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26.

「ね、ねえ、ネル」

「はい、何でしょう?」


 にこりと微笑むネルに、私は鏡に映る自身の姿を見つめながら尋ねた。


「これはやはり、やりすぎではないかしら?」

「何を仰いますか! とっても素敵です!

 それに、公爵様もきっとお喜びになるはずです」

「??」


 なぜ私の服装でルーファス様が喜ばれるのだろう? しかも喜ばれるではなく呆れられるの間違いでは?

 なんて思ってしまいながら、鏡に映る自分の姿に目を向けた。

 自分で言うのもなんだけど、確かにディアナの容姿は可愛い。

 今日の装いはというと、ベルラインと呼ばれる腰から裾がふわっとしたドレスに、胸元が少し透けている素材のレース地で出来たパフスリーブドレスになっている。

 髪型は長い髪を生かしてストレートロングに、編み込み部分には小さな花を無数に散りばめられている。

 そこまでは良いとして、問題は……。


「いくらなんでも、ルーファス様の瞳の色で全身固めては引かれてしまわない?」


 そう、何と全身ルーファス様の瞳の色! と称して水色のドレスなのだ。


(決して私がルーファス様の瞳の色! とか、推し活のために推し色を! と思ったわけではないのよ!?)


 確かに推し活のために推し色のコーディネートを意識することはあったけれど、さすがにルーファス様のお隣に立つのに許可なしでこれはドン引きでは、と危惧する私の背中をネルが押す。


「本当に大丈夫ですから! 自信を持ってくださいませ」

「えぇ……」


 ネルに言われ、渋々部屋を出て廊下を歩きながら思う。


(ルーファス様にどう言い訳しようかしら?

 素直に瞳の色とお伝えした方が良いかしら?

 でもやっぱり失敗だったわ! 

『ドレスのオーダーはお任せください!』と、侍女達に嬉々とした顔で言われ、きっと彼女達の方が貴族の出でもあるし流行が分かるのではないか、と熱量に圧倒されて頷いてしまったがために、こんな……全身ルーファス様カラーに染まるなんて!)


 ルーファス様の瞳の色と私の髪の色は、近いといえど少し違う。

 ルーファス様の瞳の方が少し薄く、私の方が青みが強い。

 そのため……。


(言い逃れが出来ないぃぃ……!)


 ルーファス様に引かれたら私立ち直れない!

 と、隣を歩いていたタロウを抱き上げ、ギュッと抱きしめながら歩くと、辿り着いた玄関先にいたルーファス様と目が合って……。


(はぅああああっ)


 思わずタロウを抱きしめる腕に力が籠る。

 それは、黒い燕尾服に白タイと、ビシッと着こなしている推しが最高に格好良くて。

 あまりの格好良さに一瞬声をあげそうになったけれど、我慢我慢と自分に言い聞かせ、何とかお淑やかに歩いてルーファス様の目の前まで歩み寄ると。


「……本物の妖精だ……」

「へっ?」


 思いがけない言葉に目を丸くすると、ルーファス様が私をじっと見つめる。

 その瞳の奥に密かな熱を灯し、頬も僅かに上気しているのは私の見間違えだろうか。

 そんなルーファス様の姿に戸惑っている私に対し、ルーファス様はふわりと笑って言った。


「今宵の君は、いつにも増して可憐な妖精のようだ。

 もしかしなくても、君のそのドレスの色は俺を意識してくれている、という解釈で良いんだろうか?」

「……っ」


 そう尋ねられ、どう言い訳をしようかなどと考えていた私の思考は一瞬にして吹き飛ぶ。

 だって。


(ほ、本当にルーファス様、嬉しそう……)


 ここで“私がオーダーしたものではないんです”とは言えなかった。

 それに、言い訳をしようとしていた私自身も、たとえ契約結婚だとしても、ルーファス様の隣に立つことを認めてもらえたようで嬉しかったのだから。

 そんな感情が自分に芽生えていることに気付き、戸惑いを隠せないでいる私の反応を見て、ルーファス様は是と捉えたらようで更に言葉を続けた。


「そうか、嬉しい。……今宵、君をエスコートし、独占する権利がある俺は、この世で最も幸運な男だ」

「ル、ルーファス様っ!?」


 ど、どうしてしまったの!?

 なんて思いながら、辺りを見渡せば、皆一様に顔を背けていた。


(うぅっ、この状況で見て見ぬふりをしてくれる侍従達の優しさというか有能さがしんどい……!)


