21.
お待たせいたしました!
体調が戻りましたので、本日から再開いたします。
明日からはいつも通りの朝8時の投稿を予定しておりますので、最後までお読みいただけましたら幸いです♪
(ルーファス視点)
「推しと前世で好きだった物語の観劇デートに行くとか……、私得でしかない推し活だわ!」
「…………くぅーん?(…………は?)」
ディアナの口から飛び出た、どれも初耳な単語に首を傾げる。
(オシ? ゼンセ? ワタシトクにオシカツ??)
頭が疑問符で埋め尽くされる俺をよそにディアナはその後も言葉を続ける。
「しかも夜会ではエステル様とクライド様にお会い出来るのでしょう!?
はぁっ、ルーファス様だけでなく生ヒロインとヒーローを拝めるなんて……っ!」
(そ、そんなにエステル嬢とクライドに会いたいのか!?)
エステル嬢とは元侯爵令嬢にして現王太子妃、そしてクライドは俺の友人であり王太子……、“運命の相手に出逢えたら分かるよ”と言ったあいつだ。
二人とは3年に及ぶ学園生活で三年間ともに同じクラスであり、特に王太子とは幼馴染という間柄だ。
(まさか二人にそんなに会いたかったとは……)
ヒーローやヒロインと言っているということはつまり、ディアナは彼らに憧れでもしているのだろうか?
と疑問に思っていると、その答えはすぐに分かることに……いや、正確に言えば衝撃の発言なんだが、そんな言葉が飛び出した。
「前世の小説のキャラ達……ルーファス様やエステル様達に会えるなんて……、死んだ後にこの世界に転生した時はそれどころじゃなく悲しかったけど、悔やんでももう元の世界には戻れないんだもの、せっかく推しの側にいられているのだしこの生活を謳歌しないと!」
「わんっ!?(死んだ後!?)」
思わず叫んだ俺に、「どうしたの!?」とディアナが驚いたように言葉を発するが、俺はそれどころではなかった。
(死んだ後にこの世界にテンセイした? 小説とも言っていたな……)
もしかして彼女には、一度死んだ記憶があるというのか。
(いや、そんなまさか)
自分が生きているより前の記憶……、別の自分として生きた記憶がある人物など聞いたことがない。
いや、でもとグルグルと考え込む俺の顔を、不意にディアナが覗き込む。
「!?」
驚く俺に、ディアナは頭を撫でてから言った。
「ごめんね、長話してしまって。眠いよね、気が付かなくてごめんね。
私ももう寝るね。おやすみ、タロウ」
そう言うと、ディアナはふわっとあくびをしてベッドへと戻っていく。
その背中を見送ってから思う。
(確かに、ディアナに別の人生を歩んだ記憶があるのだとしたら……、ディアナが夜中に泣きながら両親に謝っていたことも頷ける)
ディアナが今日俺に話してくれた通り、契約結婚は彼女にとって幸せだと話していた。
今だって、一人はしゃぎながらも楽しそうにしていたし、特にバート侯爵夫妻に対して謝るような罪悪感を抱いているとは思えない。
(だとしたら……)
俺も彼女のことをもっと知りたい。
彼女の言っていることの大半が理解不能な言葉ばかりだったが、それらを理解出来るようになりたい。
なぜだかは分からないが、そう思った。
(ディアナ視点)
「わ〜……」
「ディアナ様、とっても素敵ですよ!」
「わんっ!」
鏡に映る自分の装いを見て感嘆の声を漏らしたのに対し、仕度を整えてくれたネルは手を叩き、タロウも賛同するように声を上げた。
確かに、自分で言うのもなんだけど。
(ディアナもルーファス様達と歳が近ければ小説に出てもおかしくないくらい、容姿が整っているのよね……)
自然と顔を綻ばせれば、ネルや他の侍女達も歓喜し、ネルが口にした。
「これは公爵様も惚れなお……、いや、惚れること間違いなしですね!!」
「!?」
そう、今日は待ちに待ったルーファス様との観劇デート。
特に今日は、緊張して夜も眠れなかった。
(タロウも心配してくれているのか私の話を聞いていたし……)
夜中まで起こしちゃって申し訳ないなと足元にいるタロウを見やると、嬉しそうに尻尾を振っている。
(あ、これ私とお出かけ出来ると思っているわね)
前世、私がお出かけをするために準備をしていると、自分も出かけられる(散歩に行ける)と思って尻尾をこれでもかと振っていた。
(特にヘアアイロンを持って髪をセットしていると、終わるまで待っていたなあ)
そんなタロウを見やってからネルに声をかける。
「タロウのこと、よろしくお願いね」
「はい、お任せください! ディアナ様のおかげでタロウのお世話が大分出来るようになりましたから!」
もちろんディアナ様には遠く及びませんが、と苦笑いするネルに向かって首を横に振ると、笑みを浮かべて言う。
「いえ、ネルによく懐いているから、タロウもネルのことがちゃんと好きよ。
タロウ、今日はネルの言うことをちゃんと聞いて待っていてね」
「くぅーん」
何となく状況を察してきて、悲しげに鳴くタロウに後ろ髪を引かれる思いでいつつも、ルーファス様との約束の時間に遅れてしまうと、玄関へ向かう。
そして。
「ルーファス様!」
「!」
先に待っていたルーファス様の姿に気付き駆け寄ると、ルーファス様と目が合い、そして……。
(っ、かっこいい〜!!!)
