20.
(ルーファス視点)
「え、ディアナ様と観劇に!?」
ロイの驚いたというような声に、目の前の仕事から顔を上げずに答える。
「あぁ。五日後に行われるという公演のチケットを二人分、クラム嬢からもらったらしい」
「さすがルーファス様のご学友でいらっしゃいますね。
きっとルーファス様がディアナ様と恋愛をしないで結婚したとお気付きなのでしょう」
「……やはりそう思うか?」
「はい。まあ、学園時代からその目立つ容姿を持っていながら、女性との噂が皆無だったお方ですから無理もないでしょう」
「…………」
否定出来ない自分が少し情けない。
(それでもやはり、愛や恋など俺には分からない)
俺の周りは、皆揃いも揃って恋をしていた。
入学当初は俺と同じく恋をしないと言い張っていた者達まで、卒業間近の頃には婚約者と人目も憚らず(と言っても節度はあるが)、仲睦まじくしていた。
(どうしてそこまで盲目になれる?)
疑問に思った俺がそう尋ねると、俺の友人である王太子は言った。
『ルーファスも運命の相手に出逢えたら分かるよ』
運命の相手? 出会い?
(そんなことを言われても分からない)
昔から表情や感情の機微に乏しいと言われた。
そんな俺に男女の、ましてや互いに心を通わせる恋愛など到底無理だと思った。
それよりも、煩わしく鬱陶しいものとさえ思っている。
俺に告白し、断りを入れると涙を流す女性の姿を見て、最初こそ戸惑ったが、段々と面倒だと思うようになっていった。
(俺の何を知っていて好きになる?)
母親以外の女性と生まれた時から関わってこなかった身だ、社交辞令以外の会話を女性としたことがないのに、どこに俺を好きになる判断材料があるというのだ。
(やはり容姿なのか?)
容姿だけは、いつも褒められる。
容姿だけ、と強調される意味は、俺を揶揄してのことだとも十分理解していた。
だからこそ、駄目元で送った婚姻の申込み、それも契約結婚をまさかディアナのような天真爛漫で、それこそ俺でも初めて可愛いと思った、結婚相手なんて引く手も数多そうな女性がOKしてくれるなんて。
(まあ、何度も言うようだが、彼女の行動の大半はタロウのためだがな)
そんなことを思わず考え、クスッと笑ってしまう俺を見たロイが何を勘違いしたのか、ニヤッと笑みを浮かべて言った。
「ではその観劇が、記念すべき初デートとなるのですね!」
「はっ……!?」
思いがけない爆弾発言に、一瞬思考回路が停止する。
そんな俺に、ロイはキョトンとしたような顔をして言った。
「え? だってそうですよね? ディアナ様の方から『互いのことをよく知り合いましょう!』と仰っていただけたのでしょう?」
確かにディアナはそう言っていたが。
「だがディアナは、“せっかくいただいたチケットが勿体無いから”と言っていたし、それに、“夜会に必要な俺の知識を入れたい”と言っていたから、やはり彼女の口からはデートなんて文字は一言も」
「そんなの建前に決まっているじゃないですか!」
ロイはそういうと、俺が黙っていることを良いことに言葉を続けた。
「ディアナ様の方から二人きりでお出かけをしようと誘ってくださったのですよ?
少なからず、ルーファス様に好感を抱いているはずです!」
「……そんな馬鹿な」
でも。
(この俺が、デート……)
一生俺とは縁遠いと思っていた女性と二人きりでの外出。
それがディアナとだと思うと、不思議なことに不安よりも期待の方が大きくて。
そんな自分の感情に、戸惑いを隠せないでいたのだった。
そして。
(っ、やはりこうなるのか……っ!)
昨日に引き続き、見覚えのある景色……もといディアナの部屋に頭を抱える。(※タロウの姿では抱えられないが)
幸い、今日はタロウがソファで寝てくれていたため、目覚めた瞬間の心の安寧は少しだけ保たれた。
(目が覚めたら彼女の顔の近く、なんて笑えない……)
しかも昨夜は無防備な彼女の姿や悲痛な表情を見てしまい、罪悪感を感じていた俺は、結局彼女にタロウ化現象のことを伝えられなかったのだが。
(昨日だけでなく、今日も眠りについてからこうなるということは、やはりこれから先、俺は眠るとタロウになってしまうというのか……!)
ああああああ、と頭を抱えるしかない状況に身悶えていると。
「タロウも眠れないの?」
「っ……!?」
その声にハッと顔を上げれば、ディアナが俺の元まで歩み寄ってきていた。そして。
(……よ、夜着……っ)
昨夜とは違いはだけていないと安堵したのも束の間、薄手の生地で作られた男性とは違う女性の身体の線が出る夜着姿を目にした途端、俺はまたもや罪悪感に駆られた。
(あぁっ、より一層彼女にタロウ化現象なんて言い出せなくなってしまった……っ)
そんな俺とは裏腹に、ディアナは俺が寝ているソファの前にしゃがむ。
(!? ち、近……!)
そうして俺の頭を撫で、ふふと柔らかく微笑む彼女は、とても幸せそうで。
顔の近さも相俟って思わず息を呑んでしまう俺に、ディアナは語りかける。
「それにしても、今日は色々あったな……。
お兄様の来訪もそうだけど、まさかお義姉様にバレてしまうなんて思わなかった……。
ルーファス様にも申し訳なくて言えなかったわ……」
(やはりか……)
ロイの言った通り、コーデリア嬢にはバレていたのか。
というかディアナが謝る必要はない。
契約結婚のどこをとっても俺のせいなのだから。
そう思ってもこの状況において何も言うことが出来ない俺に対し、彼女は言葉を続ける。
「それに、コーデリアお義姉様からよければって観劇のチケットをいただいたから、折角だと思ってルーファス様をお誘いしてみたらまさかのOKで。
嬉しい!って素直に思ったけど、ネルからデートだって指摘されてしまったし……!
わーん、今から緊張して眠れないよう!」
「わんっ!?(えっ!?)」
そう言うや否や、彼女がガバッと目の前にいた俺を抱きしめる。
鼻先にある髪からふわりと香る石鹸の香りに、一瞬意識が遠のいた俺をよそに彼女は言葉を続ける。
「で、でも、デートっていうのは、好意を寄せ合っている人同士で出かけることを言うんだよね?
え、普通に男女でお出かけすること自体もうデートって言うのかな!?
わーん、タロウどうしよう! 明日からルーファス様にどんな顔をして会えば良いんだろう!?」
「わふっ……(今目の前にいるが……)」
思わず突っ込んでしまう俺だが、彼女は別の意味と捉えたらしい。
じっと俺の瞳を見つめて言った。
「そうだよね、お互いに契約結婚だもの、こちらが変に意識してしまったら楽しめないわよね!
劇も私の大好きなシェイクスピアのロミオとジュリエットだし!」
そう言ってから、彼女はその後の発言から全くもって理解不能な単語を並べ始める。
「推しと前世で好きだった物語の観劇デートに行くとか……、私得でしかない推し活だわ!」
「…………くぅーん?(…………は?)」
作者よりお知らせです。
現在体調不良のため、しばらくのお休みをいただきたく存じます。
応援や楽しみにお読みくださっている皆様、大変申し訳ございません。
絶対に完結はいたしますので、お待ちいただけたら幸いです。
どうぞよろしくお願いいたします。