 ドキドキしすぎて死んでしまいそう、と動悸がおかしい私に、ルーファス様は言った。


「俺の格好は、おかしくないだろうか?

 君の隣に立つに相応しい男に見えるだろうか?」

「見えますっ!!」

「!」


 ルーファス様の格好は完璧、そして相応しいと思われるかどうか心配すべきはむしろ私の方ですっ!

 という意味で食い気味に答えれば、ルーファス様は目を丸くした後、あははと声を上げて笑う。

 そんな推しの姿を見て、ルーファス様は本当に笑うようになったな、なんて現実逃避のために思っていると。


「タロウが少し悲しげに見える」


 私の腕の中にいるタロウを見て、ルーファス様がそう呟く。

 その言葉に、私も我に返ると頷き、タロウの頭を撫でた。


「夜から出掛けるのは初めてですからね。

 タロウ、ねんねして待っているのよ。早めに帰って来れたら帰ってくるから」

「くぅーん……」


 思えば、前世でもあまり夜遅くまで出歩いたことはない。

 特にタロウを飼ってからは、早めに帰るように心がけていた。


(大丈夫かな……)


 少し不安を覚えて、その小さな頭に頬を寄せると。


「大丈夫だ」


 ルーファス様がそう言って、タロウの横腹を撫で、私に向けて言った。


「挨拶をしてダンスを終えたら、早めに帰ってこよう」


(それは難しいのでは)


 今日は王家主催の夜会だし、小説中のヒロインとヒーローも、その他のルーファス様のご学友もいらっしゃるはず。


(折角旧友とお会いできる機会だもの、早く帰りましょうとは言えないと思う)


 彼らとの交流の邪魔にならないよう、何とか一人で先に帰る口実を作ろう。

 そう考え、とりあえず今は頷いておくと、ルーファス様は微笑みタロウを私の手からヒョイッと持ち上げると、ネルに手渡した。


「タロウを頼む」

「はい、お任せください」


 そんなネルに向かって私も頷き、タロウに「行ってくるね」と告げてから、ルーファス様に差し伸べられた手を取り、馬車へと向かう。

 そして、馬車に乗り込むや否や、ルーファス様は胸ポケットから何かを取り出した。

 その小さな箱にまさかと思い少し目を見開けば、ルーファス様は申し訳なさそうにして言った。


「君に渡すのが遅くなってしまったのだが。

 結婚指輪を作った。受け取ってくれるか」

「も、もちろんです……!」


 ルーファス様はその言葉に、幾分安堵したような表情をしてから、そっと箱の蓋を開け……。


「っ、ダ、ダイヤモンド!?」


 その箱の中に収められていた小さい方の指輪を見て愕然とする。

 指輪には、なんと見たこともないほどの大きさの、淡い青色をしたダイヤモンドがあしらわれていたのだ。

 驚く私に、ルーファス様は言う。


「君にいつ渡そうか考えているうちに遅くなってしまった。ごめん」

「い、いやいやいやいや!? そんなことよりもこの指輪物凄く高いですよね!?

 お飾りの妻の私にこんな……良いのですか!?」


 そんな私の言葉に、ルーファス様は首を横に振って言った。


「お飾りの妻といえど、君には十二分に働いてもらってしまっているし、屋敷内も君が来てくれたおかげで随分華やいだ。

 だから君には、感謝しても仕切れないくらいだから、受け取って欲しい」

「そんな、それは私の方です!」


 タロウに出会わせてくれたのも、こうして幸せに暮らせているのも、全てルーファス様のおかげ。

 何より。


(タロウとルーファス様と、ネルや屋敷の皆と過ごす時間が、何より幸せに感じるの)


 もしこの時間がずっと続いたら素敵だろうな……なんて思ってしまうほどに。


(そんなのはお飾りの妻の私には烏滸がましいこと)


 だから。


「分かりました。この指輪は必ずお返しいたします」

「……え?」

「いずれこの結婚の契約が終わる際までお借りいたします。

そしてこれを身につけるからには、ルーファス様に相応しいお飾りの妻になれるよう、頑張りますね!」

「……っ」


 ルーファス様は、その言葉に息を呑む。

 私はというと、少し心が震えてしまっているのが分かって。


(そうよ、この距離が正しいの)


 だって私は、ルーファス様のお飾りの妻……、所詮は期限付きで求められた結婚相手なのだから。

 胸の痛みには気付かぬふりをして、そうルーファス様に、何より自分に言い聞かせたのだった。

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