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03.

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 そうして差し伸べられた手に、思わず見惚れてしまっていると。


「バート嬢?」

「はっ、はい!」


 慌てて返事をした私に、ルーファス様は小さく笑みを溢して言った。


「そう緊張なさらずとも大丈夫ですよ。さあ、お手を」


 そんなことを言われても、緊張しない方がおかしい。


(だってまさか、ルーファス様本人が出迎えて下さるとは思わなかったから……)


 気合を入れたのにも拘らず、いざ本人を目の前にするとどうにも調子が狂ってしまう。

 無理もない、ルーファス様の小説の挿絵は全巻合わせても数枚、数えるほど。

 そして、未プレイの乙女ゲームでもパッケージに描かれている姿くらいしか知らないから、こうして目の前で動いているところを見ると、何だか落ち着かなくて。

 ……って。


(ダメダメ、落ち着いて! 今は目の前にあるこの手を取ることが先決よ!)


 落ち着こうと深呼吸をするけれど、全く落ち着いてくれない鼓動を聞きながら、恐る恐る差し出された手に自分の手を重ねると、ルーファス様は更に笑みを浮かべ、繋いだ手を優しく引いて言った。


「お待ちしていました」

「っ!!」


 その神々しさときたら。

 さすがの私も今日は何をしに来たのかを忘れてしまうくらい、一瞬意識が吹き飛びそうになる……のを慌てて堪え、笑みを浮かべて口を開いた。


「お忙しい中お出迎えいただきありがとうございます」

「こちらこそ、突然お呼び立てしてしまい申し訳ございません。では、こちらへ」


 ルーファス様がそう言って私の手を繋いだまま歩き出す。


(えっ、このままエスコートされるの!?)


 何というお姫様待遇。

 前世でだって男性と手を繋いだことなんて握手くらいしかない上、推しと手を繋いでいるというこのあり得ない状況に、かつてないほど心臓が脈打っている。

 そして解釈違いが凄いんですが!?

 思わずルーファス様の顔を見上げてしまうと、視線が合い、にこりと微笑まれる。


(ど、どういうこと!?)


 私の知っているルーファス様ではない!

 と驚きを隠せないままルーファス様にエスコートされたのは、応接室のようなのだけど。


(どこをとっても広い上に高そうなものばかり……!)


 侯爵家の我が家にもそれなりに高価なものはあるけれど、両親はそのお金の殆どを抱えている騎士団の備品や維持費に回している。

 その点、公爵邸は至る所に絵画や調度品といった、見るからに素敵で高級そうな家具が並べてあり、どれもお洒落に飾られていた。

 それに呆気を取られている私の目の前に、紅茶の入ったティーカップを置かれ、礼を言う間もなく侍従はこの部屋からいなくなってしまった。


(って、本当に二人きりなのね!?)


 目の前に座っている推しと二人きりという状況に、内心声にならない悲鳴を上げていると、ルーファス様は全く見慣れる気がしない微笑みを浮かべて口を開いた。


「……早速ですがバート嬢。婚姻の申込みのお返事を聞く前に、少々お話しさせていただきたいことがありまして」

「そ、その前に一つよろしいでしょうか!」

「はい?」


 驚いたように目を見開いたルーファス様に向かって、私は意を決して口を開いた。


「あの……、本当に差し出がましいこととは存じますが、私相手に、その、過分にお気遣いいただかなくても大丈夫ですよ」

「……あなたの目には、私が相当気を遣っているように見えると?」

「い、いえ! そうではありません。私が落ち着かないので。出来れば、私相手に敬語は外していただけるとありがたいです……」


 小説でルーファス様の性格を知っている私としては、多分ルーファス様が小説のその後の間で変わられたのではなく、結婚相手にと望んでいる私に他所行きの顔を見せているだけなのでは、と思ったのだ。

 要するに、違和感があって落ち着かないので、せめて私が知るクールなルーファス様で……と願った刹那。


「……なるほど。では、遠慮なく」

「!」


 そう口にした瞬間、ルーファス様は一瞬で表情を消す。

 そして現れた前世絶対零度と称されていた表情を見て、オタクの私が歓喜する。


(これぞルーファス様……!!)


 何があっても動じないその格好良さに惹かれたんです!

 ……ではなくて!


(ダメダメ、我を忘れては!)


