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 意識が覚醒し、視界が開ける。まさか二日連続で最悪の目覚めになるとは思わなかった。現状を把握するために状態を起こそうとしたがうまく起きれない。どうやら椅子に座らされて手を後ろで縛られているようだ。解こうとしたが容易に外れる気配はない。かなり強力な拘束魔法が使われているようだ。

 目が明るさに慣れてきたことでようやく周囲の景色が見えてくる。それと同時にかつてのトラウマが蘇ってきた。そこがかつて旅立ちの時に訪れ、また敗北を伝えに戻った場所、すなわち玉座の間だったからだ。今でははどちらも忘れ難く、苦々しい記憶である。しかし、眼前に広がる光景と記憶の中とでは異なる様相を呈している。玉座の間とは少なくともそこら中に資料や机が転がっているような場所ではなかった。それに人気も無い。


「目は覚めたか」

 そんな変わり果てた部屋の一角に積まれた書類の中からこの部屋の主の声がした。

「ご無沙汰しています。アーサー国王陛下」

 こちらに反応して顔を上げた精悍な顔つきの老人の眼光は鋭く、一見憤っているかのようにすら思える。その迫力を増すためかのように額に刻まれた傷跡が武人として生き抜いてきたことを示している。

 戴冠からこれまで兵士としても為政者としても数々の難局を乗り越えてきたこの方無くしてこの国の現在は無い。それは俺たちが敗れてからも国が存続していることからよくわかる。


「やはり私が連れてこられたのは処刑のためでしょうか」

 そんな陛下が今更使えない元勇者を呼び寄せるとは思えない。唯一考えられる理由は民衆の不満を逸らすために使う、即ち晒し者にすることだけだ。

「なぜそう思う?」

「先日、防衛線が破られたという噂を耳にしました。更に徴兵とくれば国民の不満と不安そして怒りは増大し、その矛先は国そのものに向けられるでしょう。それらを少しでも抑えるために嫌われ者の私をスケープゴートにすることは誰でも思いつくことです」

 そう、それしか考えられない。それに俺自身もう疲れてしまった。これ以上石を投げられて生きるのならここで楽になりたい。


「そうか。だがまだ貴様には生きていて貰わねばこちらが困る」

 だが返ってきたのは予想外の答えだった。

「なぜなら貴様にはまだ大役が残っているからだ」

 さらに続けて伝えられた内容に頭が混乱する。

「それは一体どう―」

「まあ、待て。順を追って説明しなくては」

 そう言いながら、俺の目の前に椅子を置くと鷹揚に腰を下ろした。


「お主らの一団が進撃を続けていた時、我らもまた軍拡を進めていたのだ。これは本来魔王を倒した後の掃討作戦を目的したものだった」

「しかしながら魔王の勝利という形で終わったことで、戦略の変更を迫られることとなる」

「結果的に、この軍拡は今に至る戦争に大きく買っている。無論、お主らが魔王に致命的な傷を負わせたというのも少なからず影響しているだろう」

「そしてまた図らずも余は新しい教訓を得ることになった。すなわち、伝承や個の力に頼ることの脆弱さだ」

 その一言は俺に突き刺さった。伝承にある選ばれし者という意識はまさしくかつて自信の根底にあったものだ。

「お主らの敗北を転機に我らも軍としていかに戦うかに舵を切り替えるざるを得なかった」

「それを象徴するのが先日の防衛線での会戦だ。あれは破られたのではない、破らせたのだ」

 そう言いながら書類の山の中から地図を取り出す。

「お主も知っての通り、東側の地域は山岳地帯だ。故に長年この地域は戦争の前線となることが多かった。だがそれは裏を返せば中々埒が明かない地形ということでもある」

「そこで我々は一度前線を下げ、狭い山中での各個撃破の方針に切り替えることとした。だが魔王軍側の敗残兵の一部を麓にある街へと逃すという失態が起こった」

「それが今回の騒ぎの原因という訳ですか」

 俺の発言に無言で頷き、肯定する。

「ここまでの騒動になるとは正直想定外だった。だが、戦果を挙げているのも事実、作戦は継続する」

「恐れながら申し上げますが、それではまた同じことが起きるのでは?」

 陛下は先ほどと同様に、無言で頷く。

「そこでお主らの力が必要なのだ。ゲリラ的な戦術は冒険者たちが得意とするところ。既に国内の有力な冒険者ギルドにも声をかけてある」

 なるほど確かに山中での戦いであれば騎士団よりも冒険者の方が慣れているに違いない。しかし俺はもう戦えない。肉体も精神も勇者と呼ばれた頃よりはるかに衰えた。

「申し訳ありませんが、私はご期待に添えません。私には片目もかつての強力な武具もなければ、魔力回路もやられています」

「だが経験は得た」

 そう語る陛下の目はより鋭くなり、反論を一切許さないことが伝わってくる。

「今でもお主は強い。それは間違いのない事実だ。確かにかつての勢いは失われただろう、それでも新たに得た経験という武器は必ず役に立つ」

「軍事的にもこの国の今後を左右するこの戦局にあって、お主の様な強力な戦力を投入しない理由がない」

「そしてなによりお主の仲間の名誉を取り戻さなければならないのではないか?」

 その言葉に心が突き動かされる。愚かな俺のせいでこの地に帰還することがかなわなかった仲間を悪く言われることは何よりも耐え難い。だが、ここで戦場に戻ればまた同じことを繰り返してしまうのではないかという思いが頭をよぎる。

 そんな俺の様子を察したのか陛下は立ち上がり、そのまま頭を下げた。

「余としてもお主らに頼りすぎてしまったことは悔やんでいる。あれだけの功績を挙げたお主らが責められているのは心苦しい。どうかもう一度ともに戦い、お主らの名誉を挽回する機会を用意させてはくれまいか」

 その姿を目にし、恥ずかしいことに俺はそこで初めて陛下の重圧を理解した。全ての国民の命と将来を預かるということの重さが、こんな馬鹿にまで頭を下げさているのだ。その気概に答えられず、仲間の名誉すら取り戻せなければ俺はいよいよ死人と変わらない。


「俺も戦います」

 気づけばその一言が口から漏れていた。

 

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