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01.

新作連載開始いたします!

モフモフほのぼのスローライフですので、楽しんでお読みいただけたら嬉しいです。

「お前に婚姻の申し入れがあった」


 唐突に告げられたお父様の言葉に、私は手に持っていたソーサーセットを危うく落としそうになるのを何とか堪え、声を上げた。


「こ、婚姻!?」

「そうだ」


 そんな、まさか。

 華々しい学園とは対照的に地味で目立たずひっそりと学園生活を送ってきたこの私に、卒業と同時にまさかの縁談話が持ち込まれるなんて、誰が予想しただろう。

 それは他でもない目の前にいる両親も同じようで、二人は顔を見合わせると困ったように尋ねた。


「ディアナ、お相手の公爵様はお前に一目惚れしたらしいのだ」

「こ、公爵様が私に一目惚れ!?」

「えぇ。縁談ではなく婚姻の申し入れだもの、何かしらの接点がなければ有り得ないはずよ?」


 その言葉に、私は大きく首を横に振った。


「だ、男性と、しかも公爵様と接点だなんて! 身に覚えが全くありません!

 そもそも、どなたなのです!? 私に一目惚れなどという奇特なご趣味をお持ちの殿方は!」

「お前はそういうことを言うから残念なだけであって、決して容姿に恵まれていないというわけではな」

「突っ込むところはそこではないでしょう? 

 ディアナ、そういうことを言ってしまえばお相手方に失礼にあたりますよ」

「ご、ごめんなさい……」


 確かにお母様の言う通りではある。

 一目惚れという点には全く説得力がなく、首を傾げてしまうけれど。

 そんな私に、お父様は一つ咳払いしてから口を開いた。


「それで、そのお相手だが……」


 そこで言葉を切ってから、お父様もまた戸惑ったように口を開いた。


「卒業と同時に公爵家を継がれた、ルーファス・ウィンター公爵だ」

「ルーファス・ウィンター……」


 どこかで聞いたことのある名前、とお父様の口から紡がれたその名を反芻したすぐ後、突如平衡感覚を失うほどの眩暈を起こす。

 そして、そのまま重力に抗えず倒れこむ私の名前を呼ぶお父様の声が遠くに聞こえているけれど、その声に言葉を返すことは出来なかった。

 だって、そんなことよりも。


(……ルーファス・ウィンター公爵って、『愛ある幸せ』の登場人物じゃない!?)


 そうして意識を失った私は、夢の中で“前世の記憶”となるものを思い出すことになった……―――





『愛ある幸せ』。

 それは、前世日本で流行っていた大人気の恋愛小説で、その名の通り主人公を取り巻く家族や友人、恋愛を描いた愛情をテーマにした物語である。


 舞台は歴史ある大国、ミッチェル王国。

 ミッチェル王国は、愛の女神の祝福を受けていると古来より信じられており、国民から篤く信仰されている。

 そのため、結婚は恋愛結婚が尊ばれ、反対に政略結婚は蔑視されてしまう、まさに愛に満ちた国が舞台の、設定が一風変わった恋愛小説だ。


 その小説の主人公であるヒロインは、人より少し不遇な環境で育ったことにより、まだ愛を知らない。

 そんなヒロインが、王立ミッチェル学園に入学し、ヒーローと出会って接していく内に、段々と愛を知る……という、ここは乙女ゲームなどには良くある流れだ。


 全七巻で完結された『愛ある幸せ』は、なかなかない国設定が乙女心を擽ると、発売当初から注目を浴び、最終巻が出た時にはロスという言葉がSNS上で飛び交うほどの人気を博した。

 というのも、この物語に出てくる登場人物はどのキャラクターも魅力的で、特にヒロインを取り巻く男性陣が個性溢れるイケメンだと持て囃されたお陰もあり、ヒーロー以外の男性キャラにも固定ファンが数多付いたのだ。


 そして、ロスの名の下にファンから大量の声が上がったため、『愛ある幸せ』は恋愛小説だけには止まらず、個々の男性キャラの攻略ルートに加え、後日談エピソードも収録した乙女ゲームとして発売されることとなった。

