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17.

「お兄様だとは知らず、申し訳ございませんでした」


 部屋に移動し、着席をした直後そう言って頭を下げるルーファス様の隣で、私は慌てて声を上げる。


「お、お顔をお上げください、ルーファス様! 

 元はと言えば何の前触れもなく突然押しかけた兄が全面的に悪いですし、あまりにも私と似ていないと昔からよく言われますし、その上夜会より剣を振るっている方が好きだと言って社交の場に出ない兄がやはり悪いのですから」

「ディア、それでは僕の悪口だからね!?」


 そうツッコミを入れるお兄様に向かって大きく息を吐くと、冷たい目を向けて言い放つ。


「そうですよ、悪口以外の何物でもないです」

「開き直ったね!?」

「だってそれは怒るでしょう! たとえ結婚式をせずともこうして既に結婚しているのですから帰りたくなんてありません!」

「っ!?」


 そう言って隣にいるルーファス様の腕をギュッと掴む。

 チラリと顔を上げたルーファス様のお顔が少しだけ赤いような気がして、私は内心謝る。


(ごめんなさい、ルーファス様! でも私にはタロウとルーファス様と過ごすという生活がかかっているので、少しだけ我慢してください……!)


 お飾りの妻ですが責務は全うします!

 と心の中で意気込み、キッとお兄様を見据えていると。


「……私も」

「え……、!?」


 不意に肩に手が乗り、そのままルーファス様の方に引き寄せられる。

 そして。


「彼女と共に生きたいです」


 共に生きたい。その言葉に、不可抗力にも顔に熱が集中するのが分かって。


(だ、ダメダメ! 勘違いしては!

 ルーファス様にとって私は契約のお飾り妻で私もタロウのお世話係として一時的にここにいるわけで……っ)


 そう言い聞かせている間にも肩に置かれた手に力が籠る。そうして、触れられた部分が熱い。

 動揺する私をよそにルーファス様は言葉を付け足した。


「式は時期を見計らって万全の準備を整えてから行う予定です。それまで」

「お、お待ちくださいルーファス様!」

「!」


 格好良い推しに惚けている場合ではないと、腕を掴み見上げれば、ルーファス様のご尊顔と間近で目が合って。


(はわわわわわわ)


 あまりの近さに距離を取ろうとしたけれど、目の前にいる二人に変に思われてはいけないと、何とか耐えて意を決して口を開く。 


「お話ししたではないですか。結婚式は無理をしなくて良いと」

「しかし」

「私は、結婚は必ずしも結婚式ありきのものだとは思いません」

「!」


 私の言葉にルーファス様が驚いたように目を見開く。

 代わりに反論したのはお兄様だった。


「それはお前の自論であって世間一般では結婚式を行うのが当たり前で」

「その“当たり前”とは誰が決めたことですか?」

「っ」


 お兄様が息を呑む。

 私はゆっくりと言葉を続けた。


「確かに、この国で夫婦として認められるためには、婚姻届を提出しなければなりません。

 ですが、結婚式は絶対にやるべきものとは義務付けられておりません。

 そして、私自身も結婚式は無理をして執り行うべきことではないと思います」


 特に、この国では面倒なことに結婚式は親族のみで行わず、大々的に執り行うのが慣例。

 他貴族に認めてもらうために、結婚式やら披露宴という名のパーティーやらを盛大に開かなければならないのだ。


(愛の女神の前で誓い合う云々よりも、他貴族に気を遣う上認められるまでが大変)


 だから。


「ルーファス様はまだ公爵位を継いだばかりですし、お忙しいルーファス様の負担になるようならば、無理をして結婚式を行わずとも、私達が夫婦として認めていただける手段は他にもあると思うのです」


 要は、結婚は人それぞれ色々な形があっても良いでしょう!

 ということを力説すると。


「……ふふっ、その考えも貴女らしくて良いと思うわ」


 そう笑みを浮かべたのは、お兄様の婚約者であるコーデリアお義姉様で。

 そしてコーデリアお義姉様は、今度は私の隣にいるルーファス様に声をかけた。


「お久しぶりです、ウィンター公爵様」

「こちらこそ、クラム嬢」


 お姉様の名前はコーデリア・クラム。つまり。


「えっ!? お義姉様とルーファス様はお知り合いなのですか!?」

「初耳だぞ!?」


 私とお兄様の言葉に、お義姉様は小さく笑う。


「クラスが同じ学友でしたの。殆ど会話はしたことがありませんけれど」

「私も、今日初めてクラム嬢の婚約者様がお義兄様だったことを知って驚きました」


(そうか、お義姉様とルーファス様は同じ歳だったわ)


 そんなお義姉様とルーファス様のやりとりに、お兄様は肩を震わせたかと思うと。


「……気安く兄と呼ぶな」


 そう言うや否や、急に立ち上がりルーファス様の腕を掴んだ。


「な、何をなさるのですか!?」


 慌ててルーファス様の反対の手を私が掴むと、お兄様が言った。


「先程お前は、“夫婦であると認めていただける手段は他にもある”と言ったな?」

「……まさか!」

「そのまさかだ! さあ、我が妹を妻として欲しければ、俺と戦うが良い!」

「何でそうなるんですか!!」


(というかお兄様とルーファス様が決闘!?

 小説の設定では、ルーファス様は知的な分運動はあまり得意ではなかったわよね!?

 それなのに、力しか取り柄がない私の兄と戦うなんて!)


「ル、ルーファス様、絶対ダメです! そんなのやる必要がありません!」


 全力で止めないと! とルーファス様の腕を掴む手に力を込めると。


「ディアナ」

「!」


 不意にルーファス様が掴んでいた私の手を握る。

 そして、柔らかな笑みを浮かべて言った。


「大丈夫。俺を信じて待っていてくれ」

「……っ」


 そんな、優しい声でそれはずるい……。

 力が抜けた私の手をそっと離すと、ルーファス様はお兄様に向かって凛とした声で口を開いた。


「宜しくお願い致します」

「その意気だ。手加減はしないぞ!」


 そう言ってお兄様はルーファス様を連れて行ってしまう。

 パタンと閉じられた部屋で取り残された私が途方に暮れていると、同じく残っていたお義姉様が口を開いた。


「大丈夫よ。心配しなくても、ジムはきちんと手加減をするはずだわ。

 ……ジムはただ、貴女のことが心配だったのよ。だから居ても立っても居られずここへ来てしまった。分かってあげて」

「……はい」


 席を移動し、お義姉様の隣に座る。

 するとお義姉様は、声を顰めて言った。


「でも今日ここへ来て分かったことがあるわ。

 ……ディアナとウィンター公爵様、あなた方はやはり恋愛結婚ではないわね?」

「……!!」


 お義姉様の口から飛び出た思いがけない指摘に、息を呑んでしまうのだった。


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