13.
「はい、タロウご飯だよ〜」
そう言って、借りてきた台の上にコトリとお皿を置く。
(タロウに丁度良い高さの台があって良かったわ。食器台があった方が身体に負担なく食べることが出来るものね)
そうして私が調理したご飯に顔を近付け……、そして、パクパクと食べ始めた。
(良かった! 食べてる……)
思わず笑みを溢してから、ついてきてくれていたノーマンに向かって声をかける。
「タロウのご飯は一日四回。タロウの場合は身体が小さいから量が少なすぎても多すぎても体調を崩してしまうから、私も監修させてもらうわ」
「はい、ありがとうございます」
(前世ではタロウのご飯は一日五回、三時間おきに出していた。本来は一日二回なのだけど、それだと量が多すぎて吐いてしまうから、その分小分けにしてあげていた)
けれど、この世界には残念ながら冷蔵庫がない。
つまり、物を腐らなせないためにも、タロウのご飯も最低一日二回くらいは料理をしなければならない。
それを考えると、この世界で犬が生きるにはやっぱり大変ねと思っていると。
「それにしても驚きました。公爵様からお聞きしておりましたが、ディアナ様は本当に犬のことをよくご存知なのですね。
タロウもディアナ様がいらっしゃってから嬉しそうです」
「……そうね」
私は秒速でご飯を食べ終えたタロウに「偉いね」と言葉をかけ、その頭を撫でながら口を開く。
「タロウ……犬のことは、勉強したから」
他の飼い主さんから情報を得たり、獣医さんにお話を聞いたり。
それでも飼った歴は一桁だし、全然まだまだ未熟だけど。
(私を追ってここまで来てくれたタロウのためにも、私が頑張らないと)
そう笑みを溢すと、ノーマンを振り返って言った。
「タロウのご飯のレシピの考案、よろしくね」
「わんっ!」
私の言葉に同調するように鳴いたタロウを見て、ノーマンは「かしこまりました」と笑顔で頷いてくれたのだった。
「……それで、タロウのためにと奔走してくれた結果、こんなに改善すべき点が見つかったと」
私が渡したメモの束を見て、ルーファス様が難しい顔をする。
私は頷いて言った。
「はい。一番驚いたのはタロウ用のお部屋があったことでしょうか。
当初は空き部屋だったところをお部屋にされたらしいですが、タロウは一匹でいることを嫌うので、特段必要ないかと」
「バッサリだな」
「そうですね……、むしろ、豪華なお部屋だったので、タロウに粗相される可能性や高級なカーテン等を破る可能性も大いにあり得ますので、やはり不要かと」
「そうか……」
ルーファス様が落ち込んでいるのを見て少し心が痛む。
(きっと良かれと思ってやってくれたことなのだろうけど……、とりあえずタロウの場合、手当たり次第ありとあらゆる物をおもちゃにする節があるというか……、クッションでも私のスカートでも戯れたりするくらいだもの、あんな高級そうな家具がもしも見るも無惨になったら、なんて考えると私の方が心臓に悪いわ)
……やっぱり、あの部屋は封印すべきね。
そう結論づけ、口を開く。
「それから、タロウが散歩の時に歩かない理由なのですが、もう一つ心当たりがありまして」
「心当たり?」
「はい。もしかしたら、お洋服を着ていないからかと」
「……服!?」
ルーファス様が素っ頓狂な声をあげる。
無理もない、犬にお洋服を着せるなんて考えもつかないのだろう。
(これも不思議なことに、犬によっては服を毛嫌いして着せてもすぐに脱いでしまう犬もいるらしいのだけど、タロウは逆に洋服を着ていないと落ち着かないらしくて。
以前、夏は暑いから着ない方が良いとアドバイスをもらって着ないで散歩に出かけたら、全く歩かなくなってしまって。家に帰って試しに洋服を持ったら、喜んで飛びついてきたのよね……)
それ以降、タロウの洋服事情は前世我が家の永遠の謎だった。
