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 もう何度同じ悪夢にうなされたかわからない。

 ドロリとした血の感覚と、半分塞がれた視界。目の前で倒れ行く仲間を救うの姿。先刻までの自信と万能感に満ちた自分の愚かさを悔やんでも悔やみきれない。せめてもの時間稼ぎにと駆け出そうとした瞬間仲間に抑えつけられる。そして最後は必ず同じ声が響くのだ。


「あなたさえ……」




「遂に東の防衛線が破られたらしいぞ!」

 町の入り口に駆け込んで来るなり、男はそう叫んだ。その瞬間動揺が町中に伝播する。

「本当かよ?!騎士団様は何やってるんだ」

「ここもいよいよ危ないか」

「そうは言ったってどこへ行くのよ!」

「せめて子供たちだけでも外国に避難を……」

「それより財産の確保が先だ!今すぐ金貨に兌換をしなくては」

 混乱を抑えようと駆け回る騎士団員達の努力も徒労に終わるだろう。人の感情は一度火が付いたらもう止まらない。燃え移りやすい環境ならなおさらだ。


「兄ちゃんは随分落ち着いてるな」

 隣に座る初老の男性が声をかけてくる。

 町の入り口にほど近いバーの中は薄暗く、外ほどの喧騒はない。それでも店員も客も明らかに落ち着かない様子だ。むしろ酒に逃げる者が多いだけ質が悪いかもしれない。

「見たところ元騎士団員ってところか」

「ええ、まあ……」

「そんならこのぐらいのこと訳はないな」

「いえ、そんなことは」

 だがその男はこちらの返事になど興味がないかのように話し続ける。

「だが兄ちゃんのその傷も、この有様も本を正せばあの男のせいだよなぁ」

「そうだ、そうだ!あの男が負けなければこんなことにはならなかった!」

 後ろから怒号が飛んでくる。筋骨隆々な声の主はだいぶ酒が入っているようだ。それに加えて怒りによって顔がかなり紅潮している。

「敵の本陣にまで乗り込んでおきながら返り討ちたぁ、どういうことだよ!」

 さらに捲し立てる男に店内中から視線が集まる。だが、その多くは無言のうちに同意しているように見える。いや、そもそも恐らく国民のほとんどがその男を恨んでいることだろう。確かにその男は許されざる愚行を犯したのだから。


「俺ぁ、あの元勇者のことを一生許さんぞ!」

 そう言い切った直後、遂には店中で拍手が巻き起こった。流石に耐え切れず、外套の内ポケットから残り僅かとなった金貨を取り出し、置いていく。店の外に出てもなお、あの男の演説が漏れ聞こえてくる。

「今日ばかりは薬の副作用に感謝しないとな」

 酒と鎮痛剤のおかげで朦朧としながら帰路に就く。まともな状態だったら気が触れていたかもしれない。そのフラフラとした背中からは彼がかつて救国の英雄と呼ばれた男だとは誰もわかるまい。


「そうだな、俺が悪いんだよ……」

 かつての勇者、クレイヴはそうこぼして安宿の門を潜った。

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