24.
(ルーファス視点)
「きゃーーーーーっ」
「!?」
ディアナの悲鳴で飛び起きる。
暗がりの中慌てて彼女の元へ……、今ではすっかり慣れてしまったタロウの姿のまま、ディアナがいるベッドへと駆け寄れば。
「!!」
バタバタと足を動かしているディアナの姿があった。
……というか。
(少しは服に気を使ってくれ!!)
ディアナは夜着……それもワンピースタイプのものであるにも拘らず、バタバタと足を動かしているのだ。
当然、その……ディアナの華奢な足が見えるわけで。
俺はそれを見て見ぬふりをして近付くと、彼女は初めて俺に気付いたようで目を丸くした。
「ご、ごめんね、タロウ。今日のことを思い出して、どうしても眠れなくて……」
今日のこととは、言わずもがな観劇のことだろう。
(というか、ディアナは疲れていないのだろうか?)
今はかなり遅い時間だと思うんだが、なんて思っている間に、ディアナは慣れた手つきで俺を膝の上に乗せて話し始める。
ちなみに、ディアナの膝の上なんてと最初こそ戸惑ったものの、ほぼこれが毎晩だからか少しずつ慣れてきた。
自分は犬だと、そう言い聞かせてなんとか。
そんな俺の頭を撫でながら、ディアナは口を開く。
「私、成り行きでとんでもない爆弾発言を落としてしまったのよ。ルーファス様との出会いは運命だ〜なんて……、その前に、運命の出会いは本物の恋愛とイコールだと言っておきながらよ?
ルーファス様、勘違いなさっていらっしゃらないと良いのだけど……」
その言葉に、俺は思わずクスッと笑ってしまう。
(そうか、だからディアナはあんな顔をしていたのか)
顔を赤くしたり青くさせたり、焦ったり。
忙しなくコロコロと変わる表情は自分にはないものだと見ていたが、まさかそんなことを考えていたとは。
気が付かなかった、と笑ってしまったのだが、不意にギュッとその柔らかな身体に抱きしめられる。
(や、やはりこの距離感には慣れそうにない……っ)
こうなってしまうと抜け出そうにも抜け出せず、ディアナに申し訳ない気持ちで死んだ魚の目をしていると、彼女は「でも」とポツリと呟く。
「やっぱり、運命だと思うんだあ……」
ディアナの呟きに、俺も賛同する。
(あぁ、そうだな。君は転生する前から、俺のことを推しとして好きでいてくれているのだからな)
どういうわけか、こうしてタロウの姿になって。
最初こそ……、いや、今でもこの距離感には戸惑ってはいるが、随分とこのタロウ化現象にも慣れてきたように思う。
そしてそのお陰で、俺は彼女のことをまだまだではあるが、理解出来ているように思えている。
(最初は意味が分からなかった彼女の言葉を、今では大体理解出来るようになった)
やはり、彼女には前世……死んでしまった別の人生としての記憶があるようだ。
その記憶の中にある読んでいた物語の舞台がこの世界で、しかも俺達の学園時代が描かれていたらしく、物語中で俺が登場した際に彼女の推しになったらしい。
そしてタロウもまた、彼女と共に前世から転生してきた犬であるのだとか。
(不思議なものだな)
以前の俺だったら、絶対に信じることはなかっただろう。
だが、彼女の言葉は決して空想からなるものではないと、どうしてだかすぐにストンと腑に落ちて理解出来たのだ。
(未だ“推しとして好き”という意味があまりよく分からないんだが。
まあ、恋愛ではないだろうな)
それに。
(なんと言っても、これは出会った時から思っていたことだが、契約結婚を望んだのは、タロウといたいからというのも頷けた)
ディアナとタロウには見えない絆がある。
それを不思議に思っていたが、まさか前世から一緒にいるとは。
(それこそ運命の出会いじゃないか!)
ボロボロだったタロウを拾って、俺が世話をして。
そして俺から結婚を申し込んだディアナが現れて、彼女は前世推しである俺と転生したタロウに巡り合って……。
「でもまさか、私を選んでくださったのがたまたまではないなんて……、しかも“秘密だ”って!」
「っ……」
思わず声を上げそうになるのを何とか堪える。
(我ながら格好付けにも程がある……!)
