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祝祭と答え合わせ  作者: 九藤ラフカ
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プロローグ 雪視点

親友の凜々花から恋人ができたと聞いた時、私はひどく驚いた。それは成人式の日に行われた中学の同窓会の後のことだった。私たちはコンビニの駐車場に止めた凜々花の車の中で昔話をしていた。お酒を全く飲まない凜々花が同窓会の会場まで私を乗せて運転してくれた。私は久しぶりに会う旧友との会話と共に多くのお酒を飲んでいたが、どうやら私はお酒に強いらしい。凜々花から「実は私、恋人がいるんだ。」と聞いたのはそんな時だった。

 

 その話を聞いた時、私はその凜々花の恋人を簡単に想像できなかった。私と凜々花は幼なじみで中学までずっと同じ学校だった。彼女の肩まで揃えられた絹のような髪や、穏やかで聡明な顔立ち、とても落ち着きがあり成績優秀な彼女は昔から同級生や先生から一目置かれていた。そんな凜々花だったが、私は一度も彼女の浮いた話を聞いたことがなかった。中学卒業後別々の高校に行った私たちだったが、彼女は女子校に行ったこともあり、恋人ができたという話は一回も聞かなかった。

 

 私は慌てて、「誰なのその子。私の知ってる人?」と聞いた。

 「多分知っているかな。中学が一緒だったからね。」

 「そうなの?じゃあ私も知ってる人じゃん。そのことはみんな知っているの?」

 「それが誰にも言ってなくて。この話をしたのは雪が初めてなのよ。」

 そう聞いて私は内心嬉しかった。高校で離れ離れだった私たちだったが、凜々花が今でも私のことを一番の親友だと思っている事が分かって、少しの優越感に浸ることができたからだ。

 

 それでも凜々花はその相手を語ることはなかった。お酒と同窓会後の雰囲気をそのままに車内で質問攻めをした私だったが、凜々花はにっこりとした笑顔で私を見つめるだけだった。私はケチと口を尖らせ、

 「じゃあなんか、ヒントとかはないの?そもそもその相手は私と仲が良かった人?同じクラスだった?」

 「雪、落ち着いて。どうかな、同じ学校だったけれど、雪はその人のことあまり知らないかも。多分話したことないと思うんだ。」

 「そんなことある?私たちの学校って全学年で四百人くらいだったよね?同級生に限ると百人ちょっとしかいなかったし。」

 私たちが通っていた中学校は田舎の共学の公立校だった。凜々花と一緒に生徒会だった私はどちらかというと他人と話す機会は多く、同級生なら今でもほとんどの生徒の顔や名前を思い出すことができる。勿論、別学年の生徒や、中にはあまり関わりがなかった人たちもいたが、彼女が先輩や後輩と深い関係を築いているところは想像できない。

 「卒アル見れば分かる?顔見ればさすがに思い出すと思うんだけど。」

 私は同学年だと踏み込んで凜々花にそう問いかけた。

 「そうだね。多分載ってると思うよ。」彼女は少し気まずそうに呟く。

 外を見るとコンビニの駐車場には他に車は止まっていなかった。そして遠くに見える山の周りが少し明るくなっていた。

 私たちの会話はそこで終わった。

 

 お酒のささやかな酔いと凜々花の恋人という宿題を抱えながら帰宅した私は中学の卒業アルバムを探すことにした。私は凜々花の最後の言葉がずっと頭から離れなかった。「多分載っている」。その言葉に私はかなりの違和感を覚えた。中学の同級生を思い出したが、私の知る限り転校や退学をした生徒や事故や病気で亡くなったという話は当時無かったと思う。私たちの同級生は全員卒アルに載っているはずだ。部屋の押し入れから埃の被った中学校の卒業アルバムを引っ張り出し私はパラパラとめくった。

 クラスメイトからの寄せ書きから始まり、個人の写真やクラスでの活動、修学旅行やイベントでの写真があの楽しかった中学校生活を思い出させた。一人一人の同級生の顔と名前を凝視しながら、その子が今の凜々花の恋人に相応しいかどうか長い時間をかけて反芻した。私は何人かの候補を考えた。

 例えば健人だ。彼は私たちと一緒の生徒会だった友達であり、とても人気のある男子生徒だった。彼は陸上のエースであり、成績もよかった。私は彼が凜々花と楽しそうに話しているところをよく見かけた。それを見て、二人が付き合っているのではないかという噂まで広がったこともあった。彼女と三年間同じクラスだった彼は凜々花と一緒に移る写真が何枚かあり、あの健人なら当時凜々花付き合っていてもおかしくないと私も思った。

 

 でも今もあの二人が付き合っているとは思えなかった。そこに何か根拠がある訳では無いが、もし中学から今まで付き合っていたら、凜々花は私に交際のことを相談していたと思う。幼なじみである私たちは昔から何でも相談しあってきたからだ。

 そんな彼女が恋人がいることをずっと黙っていたということは、何らかの言えない事情があるのかと想像した。私は車の中での最後の言葉と彼女の少し気まずそうな表情を思い出しながら、卒業アルバムの最後の方のページを開いた。

 そこにはお世話になった先生方の写真があった。そして、その時私は、凜々花の恋人が先生ではないかという一つの結論に辿りついた。根拠はもちろんない。でもなんとなくそう感じたのだ。

 昔から凜々花は少し大人びているところがあり、私たちを少し達観してるように感じた。そんな彼女が当時に学校の先生と深い関係にあったということを私は簡単に想像することができなかったが、何故かその結論に少し納得している自分がいた。

 私は最初の寄せ書きのページに書いてある凜々花のメッセージに手を触れながら卒業アルバムを閉じた。

 

 

 あれから私たちの間で凜々花の恋人の話題がでることは無かった。なんとなくその話はしないほうがいいとお互い思っていたのかもしれない。あれはあの時あの車の中だけで話されるべき特別な会話だった。恋人が誰なのか、自分の出した結論が正解なのかを彼女に問いただしたい気持ちは少なからずあったが、いつか凜々花が私に話してくれると信じて、何もなかったように平穏な日々を過ごした。

 

 

 

 

 

 それは突然の祝砲だった。凛とした美しい二つの名前が揃って書いてある小さな招待状を私はポストの中から見つけた。それは凜々花の結婚式を告げるものだった。私は急いでボールペンを探し、深呼吸した後、出席のところに大きく丸をつけた。

 

 私は親友の結婚相手の名前を見て、自然と口角が上がっていた。


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