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16.

「さあ、タロウ! 今日はお待ちかねのタロウの大好きなおもちゃが届いたよ〜!」

「わんわんっ!」


 早速そのおもちゃ達を取り出し、タロウに見せると、タロウは両手を伸ばしお尻を上げて尻尾を振る。

 その動作は、遊ぶ気満々のポーズで。


「ふふっ、準備は万端だね。さあ、取っておいで!」

「わんっ!」


 まずは丸いボール型の鈴入りのおもちゃを放り投げる。

 タロウの場合、あまり遠く投げすぎると取ってきてくれない……なんてこともあるから、外ではなく室内でも十分に遊べる。

 よく前世でもお家の中で遊ばせていた。


「タロウが一番好きだったのは、音が鳴るボールなのよね。鈴も好きだったけど、噛むと音が鳴るおもちゃ……はこの世界にはないようだから、鈴を入れてもらったんだけど……」


 チラ、とタロウを見やれば、私が投げたボールをこちらに持ってくることなく、口で咥えてぶんぶんと横に振り回している。


(ふふ、良かった。気に入ったみたい)


 カラカラカラカラと音を鳴らすタロウの側に寄ると、手を出して笑う。


「タロウ、それちょうだい」


 そう言うと、タロウは唸りながらもポトッとボールを離す。

 それをしっかり褒めてあげてから、今度は持っていたロープを出して床の上で動かすと、タロウはロープの端を口に咥えて引っ張った。

 こうした犬用のロープの引っ張り合いは、タロウが前世から好きだったこと。


(ポイントは、タロウは小さいから一緒に遊ぶ際は力加減に注意してあげなければならないことね)


 これらを用意して下さったルーファス様にも遊び方を教えてあげよう。

 そうしたらまた、タロウに癒されて嬉しそうに顔を綻ばせるんだろうなあ。

 そんなルーファス様の表情を想像してふふっと自然と笑みを溢しながら、ふと思い出す。


(そういえば、そのルーファス様が朝食の席でなんだか様子がおかしかったような……?)


 挙動不審というか、目が合わないというか……。


「くぅーん?」


 気が付けば、タロウがこちらを見上げていて。

 私は、あぁ、ともう一度ロープを手に取り言った。


「ごめんね、まだ遊び足りないよね! はい、どうぞ」


 そういうと、タロウも嬉しそうに反対側から引っ張り、引っ張り合いっこが再開される。

 そんなタロウの必死な姿も可愛い、と笑いながら思う。


(まあ、ルーファス様が何でもないと言っていたんだし、大丈夫か)


 そうしてタロウと時間を忘れて遊んでいると。


「ディアナ様」


 つい先ほど、紅茶を淹れてきてくれると言っていたネルに声をかけられた。


「どうしたの?」

「ディアナ様のご家族様がお見えです」

「私の家族……」


 突然の来訪。嫌な予感しかしないと思わず遠い目になるけれど、行かざるを得ない。


「ちなみに、ルーファス様はお戻りになられていないのよね?」

「はい。もうじきお帰りになられるはずですが……」


(ルーファス様は今日は用事があると出掛けて行かれた。そしてよりにもよって不在の時に突然の来訪……)


「……分かったわ。行きましょう」

「はい」


 ネルと共に向かった玄関の先には、やはり想像していた人物の姿があって。

 そして、その人物には敢えて声をかけず、代わりに隣にいた別の存在に気付いて声を上げた。


「お、お義姉様!?」


 そんな私の声に顔を上げたのは、お兄様とその婚約者であるコーデリアお義姉様の姿で。

 お義姉様はにこりと今日も麗しいご尊顔で口を開いた。


「お久しぶりね、ディアナ。突然伺ってしまってごめんなさいね」

「い、いえ、むしろお義姉様は被害者とお見受けしますが……」


 その言葉にお義姉様が肩を竦めたのを見てやっぱり、とこめかみを押さえて今度こそお兄様に向かって口にする。


「お兄様、どうして何の一報もなく来られるのです!? 思いつきで行動するなとお母様からもあれほど言われているではありませんか!

