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29.

「ル、ルーファス様」


 そう名を呼ぶと、少し前を歩いていたルーファス様が振り返る。


「何だ?」

「……っ」


(何だかいつにも増して上機嫌に見える……!)


 やっぱり久しぶりに学園時代のご友人達に会えたのが嬉しかったのだろうか、と考えながら声をかける。


「ルーファス様、私達の設定に“溺愛”なんていう設定がありましたっけ?」


 その言葉に、ルーファス様は首を傾げる。


「溺愛? 君を普通に妻として紹介していただけだが」

「普通!?」


 あれが!? と思わずツッコミたくなるのをグッと我慢したけれど、ルーファス様の甘い言動の数々を思い出して頬を抑えた。


(どれもこれも全て心臓に悪かった……!)


 殿下とエステル様にご挨拶をした後、待ってましたと言わんばかりに色々な貴族に囲まれた。

 中には、小説中に出てきたご友人達もいて、その方々とお会い出来て嬉しいなんて思う間もなく、対応に追われたのだ。

 だけど。


(どの方々……カップルや夫婦にお会いしても、私達が一番イチャイチャしていたと思うし、逆に思われてもいる気がする……っ)


 そう、ルーファス様の私への溺愛(演技)が凄かった。

 王太子殿下夫妻の前でもそうだったけど、その姿はまるで。


(し、嫉妬している、みたいで……)


 特に男性のご友人とは私が殆どお話しすることなく終わった。

 それは、ルーファス様がことごとく妨害してくるからだ。

 しかも、凄くさりげないものだから、呆気に取られている間に気が付くと会話が終了していて。


(こ、これが次期公爵様の手腕!)


 と思わず違うところに目が行ってしまう私にルーファス様は言う。


「それを言うなら、君も君だと思うが」

「わ、私ですか?」

「あぁ。俺のどこが好きになったのかを聞かれて迷うことなく“全部”とか“選べない”と言い、終始にこにこと無防備に笑うものだから、()()()()俺は気が気でなかった」

「……っ」


(お、夫として……!)


 もう二人きりなのだから演技はしなくて良いのに!

 と思いつつ、そのことをルーファス様に指摘出来ずにいる自分がいる。

 だってそう言ってくれるルーファス様が楽しそうだし、何より……。


(仮初だと分かっていても、夫婦としてルーファス様や周りに認めてもらえることが、何だかこそばゆくて……、でも嬉しくて)


 隣に立つことを許された上、頼りにされていることが伝わってくるから。

 そんな私に、ルーファス様は不意に尋ねてくる。


「君は他の夫婦や婚約者同士が仲睦まじくしているのを見てどう思った?」


 思いがけない質問に顔を上げ、首を傾げる。


「どう、とは?」

「いや……、エステル嬢やクライドは、互いに恋愛を経て結ばれた夫婦だ。

 そんな彼らを見て、君はどう思ったのかと思って」


(……ルーファス様?)


 やはりルーファス様の言っている意味が分からずどう答えを出せば良いか考えあぐねていると、ルーファス様は少し焦ったように言葉を付け加えた。


「俺達は、その……契約結婚、だろう?

 それに対して、エステル嬢やクライド……今日会った者達は誰しも恋愛をして結婚している者達ばかりだ。

 その点君は、俺から申し込んだとはいえ契約結婚を受け入れてくれた。

 それはどうしてなんだ?

