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14.

今回と次回はルーファス視点でお送りいたします。

(ルーファス視点)


 窓の外、庭から賑やかな声が聞こえる。


「ルーファス様、今日もディアナ様によるお散歩教室が始まっていますよ」


 窓辺からその光景を見ているロイの言葉に、自然と口角が上がるのが分かって、慌てて口元を押さえて言葉を返す。


「あぁ、今日は天気が良いが気温はさほど高くないから、タロウにとって絶好の散歩日和だろう。

 それから、二日前に出来た“ハーネス”とやらを付けたらタロウが気に入ったようで、よく歩くようになったらしい」

「ただし、今のところディアナ様とだけしか歩かないらしいですけどね」


 だからこそのお散歩教室なんですけど、というロイの言葉に、今度こそ小さく笑う。


 ディアナが来てから早くも一週間が経つ。

 あれからすぐに仕立て屋を見つけ、彼女の頼みであったタロウの服を最優先で作らせたところ、なんとか服一着とハーネスが出来た。

 そしてその服を着せたら、タロウにピッタリと合っていて、しかも。


「すごく可愛かった……」

「え?」


 思わず溢れ出た言葉は、幸いロイの耳には届かなかったらしい。

 小さく咳払いし、「何でもない」と返す。

 ロイに聞かれていたらまた揶揄われるだけだ。

 ……それにしても。


(ディアナはタロウの好みやセンスもしっかり把握していたな)


 しかも、タロウに服を着させた時のディアナとタロウの喜びようときたら。

 確かに服を着た時のタロウは可愛かった。

 だが、ディアナの喜んでいる姿も。


(初めて女性を可愛らしいと思ったな)


 ディアナの方こそ、まるで小動物ではないかと思ってしまうほどに、彼女はとても喜び、礼を言わなければいけないのはこちらの方なのに、俺に礼を言ってくれて……。


「なぜニヤついていらっしゃるのです?」

「っ!?」


 いつの間にか俺の目の前まで来ていたロイに指摘され、咄嗟に口にする。


「……いや、ハーネスを付けた時のタロウが嬉しそうで可愛かったなと思い出していた。

 首輪では小さな犬には首に負担がかかってしまうらしい。指摘してくれたディアナに感謝だな」


 そう言って立ち上がった俺に、ロイが言葉を返す。


「とか言って、本当は可愛いと思っているのはタロウだけではないのでは?」


 ロイの方こそニヤニヤとした笑みで口にするものだから、俺は若干イラッとして歩き出す。


「妻を可愛いと思って何が悪いんだ」

「……は?」

「休憩してくる」


 そう言うと、部屋を後にする。


「……いやいやいやいや、貴方そういうキャラじゃありませんでしたよね!?」


 なんて叫ぶような声が聞こえたような気もしたが、聞かなかったことにする。

 というわけで、はっきり言って仕事に集中出来そうになかった俺の足は、気が付けば。


(き、来てしまった……!)


 庭……それも、ディアナ主催の“タロウのお散歩教室”の真っ最中のところに辿り着いてしまったのだ。


(邪魔にならないうちに引き返そう)


 そう思ったのも束の間、こちらを見たタロウと目が合い……。


「ワンワンワンワンッ!」

「あっ、タロウ!?」


 タロウと、そんなタロウを繋ぐリードを持っていたディアナが引っ張られるようにしてこちらに向かってくる。

 そして、ディアナもタロウの視線の先に俺がいたことに気が付き……。


「ルーファス様!!」

「!」


 俺と目が合った瞬間、パッと満面の笑みを浮かべる彼女に、息を呑んでしまう。

 そうしている間に、ディアナとタロウはあっという間に走り寄ってくると、ディアナが口を開いた。


「ルーファス様、どうしてこちらに? お仕事は?」

「あ、あぁ、丁度休みだったから、それで」


 何だかディアナを直視出来ないのを誤魔化すようにしてしゃがみ、嬉しそうに俺の膝に手をかけてくるタロウの頭を撫でる。

 そんな俺の目の前で同じようにしゃがんだディアナが、言葉を返した。


「今お散歩教室を開いていたところなんです!