 目の前の推しの顔の良さに気を取られて、前世オタクが顔を出しそうになるのを何とか堪えている私の目の前に、スッと何かを差し出される。


「これを」

「え……?」


 ルーファス様に差し出されたのは、紙の束。

 そして、その紙の束の表紙に書かれていたのは。


「『契約結婚取扱説明書』……」


 思わず呟いた私に、ルーファス様は頷く。


「そう。君には俺と、契約結婚して欲しいんだ」

「契約結婚……?」


 聞きなれない言葉に思わず首を傾げた私に対し、ルーファス様は頷いて言った。


「この国は、愛の女神の信仰に篤いことは君もよく知っているだろう?」

「はい」

「俺には、恋や愛といったものがよく分からないんだ」

「……!」


 その台詞は、幾度となくルーファス様の口から語られていた言葉で。


(小説でもずっとそう言っていたから、今でもそのお考えは変わらないのね)


「だから俺としては、何かと面倒で枷になる恋愛をしてまでも結婚するという気持ちがよく分からない。

 ……ただ、困ったことに俺の両親がそれを許してくれず、度々見合い相手の釣書が送られてくる」

「……なるほど、つまり私にその公爵様のお飾りの妻となり、女避けになれと」

「き、君は物分かりが早いというか直球だな」

「私に“一目惚れ”をしたと婚姻の申込みをしていただいた時から、何となくそうだろうとは思っておりました。

 私、この通り地味ですし」

「地味……?」

「はい」


 夜会ではいつも壁と一体化しておりますしね、と付け加えると、ルーファス様は首を傾げる。


「そうだろうか? 俺にも女性の容姿についてはよく分からないが、君は夜会の時かなり目立っていたと認識しているが?」

「えっ? 公爵様は、私のことを夜会でご覧になったことがおありなのですか?」


 思わず尋ねた私に、ルーファス様はハッとしたような顔をして言った。


「いや、ほんの一瞬だがな。君くらいの歳になると、普通はパートナーがいるだろう?

 それなのに、君も俺と同じように一人でいるものだから、珍しさに何となく見てしまっていた。すまない」

「い、いえ……!」


 私相手に一目惚れはあり得ない。

 それは当たっていたけれど、まさかあのルーファス様が私のことを以前から認知していたなんて!


(まあ確かに、この国では学園生活の間に恋人や婚約者を作るから、夜会の時に一人でいたら目立って仕方がないか……)


 恋愛結婚は前世の日本では普通だったから違和感はないと思っていたけれど、確かに、恋愛結婚を重視しすぎるこの国では、政略結婚も独身も蔑まれる対象だなんて大変よね、と思いつつ、お会いしてから尋ねようと思っていたことを口にする。


「公爵様はちなみにおいくつですか?」

「歳? 21だが」

「つまり私と5歳差……」


『愛ある幸せ』は16歳で学園卒業までを描いているから、最終巻から今は5年後の世界を歩んでいるということね……と納得した私の目の前で、急にルーファス様は頭を下げた。

 って、頭を下げた!?


「こ、公爵様!?」

「5歳も年下の君に頼むには酷なことだと分かっている。

 だが、君にももし俺と同じように結婚願望がないというのなら、一時的にだけで良い、契約結婚をしてくれないだろうか」

「い、一時的」

「そう、一時的だ。結婚したという事実があれば、両親を黙らせられるから。

 君の人生を狂わせてしまうというのなら、その分君の言い値で慰謝料も出そう。

 飾りの妻としての給料ももちろん渡す」

「い、言い値の慰謝料にお給料……」


 推しの口から飛び出る必死すぎる願い。

 お金に釣られてではなく、あのクールすぎる推しが必死に頭を下げてまで懇願している姿を目の当たりにして、断ろうとしていた気持ちが揺らいでしまっていると。


「わんっ」

「え……?」


 ほんの小さく、不意に届いた鳴き声に、反射的に顔を上げる。

 すると、ルーファス様はどこか焦ったように言った。


「い、今のは、そう、近くに住んでいる犬だ」

「こ、公爵様のお屋敷の側に他のお屋敷はありませんよね!?」


 って、そんなことよりも、この声、どこかで聞いたことがあるような……。

 そう思っていた刹那、キィッと扉が開かれる。そして。


「わんっ」

「……!」


 鳴き声と共に、今度こそ現れた鳴き声の主を目にした瞬間、私は思わず立ち上がる。


(まさか、そんなはずがない)


 信じられない光景を目の当たりにして、一瞬前世に戻ったかと錯覚してしまう。

 あり得ない、他人の空似ではないかと思いながらも、期待を捨てきれず震える声でその名を……、前世の犬の名前を恐る恐る口にしてみる。


「……太郎?」


 そう呼びかけた瞬間。


「わんっ!」


 前世と何ら変わらぬ茶色く小さなフォルムの犬は、私の呼びかけに対して大きく返事をすると、小さな尻尾をこれ以上ないほど速くブンブンと振りながら、その場にしゃがんだ私の腕に飛び込んできたのだった。

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