくて。
「は、はぃ……」
タローと推し、大好きと大好き、そして尊いオブ尊いを目にした瞬間、私は心の中で神様に向かって合掌した。
(神様、推しと推しが共存する世界に転生させてくださってありがとうございます……)
これは、私得でしかありません!!!
と今すぐにでも尊すぎて気絶してしまいそうになるのをグッと堪え、何様だというような親目線で静かに一人と一匹を見つめていたのだった。