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22.

 馬車の中、私は向かいに座っているルーファス様に声をかける。


「ルーファス様、お疲れですか?」

「え?」


 その言葉に窓の外に目を向けていたルーファス様が、驚いたようにこちらを見たのに対し、言葉を続けた。


「最近ボーッとされていることが多いような気がして」

「そっ」

「そ?」


 どこか焦ったように慌てて口にしたルーファス様の声が上擦ったことに思わず反芻してしまうと、彼はコホンと一つ咳払いをしてから言う。


「そんなことはないと思うが……」

「ですが、今日のためにルーファス様がお仕事を詰めて下さったとお聞きしました」

「っ、誰だそんなことを言ったのは」

「と、とにかくお忙しい中お時間を作っていただきありがとうございます、ルーファス様」


 そう言って笑みを浮かべれば、ルーファス様は少しの間の後言った。


「いや、礼を言わなければならないのは俺の方だ。

 本来であれば、俺の方から観劇でも何でも誘うべきなのに」

「そんな! お気になさらずとも大丈夫です。

 このチケットも、私ではなくコーデリアお義姉様からいただいたものなのですから」

「ということは、クラム嬢にはバレてしまっているのだろう?」

「!」


 思わぬ鋭い指摘に図星を突かれ、何も言えなくなってしまう私を見てルーファス様は苦笑いを浮かべる。


「まあ、在学中に女生徒と殆ど関わることのなかった俺が、君と結婚したことに違和感を覚えるのも無理はないと思うからな」

「でもまさか、コーデリアお義姉様ともご学友だったとは思いませんでした」

「殆ど接点はなかったがな。ただ、クラム嬢は女生徒からの人望が厚く、常に中心にいるような人物であったとは認知している」

「さ、さすがはコーデリアお義姉様……!」


 コーデリアお義姉様もまた侯爵令嬢であり、私とは違って剣の腕に優れている。

 あのお兄様ともたまに剣を交えているくらいだから、腕前も確かなはず。


(背も高いし大人だし、私から見ても格好良いと思うもの、人気が高いのも頷けるわ!)


 うんうんと頷く私に、ルーファス様は言葉を続ける。


「ちなみにクラム嬢と同じクラスになったのは最終学年の時だけだ。

 人の顔と名前は一致していたが、まさか君のお兄様の婚約者だとは思わなかった。

 世の中は広いようで狭いな」

「ふふ、本当ですね。……でも、良いなあ」

「え?」


 ルーファス様が首を傾げたのに対し、私はつい本音をこぼす。


「私もルーファス様と同じ学園生活を送っていたら、ルーファス様と友人になれたかもしれないなって」

「……!」


 ルーファス様が驚いたように目を見開く。

 その顔を見てようやく自分が大胆な発言をしてしまったことに気が付き、慌てて説明した。


「あ、ち、違いますよ!? ルーファス様と一緒にいる時間って楽しいから、学園生活も共にしていたら、きっと楽しかっただろうなと思って!」

「!?」

「そうしたらルーファス様の制服姿も見られたと思うし、せいちじゅんれ……じゃなかった、ルーファス様が学園時代どんな風に過ごされていたかを見ることが出来たのになと思って……」


(あ、あれ? この発言も問題かしら!?)


 でもどれも確かに私の願望だ。

 もし同じ歳だったら、ルーファス様と学園生活を送れたと思うと、ちょっぴり残念な気もする。


(あ、でも同じ学園で過ごしていたら、ルーファス様が契約結婚相手にって私を選んでくれた可能性は低くなってしまうのかな)


 しかもタロウとも会えなかった可能性がある。

 そう考えると……、なんて思っていた私に、ルーファス様が口を開く。


「そうだな。確かに、学園時代に君と会っていれば、また何か違っていたのかもしれない。

 だが、今この生活があるのは、きっと」


 ルーファス様の言葉はそこで途絶えてしまった。

 それは、窓の外を流れていた景色が止まり、馬車が停車したからだ。


「……着いたみたいだな」

「そうですね」


 ルーファス様は何事もなかったかのように馬車から降りる。

 そして、差し伸べられた手を見て思った。


(ルーファス様が先程何を言おうとしていたかは分からない。

 けれど、きっと私と同じ気持ちだと思う)


 学園時代に出会っていたら、きっと私と結婚なんてしていなかった。

 そしてこの手を今、ルーファス様が差し伸べてくれているのは、契約結婚として私をお飾りの妻にしてくれたから。


(……そういえば、ルーファス様はどうして私をお飾りの妻に選んだのだろう)


 建前上は一目惚れだったけれど、それはあり得ないからやはりたまたまなのだろうか。

 それとも、誰でもよかったのだろうか。

 そう思ったら、胸が少しだけツキリと痛んだ気がして。


「ディアナ?」


 ルーファス様の言葉でハッと顔を上げる。

 心配そうな表情を浮かべているルーファス様に向かって私は笑みを浮かべて言った。


「ごめんなさい、私も今日が楽しみであまり眠れていなかったのでボーッとしてしまいました」

「……そうか」

「でもロミオとジュリエット楽しみですね! 

 私、本格的な観劇は初めてなのでドキドキしています!」

「そうか、好きな物語だと言っていたな」

「えっ? どうしてそれを?」


 私、ロミオとジュリエットが好きだとルーファス様にお伝えしたことがあったっけ?

 と首を傾げた私に、ルーファス様が急に慌て出す。


「い、いや、君は小説とかそういった物語が好きそうだなと思って」

「よくご存知ですね?」

「あっ……、と、とにかく、楽しみだな」

「はい……」


(ルーファス様、やっぱりなんだが様子がおかしい?)


 何でだろう、と首を傾げながらも、私達は大勢の人々が集まっている劇場へと足を踏み入れたのだった。

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