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04.

(本当に?)


「た、太郎なの?」


「わんっ!」


 そう言って全力で尻尾を振る姿は、前世の時と何ら変わらない。

 顔も声も表情も。何もかもが太郎だと判断した私は、込み上げる想いのままにその小さな身体を抱きしめると。


「驚いた」

「……!」


 そう耳に届いた声にハッとする。


(そうだ、ここはルーファス様のお屋敷でありルーファス様の目の前だった……っ!)


 それでも、前世ぶりに抱きしめたこの小さな身体を手放せないでいると、ルーファス様が私の目の前まで歩み寄ってきて……。


「!?」


 ガシッと両腕を掴まれた。


「やっぱり君が良い!!」

「はい!?」

「この犬のお世話係になってくれないだろうか!?」

「え、えぇ?」


 前世では、クールビューティー(男性だけど)と称されたルーファス様からは想像もつかない、キラキラとした眼差しを受けた私は、何とか口を開いた。


「い、一旦落ち着いて、話し合いましょう」


 前世の愛犬が一緒に転生しているかもしれないという衝撃と、至近距離で推しに見つめられているこの状況がいっぺんに押し寄せた私の、心の安寧のためにも。

 そうして何とかもう一度長椅子に座り直したけれど、困ったことに(いや凄く嬉しいんだけど)、太郎が私の膝の上から離れない。

 その光景を見ているルーファス様は呟いた。


「俺の膝の上に、来ないだと……」

「!? お、お渡ししましょうか!?」

「い、いや良いんだ! 違う、そうでなくて……、感動して」

「はい?」


 どういう感情なのだろうかと素で聞き返してしまった私に、ルーファス様は困ったように言った。


「その犬は、野生の野良犬だったんだ」

「野良犬!?」

「あぁ。つい先日、庭先に迷い込んでいるところに遭遇して。

 拾うつもりはなかったんだが、困ったことにどんなに振り払おうとしてもついてきてしまって……、雨が降った日には、さすがに」

「可哀想で飼い始めてしまったと?」


 その言葉に無言で頷くルーファス様の姿に、私は思ってしまう。


(か、可愛い……っ! そして優しい!!)


 なんと、太郎は転生して野良犬になった上に推しに引き取られていたとは。

 太郎が転生したことも凄く嬉しいけれど、何より優しいルーファス様の元に引き取られていて本当に良かった……!

 と思っている間にもルーファス様の説明は続く。


「一応野良だからと、医者に見せて病気がないことを確認してから飼い始めたは良いが、困ったことに俺にしか懐かないし言うことを聞かない」

「太郎……」


 思わず小さく呟き太郎を見れば、太郎は「くぅーん」と甘えたように鳴く。


(まあ確かに、前世でも私の言うことしか聞かなかったな)


 今に始まった事ではないかと思わず苦笑いすれば、ルーファス様の嘆きは続く。


「それと寂しいのか、俺を探して、しまいには執務室まで来て仕事をしている俺の膝の上で寝る始末で。夜も気が付けばベッドに忍び込んでいる」

「太郎」

「くぅーん」


 太郎は人が大好きな犬だったから、気がつくと誰かしらにピタリとくっついているような犬だった。

 特に私がいる時は、私の膝の上が定位置で。


(おばあちゃんからは甘やかしてるって言われたなあ……)


 思い出しながら太郎の頭を撫でれば、太郎は嬉しそうに尻尾を振る。

 そんな私に、ルーファス様は言った。


「だから君が結婚してその犬のお世話係になってくれれば良いと思うんだ。どうだろうか」

「ど、どうと言われても……」


 チラリと太郎を見れば、期待したようにこちらを見る太郎の姿にうっと喉を詰まらせる。


(確かにまた太郎と一緒にいられるなんて本当に嬉しい。けど、そうしたら私はルーファス様と結婚することに……)


 そう思い、チラリとルーファス様を見やれば、彼もまた期待したようにこちらを見ていて。

 その表情が太郎と似ていることに……、まるで子犬のような目でこちらを見るものだから、つい、気持ちが大きく傾いてしまって。


「私で良ければ」


 条件反射で気付けばそう口にしていた。


「本当かっ!?」

「!?」


 ルーファス様が立ち上がり、嬉しそうに破顔した。


「ありがとう、ディアナ嬢! 君は恩人だ!」

「そ、そんな。こちらこそ……?」


(太郎を助けて下さったんだものね)


 それに。


(推しがこんなに笑っていることって滅多になかったよね?)


 小説中、殆ど彼は笑ったことがなかった。

 ヒーローとヒロインが開いた結婚式で、おめでとうと口にしたルーファス様を見た二人が、「笑った!」と驚いていた描写があったほどなのだ。

 それだけ一緒にいるにも拘らず、国宝級の推しの笑顔を一日目で見れたということは。


(私、案外上手くやっていけるのでは?)


 お飾りの妻として。

 恋愛感情抜きであれば、私も推しの役に立てる上、太郎と一緒にいられるのだ。


(良いかもしれない)


 だって推しは、前世でも私の心の支えになってくれていたし、今世では太郎を助けてくれた恩人でもある。

 だから。


「公爵様。……いえ、ルーファス様」


 私はルーファス様、と名前を呼ぶと、太郎を抱きしめる腕に力を込めて言葉を発した。


「私、この子のお世話係兼お飾りの妻として頑張ります!」

「! あ、あぁ。これからよろしく頼む。ディアナ嬢……、いや、ディアナ」


 そう名前を呼び捨てにされた破壊力に、内心身悶えたものの、それを淑女の仮面で何とか隠して「はい!」と大きく頷いてみせる。

 こうして、ルーファス様と私の契約結婚が成立しようとしている……のだけど。


(問題は、この後よね)


 太郎との別れを惜しみながら(もちろんルーファス様とも)馬車に乗り込んだ私は、息を吐く。


「家族に、きちんと説明しなければね」


 そう、ルーファス様のお屋敷へ向かうまで、家族には断りを入れると言っていた私だったけど、思わぬ太郎との邂逅と恩人ルーファス様の願いに意志を簡単に覆してしまった今、どうにか家族に契約結婚だということを隠して、結婚の同意を得なければならない。


(契約結婚なんてバレたら、洒落にならないもの……!)


 何度も言うようだけど、この国では恋愛結婚(以下略)のため、何とかしなければ。


(そのために、ルーファス様にもご協力いただくんだものね)


 正直、これをやるのはかなり恥ずかしいけれど。


(ルーファス様のためなら頑張るしかない!)


 だってルーファス様は前世でも今世でも命の恩人なのだから!

 こうして私は、新たな決意を胸に屋敷の門を潜るのだった。


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