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10.

「んん……」


 重い瞼を開け、ぼんやりとした視界に飛び込んできたのは。


「モフモフ……」


 タロウの頭だった。


(そうか、私、タロウともう一度暮らすためにルーファス様と契約結婚したんだ……)


 腕の中で眠っているタロウの頭を撫で、笑みを溢す。

 そして、自分の頬に手をやれば、濡れていることに気が付き苦笑いした。


「タロウと眠っていたから、前世の夢を見ていたのね……」


 記憶を取り戻してから、前世の夢をたまに見ることがある。

 いつも決まって、家族と食卓についている夢だ。

 それがふと、夢だと分かる瞬間があって。

 私は何度も家族に謝るのだ。


(だけど、お母さんとお父さんは、『何のこと?』って笑うのよね)


 だからその度、胸が苦しくなる。

 家族はあの日、帰ってくるのが当たり前だと思っていた私が事故に遭うなんて、誰も想像もしていなかったのだろうなと。


(当たり前だと思っていた)


 あの日々が、日常が、今では。


(こんなにも遠い……)


「くぅーん?」


 いつの間にか起きていたタロウに顔を寄せる。

 そして、顔を埋め、モフモフわしゃわしゃしてから気合いを入れた。


「私にはタロウがいるんだものね、前を向いて、ルーファス様のためにも頑張らないと!」


 ところで、今何時なのだろう?

 そう我に帰り、ベッドから出て柱時計を確認する。

 そして……。


「えっ!? もうこんな時間!?」


 夕食を食べるにはとっくに時間が過ぎていた。


「ば、晩餐なんて言っている時間じゃないよね!?

 ……もしかして、私起こしに来てくれたことに気が付かなかった!?」


 どうしよう、謝らないと!

 そう思い、足元に走り寄ってきたタロウと共に部屋を出ようとするより前に扉をノックされた。


「ディアナ様、お目覚めでしょうか?」

「お、起きているわ!」


 私はそう返しながら扉を開けると、ネルは少し驚いたように目を丸くした後、笑みを浮かべた。


「お疲れは取れましたでしょうか?」

「えぇ、それはもう! 本当にごめんなさい! 晩餐の時間まで眠ってしまって……」

「ぐっすりとお眠りになられ、お疲れのようでしたので、お声をかけるのを躊躇われたそうです」

「えっ、だ、誰が?」


 まるで他人事のように口にされ、嫌な予感と一応尋ねれば、ネルは笑みを浮かべたまま答える。


「公爵様が、です」

「ル、ルーファス様が!?」


 その言い方では寝顔を見られた挙句、私は気が付かないで爆睡していたってこと!?


(は、恥ずかしい……っ!)


 推しにめっちゃ間抜けな寝顔見られた!!

 と穴があったら入りたい衝動に駆られる私に、ネルは言葉を続ける。


「もしお腹が空いていらっしゃいましたら、今から召し上がられますか?」

「……お願いしても良いかしら?」

「もちろんでございます」

「それと……、ルーファス様に、謝りに行きたいのだけど、ルーファス様は今どちらに?」


 私の言葉に、ネルは少し考えてから言う。


「では、公爵様を晩餐室にお呼びいたします」

「……えっ!?」

「契約結婚といえど、仲が良いに越したことはないと思いますので、もしディアナ様さえよろしければ、公爵様とゆっくりお食事を摂りながらお話しされてはいかがでしょう?」

「も、もちろん、ルーファス様がお嫌でなければ……」


 おずおずと答えた言葉に、ネルは少し驚いたように目を丸くした後、やがてクスクスと笑って返した。


「……そのようなご心配は必要ないかと」

「え?」

「いえ、何でもございません。では、晩餐室までご案内いたします。

 ……あなたはルーファス様をお呼びしてきて」


 そうネルは他の侍女に向かって言うと、私を晩餐室まで連れて行ってくれた。





 そして。


(お、美味しそう……!)


 目の前の料理に目を輝かせた私に、向かいの席に座っているルーファス様が口を開いた。


「君のためにと料理長が張り切って作ったらしい。多かったら遠慮なく残してくれ」

「いいえ、そんな勿体無い! お気遣いいただきありがとうございます」

「タロウのお世話係を兼任して俺の妻となってくれたのだ、これくらいは当然だ」

「……!」


(お、俺の妻……)


 推しの口から飛び出た言葉に思わず驚いてしまう私に、公爵様は続けて言う。


「何か要望や心配事などあったら、遠慮なく言ってほしい。……俺ではあまり、相談相手にならないかもしれないが、君が快適に過ごせるよう尽力しよう」

「……っ、は、はい! ありがとうございます!」


 ルーファス様が頷く。そして、言葉を続けた。


「それから、先ほど君の部屋を訪れた時のことなんだが、君は」


 その言葉は不意に途切れる。

 それは、部屋の扉をノックする音が聞こえてきたからで。

 ルーファス様は「あぁ、時間だったか」と口にして中へ入ってくるよう指示を出す。

 そうして「失礼致します」と言って入ってきたのは、お父様世代の料理人のようで。

 その人を見て、ルーファス様が口を開いた。


「彼がここの料理長だ。長年屋敷に仕えてくれている」

「初めまして、ノーマンと申します。よろしくお願いいたします」

「ノーマンさん、こちらこそよろしくお願いします。料理も沢山私のために作っていただきありがとうございました」

「いえいえ、公爵様の奥様になってくださるお方のためにと、勝手に張り切って行ったことですので、お口に合えば幸いです。

 それから、敬語も控えていただいて構いません」

「では、お言葉に甘えて。ありがとう、ノーマン。美味しくいただくわ」


 その言葉に、ノーマンは頷く。

 そして、ノーマンは銀色の(クローシュというのだっけ)が乗ったお皿をルーファス様に手渡した。

 それが何か気になり、ルーファス様に尋ねる。


「ルーファス様、それは?」

「あぁ、これは、タロウのご飯だ」


 そう言って蓋を開け、中身を見た瞬間。


「ちょ、ちょっとお待ちくださいっ!!」


 お皿に載っていた料理……、美しく彩られた、どう見ても私と同じ人間が普段食べている料理を見て、思わず声を上げれば、ルーファス様とノーマンはキョトンした目を私に向けたのだった。

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