 そもそも……、君は、恋愛についてどう思う?」


 その言葉に少し目を見開く。


(そうか、ルーファス様は不思議に思っているのね)


 恋愛至上主義の世界で契約結婚を受け入れた私のことを。

 そして、私が契約結婚を受け入れたのは恋愛をしたくないからだと、そう思っているんだわ。

 私は考えるために間を置いてから口を開いた。


「そうですね……、私は、恋愛をするもしないも自由だと思います」

「……自由?」


 その言葉に頷き、眼下に広がる庭園を眺めて言った。


「はい。この国では、愛の女神が信仰され、恋愛結婚が尊重されていますよね。

 ですが、恋愛ってしようと思って出来るものではないと思うんです。

 以前もお話しした通り、運命の出会いというか、巡り合わせというか……、そういう奇跡や運命がいくつも積み重なって恋愛になるのではないかと、私はそう思っています」

「……君は、恋愛をしたことがないのか?」


 その問いかけに一瞬息を呑んでしまったけれど、ルーファス様に尋ねられているのだから答えないと、と思い正直に言う。


「そうですね……、今まで経験したことはない、と思います。

 恋愛に対して全く憧れがないかと言われるとそうではありませんが……、自分には出来ないかなと思ってしまうんです」

「……出来ない?」

「恋愛をすると言っても、ただお互いが好きなだけでは上手くいくとは限らないですよね?

 ロミオとジュリエットは極端な例だと思いますが、そういう障害は大なり小なり人それぞれあると思うんです。

 私の場合は器用な方ではないですし、恋愛をしている自分が想像がつかないというか……、だからこそ物語の世界や友人の恋愛話を聞くことは好きであっても、自分には出来ないかな、と考えてしまいます」


 そう、私は恋愛には奥手なタイプだった。

 まだ恋や愛を知らなかったエステルのように、恋愛に否定的というわけではなく、ただ何となく自分とは縁遠いものだと思っていた。

 普通に恋愛小説や乙女ゲームをプレイしてときめきはするし、学校で噂の男の子や街中にいる店員さんや俳優さんを見て格好良い、とは思うけれど、この人と付き合いたい!とか、そういう風には考えたことは一度もない。


(推しは手が届かない高嶺の花……画面の向こうにいる人で終わっていた)


 でも、今は……。

 そう思い、ふとルーファス様を盗み見たつもりが、バチッと目が合う。

 反射的に目を逸らそうとしたけれど、それが出来なかった。

 なぜなら、ルーファス様の瞳に今までにない切ない色……まるで懇願するようにさえも見える瞳に囚われてしまったからだ。


(ルーファス、様……?)


 思わず息を呑み、時間が止まったかのような錯覚を覚えてしまう。

 我に返ったのは、そんな私の耳に、ルーファス様が瞳に宿した色と同じ色を帯びた声が届いたことだった。


「今は?」

「え……」


 ルーファス様がその後、小さく何かを呟く。


(っ、どうしてそれを……)


 ほんの小さな声だったけれど、ルーファス様の口から飛び出た単語の数々に衝撃を受けた私は、驚きすぎて声を出せずにいると。


「ルーファス・ウィンター様」

「「!!」」


 ルーファス様の名前を第三者に呼ばれたことで、二人弾かれたようにそちらを見ると、声をかけてきたのは確か王太子殿下の側に控えていた二人のうちの一人の騎士だった。


「王太子殿下がお呼びです」

「っ、あ……」


 ルーファス様がこちらを見る。

 その視線を受け、きっと私が呼ばれていないために断ろうとしているのが分かり、慌てて口を開いた。


「私、お先に帰らせていただきます!」

「え……」

「久しぶりのご友人方とお話しが出来る機会ですので、私の存在が水を差してはいけません。

 私のことはどうかお気になさらず、ご友人方とゆっくり語り合ってくださいませ……!」

「ディ、ディアナ!?」


 私はルーファス様の方を振り返ることなく、その場を逃げるように後にする。

 幸いすぐに帰ることを御者に伝えていたため、馬車に逃げるように乗り込んだ私は、ようやく忘れていた息を吐く。


(に、逃げてしまった……!)


 決して走ったせいではなく尋常でない早鐘を打つ鼓動の音が、やけに煩く頭の中に響く。

 だって……。


(っ、どうして、ルーファス様が知っているの?)


 彼の口からほんの小さく紡がれた言葉。

 それは。


『俺は一生、()()()()()()()会いに来てくれた君の手を取ることが許されない、()()のままなのだろうか』

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