 そして私も、発売を楽しみに待っていた内の一人だった。

 しかし、私がその乙女ゲームをプレイすることはなかった。


 それは、私が発売日当日、仕事帰りに確かに『愛ある幸せ』のソフトを買い、楽しみに家路に着いたところで、命を落としてしまったからだ。




 それは、夏の暑さが和らいできた頃のこと。


「あ、お母さん? もうすぐ帰るよ!」


 20代でOL生活を送っていた私は、彼氏いない歴=年齢、恋愛は聞く専見る専という、ごく平凡で取り柄もないただのオタクだった。

 だから実家暮らしの私は、今日だけは少し寄り道をしてから帰路についたのだけど。


「え、帰りが遅い? 言ってあったじゃん、今日は好きな乙女ゲームがようやく発売された日だから買いに行くって! 

 閉店時間ギリギリで死ぬかと思ったぁ。

 ……太郎が待ってる? 分かった! すぐに帰るよ。太郎、良い子で待っててね〜!」


 そう言って通話を切り、もう一度ボタンを押せば、待ち受け画面に表示されるのは桜の花と一緒に撮った太郎の写真。

 太郎。それは、私が学生時代から飼っている大切な家族であり愛犬だ。

『太郎がいれば結婚しなくて良い』なんて口癖のように言っているほどに溺愛しており、特に大きな病気もなくいつも元気な子だ。


「……ふふっ」


 その可愛さに疲れもどこかに吹き飛んでしまうほど癒され、よし、と気合を入れる。


「少し走りますか」


 家までは後もう少し。

 太郎のためにも、早く帰らなきゃ。

 そう思い、信号が青に変わったことで、スタートダッシュを決めるために疲れている足に力を入れたその時。


 ―――……キキィッ


 そう大きなクラクションと共にブレーキ音がこだました……刹那、私の意識はその膨大な光と音に飲み込まれたのだった……―――




「まさか、16年も別の人生を歩んでいながら、キャラクターの名前を思い出すまで転生してしまったことに気が付かなかったなんて……」


 夢の中で全てを思い出した私は、ベッドから身体を起こし、フラフラとした足取りで鏡の前に立つ。

 そこに映ったのは、長い水色のさらさらな髪に、サファイアの瞳を持つ私……、“ディアナ・バート”の姿があった。


「ディアナ・バート。歳は16。バート侯爵家の長女で、二つ上の兄がいる侯爵令嬢。つい先日学園を卒業したばかり……って、ディアナ・バートなんて小説中では名前も出てこないモブですらないんだもの、思い出さなくて当然よね……」


 ディアナとして生きた自分の経歴を並べ、長く息を吐く。


(しかも、ヒロインやヒーローは学園で同じ時を過ごしていない)


 ということは、私が入学する前に既に卒業しているのだろう。

 でも、今は正直好きだった恋愛小説に転生したことよりも、日本で生きていた私が死んでしまったことの事実を知ったショックが重くのしかかる。


「……お母さん、お父さん、太郎」


 口にしながら、込み上げてきた涙が幾重にもなって頬を伝う。


「親不孝者でごめんなさい……っ」


 そして。


「太郎……」


 幼い頃から飼っていた太郎。

 太郎は私がいなくなってから、どうなってしまったのだろうか。


(犬は、飼い主がいなくなると寂しさで死んでしまうことがあるって聞いた)


「……せめて、太郎と最期まで一緒にいたかったなあ」


 今でも覚えている。

 名前を呼ぶと、嬉しそうに走り寄ってくる小さなフォルムも、喜怒哀楽などの感情によって変わる鳴き声も。

 一緒にいるのが当たり前だったから、今だってどこからかヒョコッと顔を出しそうなのに、広がっているのは見慣れているようで見慣れていない、前世とは造りもデザインも何もかもが違う部屋。

 どんなに探しても、この世に前世の家族はいない。


「……家族にお別れも、出来なかったのね……」


 そうして私は、前世の記憶を思い出したショックで高熱を出し、その後数日間ベッドに伏せってしまったのだった。



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