そう、ディアナには何となく言えなかったのだ。
彼女をどうして契約結婚相手にと望んだのかを。
だからはぐらかすために“秘密だ”とそう言ったのだが、今思い出すと自分でもキザなセリフだと思う。
(穴があったら入りたい……!)
そんな俺をディアナは抱きしめたまま言った。
「……やっぱりルーファス様は格好良いなあ」
「!」
何をどう解釈したら格好良いと思ったのか、ディアナは俺を抱いたまま横になる。
体制を崩した俺は、見事に腕枕をして収まるように彼女の隣に横になると、彼女は俺の頭を撫で、柔らかな表情で言った。
「私、嬉しかったの。ずっとたまたまだと思っていたから、ルーファス様が……何を基準に選んでくださったのか分からないけれど、私と契約結婚をしたいと望んでくれて。
そうしてタロウとも出会えた。……うん、やっぱり、運命なんだと思うわ……」
そう言いながら、睡魔がようやく訪れたのだろう、彼女の印象的なサファイアの瞳が閉じられた瞼の裏に見えなくなる。
そのまますぅっと穏やかな寝息を立てて眠る彼女の姿に、思わず苦笑いしてしまった。
(やはり疲れていたんだな)
そっと息を吐き、視線を逸らせば、ベッドの上に広がっている彼女の長い薄い青の髪が映る。
(……そう、俺が最初に目にしたのはこの髪の色だった)―――
ディアナの姿を初めて目にしたのは、学園の卒業パーティーの時。
学園の卒業パーティーは、既に卒業した者達も参加して良いことになっており、俺は公爵位を継いだばかりだったため、国王陛下をはじめとした貴族に挨拶をするという名目でパーティーへ参加した。
名門の王立学園というだけあって、卒業パーティーには国王陛下をはじめ、国の重鎮となる上流貴族も参加しており、また人数も限られているために丁度都合が良かったのだ。
そんな中、両親からは別の指令を受けていた。
それが“卒業生の中から結婚相手を見つけること”。
(学園を卒業したばかりの年下の女性に結婚を申し込めと? 五歳も差があるんだぞ)
しかもほとんどが在学中に結婚相手を見つけるのだ、無茶にも程がある。
というわけでそちらの指令には無視を決め込むことにして、最低限の挨拶を済ませ、喉を潤してから帰ろうと壁際に移動し、ワインを飲んでいた時のことだった。
(……ん?)
ふと隣を見やれば、一人の女性の姿があった。
長い水色の髪に遠くを見つめるサファイアの瞳。
胸元には卒業生の証であるミモザの花が飾られている。
(主役である卒業生がなぜこんな目立たない場所に?)
卒業生は大体、卒業パーティーでは多少の羽目を外し、楽しんでいる。
だというのに、彼女は一人その喧騒から外れ、じっと卒業生が集まっている方を見やっていた。
それに加え、大抵婚約者がいる者達は、卒業パーティーの間中ずっと一緒にいるのだが、彼女にそれらしき人物の姿もない。
待っているわけでもなさそうなところを見ると。
(もしかして、婚約者がいない?)
珍しいと思ったと同時に、少しだけ興味が湧いた。
そのサファイアの瞳の奥で何を思っているのだろうかと。
もしかしたら俺と同じように、こういった場が苦手なのではないか……と、そんなことを勝手に思っていた矢先のことだった。
「ディアナ!」
一人の女子生徒が、婚約者らしき男子生徒を伴って現れた。
ディアナ、というのがどうやら彼女の名前らしく、名前を呼ばれた彼女はその女子生徒をサファイアの瞳に捉えて……。
「……!」
やがて満面の笑みを浮かべ、女子生徒に駆け寄った。
先程まで無表情だった彼女が、心から笑みを浮かべているのを目の当たりにした時、俺は思った。
(表情が豊かだな)
手を叩き、笑っている彼女の姿を見てふと思う。
(もし結婚するのなら、こんな風に表情が豊かな女性だったら、俺も何か変わるのだろうか)
ディアナ嬢。
ほんの数分の出来事だというのに、そんな彼女の姿が俺の脳裏に鮮明に焼き付き、今もなお忘れることはない―――
『私は、ルーファス様とこうして出会えたことも、“運命”なのではないかなと思います』
(……そうだな)
思えば、ひと目見た時から……、彼女の言葉を借りるならば、“この人だ”と思った。
だからディアナは間違いなく、俺にとっての“運命の相手”なのだ。