18.
「でも今日ここへ来て分かったことがあるわ。
……ディアナとウィンター公爵様、あなた方はやはり恋愛結婚ではないわね?」
そう指摘され、息を呑んでしまったけれど、慌てて言葉を返す。
「い、いえ、そんなことは」
「大丈夫よ。たとえそうであったとしても反対したりしないし、誰かに言ったりなんてしないわ。
おかしいとは思っていたのよ、ウィンター様は女性にも結婚にも全く興味がないと、学園内で噂だったのだから」
「が、学園内で噂?」
「えぇ。どうしたってあの容姿は人目を惹いてしまうもの、ウィンター様をお慕いする女性は多くいらっしゃったわ」
「そうですか……」
(そっか、やっぱりルーファス様は人気者だったんだな)
そんなことを考えていると、お義姉様は「でも」とクスッと笑って言った。
「今日お会いして思ったの。ウィンター様とディアナは、お似合いだなって」
「……へっ?」
「だってウィンター様、今までで一度も見たことのない柔らかなお顔をされていらしたもの。
その笑顔は、間違いなく貴女にしか引き出せないと思ったわ。
確かに、ウィンター様が貴女を選んだ気持ちも何となく分かるし、私としても、ディアナを選んだウィンター様は見る目があるなと思うもの」
「っ、そ、そんな、私の方こそ、ルーファス様に相応しいと思っていただけるようになるのに必死で」
「ふふ、その心配は無用かと思うけど……、まあ、これ以上言うのは無粋ね」
ふふ、と意味ありげに笑うお義姉様の姿に首を傾げると、お義姉様は口にする。
「それに私も、ディアナの言っていた意味がよく分かる気がするわ。
何をもって結婚、夫婦というのかは人それぞれで良いと思うの。
結婚式を行うも行わないも、その式の形だって二人で決めれば良いと思う。
それなのにジムったら、勝手に一人で決めてしまうんだから」
お義姉様の言葉に、お義姉様方も結婚式のことで揉めているんだろうなと察し、思わず苦笑いしながら口にする。
「確かに、お兄様の意見に大人なお義姉様が賛同してくださっていることの方が多いですからね……。本当、兄がいつもごめんなさい」
「貴女が謝ることじゃないわ。……それに、ジムは猪突猛進型なだけで私の意見を聞いてくれないわけではない。
彼には彼の信念があって、騎士道らしくそれを曲げることは彼の理に反するけれど、私が嫌だということは絶対にしないし、いつだって私の為を思ってくれている。
……まあ、私がそれを望んでいるかどうかは別だけれど」
「あ、あはは……」
「とにかく、私は貴女方のことを応援しているわ。
今の時点で、互いに信頼し合っているのが伝わってきたもの、夫婦として十分にやっていけると思うわ」
お義姉様の言葉に、少しだけ自信が湧いたを感じ、笑みを浮かべて礼を述べる。
「ありがとうございます」
お義姉様はその言葉に首を横に振ると、今度は少し声を落として言った。
「それから、これはアドバイスなのだけど……、きっとウィンター様と一緒にいることで見えてくるものがあって、気付きがあって、新たな発見があって。時間が経てば経つほど変化していくこともあると思うの」
「え……?」
お義姉様が何を言っているのか分からず首を傾げれば、お義姉様はクスクスと笑って言った。
「今は分からなくても、きっといつか分かる日が来るわ。
その時は、その変化を恐れないで、自分の気持ちを素直に認めてあげて。
そうしたら自ずと、道は見えてくるはずだから」
ちなみに、これはウィンター様にも言えることね、なんて笑っていうお義姉様の言っていることは、やはり私には分からないけれど、全てを見透かされているような気がして。
「ありがとうございます。胸に刻みます」
そう言って笑い合うと、今度はお義姉様が落ち着かないという風にそわそわと何かを気にし出した。
「お義姉様? どうなさいました?」
「あの……、先程から気になっていたのだけど」
そう言って指を差した先の扉から、何やら体当たりをしたり引っ掻いていたりするような音が聞こえてくる。
「あっ、タロウのことですね?」