いつもとは違う装い……シンプルなダークスーツなのに輝いて見えるルーファス様素敵! なんて内心大興奮しているけれど、それを何とか堪え微笑みで隠す。
(今すぐルーファス様に感想を述べたいけれど、この国のマナーは男性から女性を褒めるのが先なのよね。だからしっかり待たないと)
そう思い待っているけれど、ルーファス様は私を見つめたまま固まってしまっている。
(ん? どうしたんだろう)
首を傾げた私にようやくルーファス様は我に返ったらしく、コホンと一つ咳払いしてからやがて言葉を述べた。
「普段の君は可愛らしいが、今日の可愛らしさはまるで妖精のようだ。思わず触れるのを躊躇われるくらいに」
「?????」
(い、いくら何でもそれは褒めすぎでは??)
お飾りの妻にそこまで言わなくてもよろしいんですよ!?
とお世辞だと分かっていつつも、こちらから目を離さないルーファス様の視線を受け、居た堪れなくなりながらも何とか口を開く。
「ありがとうございます。そう仰って下さるルーファス様も、その……とても格好良い、です」
(ま、まずい、後光が差す推しを目の前にしたヲタクの語彙力が乏しい……っ)
月並みな言葉しか言えない自分に、そして、ルーファス様の視線を感じて恥ずかしさから俯くと、ルーファス様が呟く。
「……とても」
「?」
何と言ったか聞き取れず顔を上げた私に、ルーファス様は口元に手を当て言う。
「ありがとう」
「……っ」
(な、何これ!?)
不意に私達の間に訪れた空気感にどこか落ち着かない気持ちでいると。
「わんっ!」
「わ!」
タロウがいつの間にか私が着ているドレスの周りをウロウロとしていた。
そんなタロウを見て思い出し抱き上げると、ルーファス様に向かって言う。
「ルーファス様、タロウに声をかけてあげていただけますか?」
「え?」
「行ってきますとか、待っててねとか!
そうすると、タロウはちゃんと待っていてくれるんです」
これも前世からの日課。
犬にお留守番をしてもらう時、声をかけない方が良いと本当は言うのだけど、タロウの場合は声をかけないで行くと家の中にあるものに八つ当たりをするという傾向にある。
(それこそ、ティッシュを箱から出してビリビリにしてみたり、箱をかじってみたり……、家に帰ってきた後残っている痕跡が悲惨なのよね)
小さい紙片だと食べてしまってタロウにとっても良くないから、と無視するよりも声をかけて行った方が拗ねないため、出かける際は声をかけるようにしているのだ。
そう思い、ルーファス様に向かってタロウを掲げると。
タロウと目を合わせたルーファス様が、ふわりと柔らかく微笑む。
「!」
そして、そのままタロウの頭を撫でて言った。
「行ってきます」
そう薄い唇から紡がれたシンプルな言葉は、とんでもないイケボに加えて優しい顔で。
(こっ、これは心臓に悪いわ……!)
タロウ越しの流れ弾の破壊力に、前世ヲタクはすっかり当てられてしまったのだった。