小学生に「アナグラム」を作らせたら想像以上に酷かった件
アナグラムという言葉を知っているだろうか。単語や文章を構成する文字の順番を入れ替えて、全く別の単語や文章を作る言葉遊びのことだ。
最近、6年生の国語の授業でアナグラムについて取り扱ったため、僕は先週の金曜日に『アナグラムを作る』という課題を児童たちに出した。
そして月曜日、いま目の前にある30枚ほどのプリントが、児童から提出されたアナグラムの課題である。
アナグラムの作成は語彙力が必要な難しい課題だと思う。果たしてちゃんと作れたのだろうか。児童には「使われている文字数が多ければ多いほど高得点」だと伝えているが、果たして。
「さてと......」
今はちょうど昼休みだ。仕事を出来るだけ片付けるため、昼休みが終わるまでに確認をしておこうか。僕は提出されたプリントの1枚目へと目を向けた。
【説明】
僕は野球をやっているのですが、休みが多いとどうなるかをあらわした回文を作りました。
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「へえー、面白いなぁ」
休んでばかりだとミスが多くなる、この子の実体験なのだろうか。ちゃんと出来ていて良い感じだ。
ちなみに、作ったアナグラムが意味不明な文章にならないよう、アナグラムの説明も書くように言ってある。
存在しない言葉を使ったり、適当な文章を作って提出することを防ぐためだ。
「さて、この調子で見ていくか」
僕はプリントに花丸を付け、次のプリントへと視線を移した。
【説明】
文章じゃなくて単語ですが、同じ文字で3つ単語を作れました。
「3つの単語?」
どういう内容なのだろう。僕は説明が書かれたその下、アナグラムの書かれた部分へと視線を移した。
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「おおー、これも良いね〜」
たしかに一つ一つの文字数は少ないが、こういう発見は評価したい。
僕はプリントに花丸をつけ、次のプリントへと視線を移した。
【説明】
米津玄師の学生時代を書きました。
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「へー」
なるほど、きちんとした文章にはなっている。米津玄師が寝ずに試験をしていたかは不明なので、強引と言えば強引なアナグラムだが、悪くはない。
「次見よう」
僕は積まれたプリントをめくり、次のプリントへと視線を向けた。
【説明】
呪われた牛「いぼ牛」が目の前に現れた者たちの末路を書きました。
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「いや雲行きが怪しいな」
当たり前のように『呪われた牛、いぼ牛』なる存在が出て来たけど、当然ながら存在しない言葉だろう。
なんかこう、村に伝わるものすごいキモい牛なのはなんとなく伝わってくるが、ない言葉を使うなというルールにはしっかり違反している。
「これはダメかなぁ」
僕は一抹の不安を感じながら、次のプリントへと視線を移した。
【説明】
綺麗な道路を見たウド鈴木がとった、衝撃の行動とは......?
「そんなアオリみたいな説明されてもな......」
雑誌の広告みたいな説明に思わず驚いてしまった。いったいどんな行動を取ったのだろう。僕はアナグラムの方へと視線を向けた。
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「なんでだよ」
あまりにも物騒すぎるだろ。ウド鈴木をなんだと思ってるんだ。というかそもそも、学校の宿題に『皆殺し』とか書きます?
「......次見よう」
僕はプリントをめくり、次のプリントへと目を向けた。
【説明】
あの悪人にも、得意な科目が......?
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「誰だよ」
古賀板俊なんてヤツ知らないよ。勝手に人名を作るのは『ない単語』を使ってはいけないルールに違反している。
あと「......とは?」みたいな最後が最近の流行りなの?
「次見よう、次!」
僕は気を取り直して次のプリントへと視線を移した。
【説明】
人種差別に鉄槌! 外人による怒りの拳を喰らえ!
「テンションすごいな」
そんな楽しい話題じゃないだろこれ。アナグラムの説明とは思えない文章だが......。僕は怪訝な気持ちでアナグラムを確認した。
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「なんだよその拳法」
また「ない単語」を勝手に作って強引にアナグラムを作っている......。僕は頭を抱えた。あと『がいじん』って言葉も最近はあんまりよくないらしいよ。
次!
【説明】
料理好きな叔父に大ダメージです。大嫌いな子役に、その最期を看取られました。
「どういうことだよ」
この説明からどんなアナグラムが来るのか、まるで想像できない。この説明を成立させられる文章なんて存在するのか? あるなら見せてもらいたい。
僕は半信半疑でアナグラムへと視線を移した。
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「ある意味凄いなコレ」
評価すべきかどうか悩む内容だ。確かに文字数は多いし、意味もまあ、通ってはいるけど......。
僕は評価を保留して、次のプリントへと目を向けた。
【説明】
逮捕されたくない? だったら良い方法があります。教えましょう。
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「ゲームのバグみたいだな」
タイという普段は絶対に干さない魚を干して食べることで、想定されてない事態に対して世界がエラーを起こすとか、あるいは
「いや、深く考える必要ないなこれ」
無視して次見よう、次!
【説明】
入院中の叔父 さんは今日が誕生日! なので、大麻を吸うことが許可されています。
「許可されないよ」
アナグラム作りのルールどころか、日本の法律を破って来やがった。
僕は視線を説明の下、書かれたアナグラムへと向けた。
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「大麻御免ってなんだよ!」
一応存在しない言葉は使っていないし、意味も通っている。しかしこれに高得点をつけても良いのか......?
というか、さっきから叔父が無法すぎるだろ。叔父という存在の得体の知れなさがそうさせるのだろうか。僕はふと叔父の顔を思い浮かべた。思い浮かばなかった。
次!
【説明】
彼が初めて口にした言葉。それは......。
「また『......』で終わるやつじゃん」
もはやどんなアナグラムが来るのか予想ができない。ただ、とにかく無法な言葉が書かれているような気がする。僕は視線を落とし、アナグラムへと目を向けた。
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「くだらねぇ!」
でも、他のアナグラムが差別と犯罪にまみれているせいで、今日一番子供っぽいこのアナグラムがすごく良いものに思えてきた。思わず花丸をつけてしまいそうになる。
あと回答用紙の下に「これ、ジョイマンがこれ言ってたらオモロい!」ときったない字で書かれていた。
無意識に、僕の心の中のジョイマンが歌う。
『開口〜 一番〜 馬鹿ウンチ 憩い〜』
「オモロいかも」
いやオモロいかもじゃねぇよ。気を取り直して次のプリントへと視線を移そうとした瞬間、スピーカーからキンコンカンコンと聴き慣れた音が響いた。
「うわっ、ヤバっ」
いつのまにか昼休みが終わっている。どうやら課題に夢中になるあまり、時間を忘れてしまったようだ。僕は急いで席を立ち、自分のクラスへと急いだ。