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31.

(ルーファス視点)


(良かった、後もう少し遅かったら危うく城から帰れなくなるところだった……)


 公爵領に辿り着いた頃には、雨は土砂降りの上、遠くに聞こえていた雷の音も大きくなっていることから、徐々に雷雲が近付いてきているのが分かる。


(それに、今は一刻も早くディアナに会いたい)


 ディアナは今頃気味悪がっていることだろう。

 なぜ前世のことを俺が知っているのか。


(……そうだな、俺だって他人から知らないはずのことを指摘されたら気持ち悪いと思うに違いない)


 ディアナにそう思われるのだけは心底傷つく。

 早く帰って誤解を解かなければ、と馬車から降りると。


「公爵様!!」


 血相を変えて飛び出してきたロイや侍女達……誰もがずぶ濡れになっているところを見て、只事ではないと悟り大声を張り上げる。


「何があった!」

「ディ、ディアナ様とタロウがいなくなりました……っ!」


 その途端、足元から血の気が引くのが分かり、何とか尋ねる。


「経緯は」

「タロウを散歩させていたところ、侍女を撒いてどこかへ……、おそらくディアナ様を探しに行ったのでしょう。そんなタロウをディアナ様が追いかけるという形で……」

「っ」

「公爵様、無茶です! この雨の中で探しに行かれるのは!」

「離せっ! こんな雨の中で二人がいなくなったらどうする! お前達は二人の命の保障ができるというのか!?」

「出来ません!!」


 ロイが俺以上に大声を上げる。

 その声に思わず動きを止めれば、ロイはこちらを見て言った。


「出来ませんが、公爵様、あなた様がお二人を探してもしあなた様の身になにかあったらそれこそお二人が悲しみます。違いますか」

「……っ、じゃあ一体どうしろというんだ!!

 俺は!! 俺は、やっと、契約結婚などと自分が愚かなことをしたと自覚して、彼女に、話したいことが沢山あるのに……っ」


 ディアナ。タロウ。

 俺にとってはとっくに、一人と一匹の存在がかけがえのないものになっていた。

 それに今頃気付くなんて……。


(……いや、待てよ?)


 俺にも出来ることがあるじゃないか。

 むしろ、闇雲に探すよりもこちらの方が確実……。


「……っ」

「公爵様!?」


 足早に玄関ホールを通り過ぎて、階段を駆け上がり、恨めしいほどに長い廊下を只管走って、ようやく辿り着いた自室に誰も入らないよう鍵をかけると、机の引き出しをゴソゴソと漁った。


「っ、あった……」


 それは、いつか医者に処方された眠り薬だ。

 使い過ぎは毒となるため、厳重に保管していた。


(仕事中毒が行き過ぎると眠れなくなると、案じたロイが医者に頼んで譲り受けた品。

 眠り薬は言わずもがな劇薬であるから使用を遠ざけていたが……、今はロイに感謝だな)


 上着を放り投げ、ピッチャーの水をカップに一杯注ぐと、その水に眠り薬を二滴垂らす。

 一滴で十分なのだが、二滴垂らすと急激な眠気に襲われる。

 今は一刻も争う状況のため、迷わずニ滴入れると、一気にカップを煽る。

 そして。


「……っ」


 ぐらっと、その場で立っていられないほどの強い眠気に襲われる。


(ディアナなら、タロウを見つけられているはずだ。

 だから、二人は一緒にいる。必ず)


 タロウ、俺に力を。

 ディアナ、待っていてくれ。


 そうして抗えない眠りにその場で崩れ落ちるようにして意識を手放した。





 次に目が覚めたのは、冷たい雨の中だった。

 地面は水捌けが悪い土の上で、見ればタロウである自分の身体も泥まみれになっている。


(良かった、タロウの身体に入れた!)


 ディアナは!?

 そう思い、彼女を探すと、やはりすぐ近くにディアナが倒れていて。


「ワンッ!!(ディアナッ!!)」


 駆け寄り、タロウの手で頬を軽く叩いてみるが、なんだか様子がおかしい。


「……キャン!?(血!?)」


 見ると、彼女の足から血が出ている。


(……まさか、上から落ちた!?)


 屋敷から程近いこの場所だが、一歩柵を乗り越えると数メートルの高低差がある。

 特に、今は雨で地盤が緩いことから、崩れてもおかしくない足場なのだ。

 もっと酷ければ、更に下に落ち、最悪川に流されていたかもしれない……。


「……ッ」


 そう考えるとゾッと背筋が凍りつくも、今は彼女の身を案じることが先決だと頭を切り替える。

 ディアナは、怪我に加え雨に濡れていることから、尋常でない熱も出て、苦しそうにしていた。

 それも、上着を羽織ってはいるが、下は夜会で着ていたドレスのままだ。


(早く……、早く上に上がって屋敷へ戻らなければ)


 でも、どうやって?

 タロウの姿では彼女に貸せるような上着を着ていないし、第一小さな身体ではこの崖のようにすら見える斜面を、とてもではないが彼女を連れて上に上がることは出来ない。

 そして、鳴いたとてここでは雨にかき消されてタロウの声も侍従達には届かないだろう。


(タロウも、きっとそれでディアナの側を離れられなかったんだ……)


 この場にディアナを一人置き去りにしていけないと、誰かが来るまでタロウは待っていたんだろう。

 その判断は、きっと正しい。

 だが、同時に歯痒い。


(っ、結局は人に頼ることしか出来ない俺が……)


「……う」

「!?」


 そんな俺の耳に、小さな呻き声が聞こえる。

 振り返ると、ディアナが俺に向かって手を伸ばしているのが見えて。

 その手を取るようにそっと手を置く。


(俺はここにいる)


 言葉では伝えられないが、この想いが届くように、じっとその瞳を見つめると、ディアナの唇が微かに動いた。


「…………ルーファス様?」

「…………!?」


 ルーファス様。

 俺の目を見て間違いなくそう言った彼女の言葉に、唖然としてしまう俺に、ディアナは幾分安堵したように笑ったかと思うと、また固く目を瞑ってしまう。

 刹那、俺達は眩いばかりの光……いつか見たことのある光が俺達の身体を温かく包み込み……、気が付けば、目の前には見慣れた屋敷があって。

 その屋敷から、侍従達がこちらに向かってきたのを確認したところで、意識を失ってしまったのだった。

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