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28.

 ヒーロー、クライド・ミッチェル。

 王太子という立場から、結婚相手を見つけなければならない彼は、その相手をなかなか見つけることが出来ずにいた。

 理由は恋愛結婚が尊重される国で、彼だけが例外のように政略結婚をするというわけにはいかなかったからだ。

 そんな重責を抱えたクライドは、結婚相手となる女性を探し出すために色々な女性と過ごしてみるのだけど、どの相手もクライドのことを本当の意味で好きになってくれる人はいなかった。

 クライドを好きだと言って近付いてくる女性が、彼の目には地位に擦り寄ってくるようにしか見えてならなかったからだ。


 そして結婚相手を見つけられないまま、ミッチェル学園にトップの成績で入学する。

 そこでクライドは、ヒロインとなるエステル……唯一クライドを恋愛対象として見ない彼女と出会うのだ。




(そんなお二人が今目の前に……っ)


 きゃーっと内心大興奮の私に、ふとクライド殿下がこちらを見やる。

 そして。


「貴女が噂の、ルーファスを射止めた結婚相手だね」


 そう言われた私は、そんな大興奮をおくびにも出さず、淑女の礼をして言った。


「お初にお目にかかります、王太子殿下、並びに王太子妃殿下。

 私がルーファス様の妻となりました、ディアナ・ウィンターと申します」

「元はバート侯爵家のご令嬢だったね。いつも侯爵とバート騎士団の団長には会っているけれど、貴女とは初対面だね。

 よく話は二人から聞いているよ」

「お、恐れ入ります」


(お父様とお兄様が私の話を!? 一体殿下に何をお話ししているのかしら……!)


 嫌な予感しかしないわ、と内心思いながらも、何とか笑みの下に隠し通せば、手を差し出される。

 握手を求められているのだと分かり、その手を握ろうとしたけれど。


「えっ?」


 握ろうとした手を取られ、驚き見上げれば、阻止したのは他ならないルーファス様の手で。

 ルーファス様もまた、なぜか驚いたように我に返りながら謝罪の言葉を口にする。


「す、すまない……」

「い、いえ……」


 ルーファス様の手は離れてしまったけれど、中途半端に上がっている私のこの手はどうすれば良いのだろうか、と戸惑っていると。


「ふふ、ウィンター様は案外嫉妬深いのね」

「えっ」


 そう口にしたのは、他ならないエステル様で。

 エステル様は優雅に淑女の礼をして言った。


「初めまして、ディアナ様。私の名前はエステル・ミッチェルよ。

 同じ侯爵家の出ではあるけれど、年齢差があるからお会いするのはこれが初めてね。

 お会い出来て嬉しいわ」


 そう言ってにこりと笑うエステル様は、優美そのもの。


(さすがはヒロインだわ……っ)


 なんて思いながら言葉を返す。


「光栄でございます」

「そう固くならないで。私はあなたと仲良くなりたいと思っているのだから。これからよろしくね」


 そう言って笑みを浮かべるエステル様も美麗スチルそのものだわ、なんて思いながら、何とか頷いた私を見てエステル様は言葉を続けた。


「それにしても、“恋愛なんて分からない”と言い張っていたウィンター様を射止める女性が現れるなんて驚いたわ。

 確かに、今までウィンター様が踊っているところすら見たことがなかったというのに、今日はダンスを三曲も踊り、且つ楽しそうに笑みを浮かべているお姿が見られるなんて! 

 ディアナ様はまさに、ウィンター様の“運命の相手”ですのね」


 自分でもそう思っていたけれど、エステル様から指摘された意味は、私とは違って恋愛的な意味で捉えられているようで。

 何だか少し気恥ずかしくなってしまい、何も言えずに俯くと。


「余計なことを言わないでほしい。ディアナは君達と違って慎ましいから、困ってしまうだろう」

「!?」


 思いがけない言葉、そして、ルーファス様がまるで私を庇うように進んで前に出たことに気が付き慌てる私をよそに、三人の会話が続く。


「酷いなあルーファス。結婚の招待もなく事後報告の上、ディアナ嬢と会話をすることさえも許されないなんて」

「そうよ、三年間学園生活を共に送った私達に対する態度ではないわ」

「君達がそうやって口うるさいから紹介しにくかったんだ」


 そんな会話を繰り広げる三人の姿を見て、私は漠然と思う。


(本当に信じられないなあ。小説の世界の三人のその後を、こうしてルーファス様のお隣で見ることになるなんて)