 どうせお父様とお母様には今日こちらに来ることをお知らせしていらっしゃらないのでしょう?」


 その言葉に、今まで黙っていたお兄様が肩を震わせたかと思うと……。


「!?」


 突如ガシッと肩を掴まれ、お兄様は怖い顔をして言った。


「ディアナ、今すぐ家に帰って来なさい」

「……えっ」


 思いがけない言葉に驚く私に、お義姉様も止めようとして下さるけれど、何を考えているのかお兄様は言葉を続ける。


「ディアナが公爵に愛されているなんて嘘だ」

「「!?」」


(ま、まさか契約結婚のことがバレて!?)


 思わず息を呑む私に、お兄様はもう一度大きく肩を振るわせたかと思った次の瞬間。


「式を挙げない結婚など俺は認めんっ!!」

「……は?」


 何を言っているんだこの人はという目を向け、私はもう一度こめかみを押さえて言う。


「あのですね、お兄様。それはお伝えしました通り、準備やルーファス様の多忙さ等を鑑みて、結婚式はまた時期を改めるとお話ししたではありませんか」

「いいや、そんな言い訳が通用するわけがないだろう!

 結婚式を執り行わない結婚など、結婚したとは言わない!

 式が正式に執り行われるまでは、お前は家に戻りなさい!」

「婚姻届が受理されていますし、結婚式を挙げない夫婦も大勢いらっしゃいますが」

「それは平民の話だろう!? 貴族で式を挙げないなど聞いたことがない!」


 確かに、お兄様の言うことはこの国では一理ある。

 愛の女神を信仰しているこの国は、結婚する際に教会にある愛の女神象の前で一生を誓い合う風習がある。

 愛の女神の前で誓い合うということは、もしどちらかが約束を違えた場合、災いが振りかかると言われており、そんな迷信が信じられているからこそ、離婚したり不倫をしたりする者はこの国ではいない(と言われている)。


(ルーファス様も、もしかしたらその迷信を信じていらっしゃるのかも)


 だから、何とか言い訳をして式を先延ばしにしようとしているのだとしたら。

 そんなルーファス様のお考えに気付いた私に、お兄様は言葉を続ける。


「愛の女神の前で誓い合わないという時点で、何か後ろめたいことがあるに違いない。

 というわけでディアナ、今すぐ帰るぞ」

「い、今すぐ!?」


 お兄様は私の腕を引っ張る。

 そんなお兄様に隣にいたお義姉様は声をかけた。


「ジム、さすがにディアナが可哀想だわ。ディアナの意見も聞いてあげて」

「悪いが、いくらコーデリアの言葉でもこれだけは譲れん。俺の妹をこうも蔑ろにされているのだからな」

「な、蔑ろになんてされておりません!」


(っ、なんて馬鹿力……!)


 掴まれた腕は痛くはないけれど、決して離れないような強い力で。

 何でこんなことに、と思いながらも、どう頭に血が上っているお兄様を諌めようかと考えあぐねていると。


「俺の妻に何をしている!」

「「!?」」


 突如、鋭い声が飛んできた……と思ったら、バッと強い力で引き離される。

 そして、私の腕を掴み庇われた背中に、思わずその名を呼んだ。


「ルーファス様……」


 トクン、と胸が高鳴るが、ルーファス様の見たことのない怖いお顔に、これは盛大な勘違いをしていると悟った私は、慌ててルーファス様のお顔を覗き込むようにして言った。


「ル、ルーファス様! 一応誤解のないようお伝えしておきますが、この人は私の兄です!」


 その言葉に、ルーファス様は虚を突かれたように目を丸くする。

 そして。


「……兄?」


 そう呟いたルーファス様の顔色が、みるみるうちに真っ青になっていく(最近一緒にいるから私は気が付くようになったけれど、パッと見殆ど表情に変化はない)。

 そんなルーファス様に向かい、お兄様は尊大な態度で口を開いた。


「いかにも。僕がそこにいる可愛いディアナの正真正銘の兄だ」


 なぜかふんぞり返って得意げに胸を張って言うお兄様の姿に、幾度目か分からないこめかみを押さえるのだった。

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