「もしかしたら、タロウは自分のことを人間だと思っているのか……、理由は分かりませんが、そういう犬もいると聞いているので、試しにお洋服を作っていただきたいのです。
その場合一から作ることになると思うので、引き受けていただける仕立て屋を探すなど、ルーファス様のお手も煩わせてしまうかと思いますが……」
「いや、むしろここまで考えてくれている君の言葉だ、探してみよう」
「ありがとうございます」
良かったね、とタロウの頭を撫でれば、タロウはわかっているようで短い尻尾をフリフリと振って喜んでいる。
ルーファス様はそれを見て、改まったように言った。
「君と出会ってから、タロウが生き生きとして見える」
「ふふっ、そうだと嬉しいです」
「だが、この二日間を振り返ると、君の口からタロウのためにという言葉しか聞いていない気がする。君にも何か要望はないのか?」
「要望?」
「タロウの洋服を仕立てるというのなら、君の服を仕立てるのも良い」
その言葉に、私は慌てて首を横に振る。
「えっ!? だ、大丈夫です!! 洋服は家から沢山持参しましたし、むしろこれ以上増えたら箪笥の肥やしになりますし、作って頂けるのならその分タロウのお洋服を作っていただきたいと良いますか……!」
うっかりつい本音を漏らした私に、ルーファス様は心底驚いたようにする。
「そんなにタロウの服が欲しいのか?」
「っ、欲しいです!」
前世、初任給でタロウのお洋服を買って以来、お給料が出てはタロウのお洋服を買っていた。
(タロウも一緒に買いに行くと喜んでくれていたから)
「この国は一年を通して冷涼なため、お洋服はタロウにとっても寒さ対策となるはずです。ですので、私ではなくタロウに! お洋服のご購入をよろしくお願いします!」
そう口にすると。
「「……っ」」
「?」
吹き出す声が聞こえて後ろを見ると、控えていたルーファス様の従者のロイとネルが笑っていて。
そして向かいに座っているルーファス様に声をかけられる。
「本当に、君はタロウのこととなると目がないな。
自分のことよりタロウを優先するその姿勢は、タロウにとって間違いなく良い飼い主だ」
「わんっ!」
ルーファス様に答えるように鳴いて見せるタロウに、私は慌てて首を横に振る。
「か、飼い主はタロウを見つけたルーファス様であって、私はただのお世話係で」
「くぅーん」
「タ、タロウ」
悲しそうな顔をするタロウ。
(だって、今世で最初にタロウを拾ってくれたルーファス様を差し置いてそんな)
慌てて首を横に振る私に、ルーファス様は言う。
「いや、君がいなかったら、俺達はタロウのことを分かってあげられなかったと思う。
君といいタロウといい、お互い会ったばかりとは思えない信頼感が伝わってくる」
その言葉に、タロウと顔を見合わせる。
そして、ルーファス様は小さく笑みを浮かべて言った。
「そうだな、君がタロウのことにしか目がいかず、自分のことには構わないというのなら、その分俺が君を甘やかそう」
「「「!?」」」
さらりと告げられた言葉に、この場にいた侍従達を含め私も驚きを隠せずにいるけど、ルーファス様は更に言葉を続ける。
「俺は君の契約結婚だとはいえ夫だ。
君を守るのも助けるのも尽くすのも、俺には権利がある。そう思っているのだが……、迷惑だろうか?」
「めっ、迷惑だなんて!」
一瞬何を言われているのか、いや今でも分からないのだけど、声がひっくり返りながらも何とか言葉を返した私に、ルーファス様は見たことのない綺麗な笑みを浮かべて言った。
「そうか、それは良かった」
「ひぇっ……」
推しからの突然の甘やかすぎる言葉と表情に、供給過多が凄い……!
と思わず顔を両手で覆いたくなる衝動に駆られながらも、どうにか平静を装うため、俯き加減でその場を乗り切ることにしたのだった。