11.
「まさか、タロウもルーファス様と同じ料理をもらっていたなんて……」
そう呟いて膝の上にいるタロウを見やれば、タロウは「クゥーン」と少し悲しそうな顔をする。
美味しい食事に舌鼓を打ち、侍女達の手を借りて寝る支度を整えた私は、自室でタロウと共に寛いでいた。
「ダメだよ、タロウ。前に机の上に置いてあった私達のご飯をつまみ食いして吐いちゃったことがあるでしょう?」
そう、タロウは前世でよく私達が食べている物を欲しがった。
特に鶏肉が大好きで。
「私が唐揚げとかサラダチキンとか、そういうのをタロウが寝ている隙にと思って食べていると、絶対匂いにつられて秒で起きてくるのよね……」
犬にもよるし飼い主さんにとってもそうだったけど、人の食事を食べられる犬と食べられない犬がいて、タロウは食べられない方だった。
「タロウは特に胃腸が弱いのよね。ここへ来てからも度々吐くことがあるってルーファス様も言ってたし」
私も飼い始めたばかりの頃、よく吐いてしまうタロウが心配で、動物病院通いをしていた。
でもタロウ自身は吐いたらケロッとした顔をして元気に走り回っていたし、まさに親の心犬知らずで。
「だからさっきは正直ちょっとびっくりした……。
確かに、この世界ではまだ犬に与えてはいけない食べ物とか、そういう知識はあまりないのかもしれないけど……、それを知らずにご飯をあげてくれていて今までタロウが生きているってことは、ギリギリセーフだったのかも」
タロウは胃腸が弱かったから、フード選びには凄く時間がかかった。
アレルギーはなかったけれど、フードによって食べる食べない、食いつきが悪いなど色々あって、見つからない間は手料理を作ってあげたりして。ようやくタロウにピッタリなフードが見つかった時は心底ホッとした。
「……とりあえず、タロウのご飯は厨房をお借りしてしばらくの間は私に作らせてもらおうかな。
その間に、食べられる物と食べられない物をリストアップしてノーマンさんに覚えてもらおう」
そう口にしながら時計を見ると、いつもならとっくに寝ている時間をとうに過ぎていて。
「……さっき寝ちゃったから目が冴えているなあ」
タロウはもう寝た方が良い時間だけど、この調子だとタロウのお世話係として環境整備に物凄く時間がかかりそうだから……とタロウに膝の上で伏せているタロウに声をかける。
「タロウ、眠かったらちゃんと寝て良いからね。
私はタロウの環境整備のために、ルーファス様からいただいた取説を読んで、改善点をまとめないと」
「わん」
既に眠いのか、声に覇気がない。
思わず笑みを溢して頭を撫でてから、机の上に置いてあった取説を開く。
「……ってこの量、ルーファス様の手作りなのよね」
さすがはルーファス様だわ。
小説内でも、学園生活時代に“文書として手元に残しておかないと落ち着かない”って、よくタイプライター片手に言っていたものね。
(ふふ、ありがたく読ませていただかないと)
これも立派な推し活だわ、と拝みながら、とりあえず目次に書かれていたタロウのページまで送る。
すると……。
「え"!?」
何気なく開いたページを見て、思わず驚き二度見した。
「待って、タロウ専用の部屋なんてあるの……?」
公爵邸恐るべし……。
「だからさっき、ルーファス様もネルも、タロウと一緒で良いのかってずっと聞いてくれていたんだわ……。
もしかしてタロウ、そのお部屋に一匹で取り残されちゃうから脱走してたんじゃ」
「わん……」
タロウの力ない返事に思わず苦笑いする。
「タロウは寂しがり屋だものね」
犬にとって、飼い主と離れるということは相当な負担となる。
一時預かりや一晩単位で預かってくれるペットホテルで亡くなってしまった……なんていうこともあるらしい。
だから、日頃からお留守番を慣らし、ちゃんと一匹でいられる訓練をしてあげないといけない。
タロウも本当に寂しがり屋だったから、誰かしら家に残る、あるいは、いつも決まったペットホテルに預かってもらうことはあった。
「特に私がいなくなると、ずっと扉を見つめている、なんてことはしょっちゅうだったらしいものね……」
だからなるべく一緒にいようと思ってしまうのも、本当は良くないらしく。
(でも今世では、ずっと一緒にいられるものね)
よしよし、と頭を撫でてから取説に再度目を通す。
「改善してほしい点。
一、散歩をしても歩かない。
二、食べない時がある。
三、一日あたりの食事量が分からない。
四、すぐに吠える。
……結構あるのね」
その文量を見て笑ってしまう。
「でも、これだけ上げてくれているということは、タロウのことを誰よりも見てくれている証拠」
本当に、ルーファス様に拾われて良かったなあ……。
「……改善してほしい点を見る限り、どれも心当たりがある。
前世で飼い始めたばかりで戸惑ったことと全く一緒だもの」
懐かしい、と思わず笑みを溢した刹那、ふわっとあくびが出る。
「そろそろ寝ようかな。タロウも、一緒にねんねしようか」
「わん……」
タロウの小さな身体をギュッと抱きしめる。
(私はこの世界で、タロウを守るんだ。私が、守ってあげないと……)
そうして持ち上げると、灯りを消し、ベッドまで連れて行く。
そして、先程のように腕を枕にして頭を撫でてから言った。
「タロウ、明日も沢山遊ぼうね。……おやすみ」
それは前世、いつも寝る前にかけていた言葉だ。
その言葉を前世ぶりにかけられることに幸せを感じながら、私は久しぶりに温かい心地で目を閉じた。
(ルーファス視点)
『……っ、……』
誰かが、泣いている。
(誰だ?)
その声は、どこかで聞いたことのある声で。
(……そういえば)
彼女……、ディアナも泣いていたな。
俺の前では元気で明るい彼女だが、寝ている時はあんなにあどけなく、まるで、何かに怯えているようだった。
(触れたら、壊れてしまいそうなほどに儚く見えて)
どうして、そんな悲しそうな顔をしているのか。
どうして、悲痛な声で両親に謝っているのか。
(その理由を、知りたいなんて思ってしまうのは)―――
「……」
ふと目が覚める。
何気なく視線を向けた先の窓はまだ暗い。
「……どうかしている……」
夢の中まで彼女のことを考えているなんて。
「らしくないだろ……」
人からは、“人の気持ちを考えられない”と良く言われる。
学園時代の友人にも、そう言われていた。
実際、そうなのだから否定はしない。
しかし。
「……契約結婚相手に、深入りしすぎだ」
彼女が助けを求めてきたら、その時に守ることか出来れば良い。
それなのに。
「どうして……」
そこまで考えてハッとした。
(まさか、彼女は家族に偽って契約結婚をしたことに罪悪感を持っているのか……!?)
だから、夢の中で両親に謝っているのだとしたら。
「俺は最低だ……」
そこまで考えてハッとする。
(いや、彼女は承諾してくれたんだ、それに、タロウといる時は幸せそうにしているし……)
って。
「駄目だ、疲れのせいで思考回路がおかしい……」
……とりあえず、もう少し様子を見るか。
それにしてもと、らしくない自分に戸惑いを隠せないまま、すっかり冷めてしまった眠気を呼び戻すために、もう一度固く目を瞑ったのだった。
いつもお読みいただき、また、ブクマ、評価、いいね等本当にありがとうございます…!
本日から毎朝8時の投稿を目指して頑張ります!
(余力がありましたら、夕方にも投稿するかもしれません)
引き続きお読みいただけたら嬉しいです。