「タロウ?」
「はい、私達の大切な家族です!」
そう言って扉を開けると、案の定タロウが嬉しそうに尻尾を振っていて。
そんなタロウを抱え、お義姉様の元へ歩み寄る。
「この子が“タロウ”です!」
「わぁ〜、小さい……」
そう呟いたお義姉様がタロウに向ける視線に違和感を覚え、もしかしてと尋ねる。
「お義姉様、もしかして犬が苦手ですか?」
「……えぇ、実はそうなの。昔幼い頃に自分よりも大きい猟犬に吠えられたことがあって」
「そ、それは怖いですね……」
「今思えば、多分私がお人形を持っていたからそのお人形を見て遊びたかったのかな、と思うのだけど。それ以来少し怖くなってしまって……、でも、この子は小さいからあまり怖くないなと思って」
そう言ったお義姉様の言葉に、笑みを浮かべて頷く。
「はい、タロウは大丈夫ですよ。温厚な子なので、噛んだりしません。
私には遊ぼうという意味で、たまに甘噛みをしたりはしますけど」
「そうなのね……」
「……触ってみますか?」
私の提案に、お義姉様は目を見開く。
「触っても大丈夫なの?」
「はい、もちろんです! あ、まずは手の甲を出していただけますか?」
「……こうかしら?」
座っているお義姉様の手の甲に、そっとタロウを近付けると、くんくんと匂いを嗅ぎ始める。そして、暫く嗅いでからタロウはそんなお義姉様の手に擦り寄った。
「えっ、か、可愛い……」
お義姉様が感極まったようにこちらを見るのがお義姉様の姿も可愛くて。
「ね? 大丈夫でしょう?」
「えぇ……、こんなに温かくて小さいのね」
そう言って笑うお義姉様の姿に、私は笑みを溢す。
「あ、丁度今日タロウのおもちゃも届いたんですよ! 一緒に遊んでみませんか?」
「え、そういうものまであるの?」
「はい、タロウもおもちゃで遊ぶのが凄く好きなんですよ」
私の言葉はお義姉様にとって魅力的だったらしい。
お義姉様は頷くと、嬉しそうに椅子から立ち上がったのだった。
「それで私達がタロウと遊んでいる間、私の兄のせいでルーファス様はボロボロになってしまわれたのですね……」
私の言葉に、椅子に座っているルーファス様は首を横に振る。
「決してジムさんのせいなどではないから責めないであげてほしい」
「こんなにボロボロになっているというのに、まだお義兄さんと呼ばせてはもらえないのですね? 全く、お義姉様とは大違いだわ」
そう、あの後帰ってきたお兄様と、白いシャツがボロボロになってしまったルーファス様のお姿を見て、思わず悲鳴を上げてしまったのだ。
「お兄様もお兄様です! お兄様は現役の騎士ですよ!? それなのに、公爵であるルーファス様に向かって剣を振るうなんて!
これのどこが手加減していると!?」
腕の処置をし終え、次は背中! とシャツを引っ張った私に、ルーファス様はギョッとしたように後ろを振り向く。
「い、いや、背中は他の者に頼むから」
「ダメです! 兄がしでかしたことなのですから、私がきちんと手当てしないと。
それに、これでも応急処置は私の得意分野なんですよ。よく騎士団の訓練の際は、私も勉強と称して実地で手当ての仕方を散々叩き込まれましたから」
「……騎士団で?」
「はい。私も侯爵家の者ですから」
「……そうか」
そう相槌を返すや否や、ルーファス様はバサッとシャツを脱いだ。
「っ!」
自分で言ったこととはいえ、急に勢いよくシャツを脱がれ、その上想像していたより筋肉がついている推しに男らしさを感じてしまって、一瞬ドキッとしてしまったけれど……。
「……ってやっぱり! 怪我をしているじゃないですか!」
「…………」
ルーファス様が目を逸らす。
私は半べそをかきながら口を開いた。
「どうしてこんなになるまで……、痛かったでしょう? もう、兄とは絶交します!」
「違うんだ、ディアナ。これは俺が頼んだことだから」
「……え?」
思いがけない言葉に目を瞬かせた私に、ルーファス様は逡巡した……と思うと、こちらを見上げて言った。
「ジムさんに、ディアナと俺の結婚を認めて欲しかったから」