 ルーファス様の人選のお陰で、タロウも少しずつですが、屋敷の人たちに心を開くようになってきました」

「そうか」


 ディアナの嬉しそうな笑みを見て自然と口角が上がるのが分かって。

 そんな自分がらしくないと感じてしまって、そっと口元を押さえると、ディアナが突然声を上げた。


「そうだ! もしよろしければ、ルーファス様も皆さんにお手本を見せてあげていただけませんか?」

「え?」


 その提案に驚き戸惑った俺を見て、彼女が慌てたように言う。


「あ、でもそれではお仕事の休憩どころではなく疲れてしまいますよね」

「い、いや、大丈夫だ!」


 彼女の声を制するように口にした俺の声が、自分でも驚くほど大きくなってしまって。


(いくらなんでも必死すぎるだろう、俺……!)


 内心焦る俺に、彼女は何を思ったかクスッと笑うと、俺にリードの持ち手を差し出して言った。


「では、よろしくお願いしますね」

「……ディアナ、なぜ笑っている」


 聞かずにはいられず尋ねたのに対し、彼女は笑ったまま答える。


「ふふっ、だってまさかそこまでお散歩されたかったとは思ってもみなくて! タロウ、やっぱり愛されていて良かったなぁと思ったんです!」

「は……」


 こちらこそまさかの誤解に呆気に取られている俺の前で彼女は立ち上がると、俺に笑みを浮かべて言った。


「では、皆のところへ参りましょう! タロウ、おいで!」

「わんっ!」

「っ!」


 そう声をかけたディアナに導かれるように、タロウが突然走り出す。

 リードを持っていた俺も慌てて立ち上がり、引きずられないように走り始める。

 ディアナはそんな俺とタロウの方を振り返り、俺と目を合わせると、後ろで光り輝く眩しいばかりの太陽に負けないくらいの笑みを湛えたのだった。






「久しぶりにタロウが歩いたな……」


 彼女の言う通り、服を着てハーネスを付けて歩くタロウは、見違えたように楽しそうに俺の隣を歩いていた。


(体重が軽い分、歩く時は無意識に身体が跳ねている上、それに合わせてパタパタと耳が動くのも全部可愛い……)


 思い出すだけで自然と頬が緩む。

 それにしても。


「やはりディアナに敵う気はしないが」


 ディアナと歩いている時のタロウが一番楽しそうに歩いている。

 その姿はまるで、“早く行こう”とディアナに言っているかのようで。


(そしてまたディアナもそれを分かっているから、タロウに声をかけながら歩いているのが何とも微笑ましい……)


 この一週間で分かったことは、彼女は本当に明るい性格で、特にタロウといる時は心から幸せだという顔をする。

 ……かと思えば、時々、ふっと悲しそうな顔をすることも。


(……やはり、泣いていたことに関係しているのか?)


 彼女の家を秘密裏に調べさせたところ、バート侯爵家の家族仲は良好すぎるほど良好、使用人からの評判も良く、特に騎士団で最恐と呼ばれる団長である彼女の兄は、彼女のことを溺愛している……ということが分かった。


(そんな家族に、なぜ彼女が夢の中で泣きながら謝る必要がある?)


「……って、俺に詮索されても彼女を困らせるだけだろ……」


 やめた、と目元を覆い、ベッドに仰向けに寝転がる。


(とにかく、彼女は今幸せそうなんだからそれで良いだろう。後はタロウが側で、彼女を癒してくれるんだから……)


 そう結論づけ、不意に訪れた睡魔に身を任せるように目を閉じた。






『……っ、……』


 まただ。誰かが、泣いている。


(間違いなく俺じゃない。では一体誰が?)


 そんな疑問を抱き、その正体を今度こそ知ろうと目を開け……。


(…………は?)


 俺の思考は一瞬で停止した。

 目を開けた先、そこにいたのは。


「……んん」


 長い睫毛を涙で濡らしている、ディアナの姿があったのだ……。

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