 今でこそ仲睦まじくいらっしゃるエステル様とクライド殿下だけど、最初からこうではない……というよりも、むしろ真逆だった。



 というのも、小説中の第一巻、エステルはクライドのことが嫌いだった。

 理由は、クライドが結婚相手を見つけるのに必死になっているところを見て、エステルはクライドのことを女性を取っ替え引っ替えしている軟派な男性だと思っていたからだ。

 その上、クライドは学園を首席で入学し、エステルは次席で入学したこともあって、常に完璧を目指すように育てられていたエステルは、クライドをライバル視していた。


 そんなエステルの視線や態度を見て、逆にクライドは今までの女性……自分に媚を売る類の女性とは違うことに興味を示す。

 だからエステルに興味本位で交流を持とうとするのだけど、エステルは言い放つのだ。

『私は貴方の周りにいる女性とは違う』と。

 その言葉で、クライドはますますエステルに興味を持ち、エステル以外の女性との交流を断った上で彼女と仲良くなろうと奮闘する……というのが小説の流れだ。


(エステルはというと、小説のかなり最後の方までクライドはライバルだと思い続けるのよね)


 実際には、トップを狙うのではなく二位の座を争う感じになるのだが。

 それはなぜかと言うと……。


(入学後のトップはずっとルーファス様だったから!)


 ルーファス様はクライドの幼馴染という設定で、一巻の中盤にあたる入学後の最初の試験でトップに躍り出た、小説ではインテリキャラとしてその存在を知らしめることになる。

 その後学園卒業までトップの成績を維持したことから、小説ファンの間では『入学試験は王太子であるクライドにトップを譲ったのではないか』とも噂されていた。


(ルーファス様は最初から最後までクールで頭が良くて……、周りが恋愛している中で恋愛感情に振り回されない姿勢をとった、そこが本当に格好良いのよね!)




 なんて前世の小説を思い出し、庇ってくれているルーファス様の背中を見て思わずにこにことしていると。


「ごめんね、ディアナ嬢。ついこちらだけで盛り上がってしまって」


 そう不意に王太子殿下に話を振られた私は、首を横に振り答える。


「いえ、ルーファス様の大切なご学友であり幼馴染でもあらせられる王太子殿下と、そのご婚約者様でいらっしゃるエステル様とお会いすることが出来て嬉しかったです。

 是非また今度は、ルーファス様の学園時代のこともお聞かせいただけたら幸いです」

「ディ、ディアナ」


 私の言葉に、二人は顔を見合わせるとクスクスと笑って頷く。


「うん、もちろん。ルーファスのことなら幼い頃から知っているからね、何でも話せるよ」

「まあ、大体私達が見てきたのは、恋愛に無頓着だったはずの朴念仁なお姿だけどね」

「違いない」


 二人でそう言って肩をすくめるものだから、思わず笑ってしまう。

 それがルーファス様は恥ずかしかったようで、私の肩に手を回すと口を開いた。


「安心してくれ、君達から話を聞く必要はない。

 ……後で彼女の気が済むまで、直々に俺のことを教えることにしたから」

「!?」


 そう耳元で囁かれるように、それもどこか艶めかしく言われてしまえば、硬直してしまうのも無理はないと思う。

 そんな私達を見たクライド殿下は、半ばあきれた目を向けて言った。


「私達のことをよくバカップルと言って呆れた目をしていた君がまさかここまで豹変するとは。良いことなんだろうけど、君も人のことを言えなくなったね」


 その言葉に、ルーファス様は私の肩を抱いたまま返した。


「あぁ、そうだな。ディアナは俺の……、俺だけの可愛い妻だ」

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