暴動
暴動
「無門さん聞きましたか?」
城の廊下で、藩の勘定方を務める吉村象二郎が声を掛けてきた。
吉村とは江戸の下屋敷で何度も会って、随分と飲みにも出かけた仲である。
「何をです?」
「炭鉱で暴動が起きたそうですよ」
「暴動?」
「はい、坑夫達が徒党を組んで鉱主の屋敷に押し寄せたそうです」
「鉱主とは家老の屋島景之様?」
「そうです、何でも坑夫達が未払いの賃金を寄越せと喚いていたそうです。ここだけの話ですが・・・」吉村が声を潜めた。「どうやら石炭を横流ししていたようです」
「横流し?どうしてわかったのです?」
「坑夫達が言っている石炭の採炭量と藩に計上していた数字が合わないのです。まだ調査の段階ですが、藩としてもこの事が公になって幕府に知られたら一大事ですからね」
「藩の存続が危うくなる」
「お取潰しの絶好の口実です」
「一体どこに流していたのでしょう?」
「隣の三池藩のようです」
「何故・・・」
「屋島様の鉱山は、隣の三池藩と境を接している。その為境界争いの小競り合いは過去にも頻繁に起きていたらしいのです。屋島様は三池藩との諍いを避ける為、石炭を安く三池藩に流していたのですよ」
「何と、では三池藩と我が藩の運命は一蓮托生」
「重役方はこの件を内々で処理しようとしています」
「そうですか・・・」
「この事はまだ口外しないでくださいね」
「勿論です」
「では、私は急ぎますのでこれで。今度ゆっくり飲みに行きましょう」
「はい・・・」
弁千代は、吉村の後ろ姿を見送った。
屋島の屋敷から三池藩の勘定方との密書が押収されたのはそれからすぐの事であった。
家老達はこの事を公にせぬ事を決め鑑寛の裁可を仰いだ。鑑寛は承諾した。
但し、屋島の採掘権は取り上げ藩の帰属となった。
坑夫達には、採掘量を増やし収入が増えるようにして、なんとか暴動を鎮める事に成功した。
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「ムカイは、その密書を運ぶ仕事をしておったのだな」
奥の間で加藤伊織と酒を酌み交わしながら、吉右衛門が言った。
「しかし御家老、屋島はよく採掘権を手放しましたな」
「当然だろうよ、藩が潰れちゃおしめぇだ。それに壱岐殿は、形の上では炭鉱の占有を屋島に認め、税収の一部を屋島に渡るよう決着をつけたのだ。当分屋島は壱岐殿に頭が上がらねぇよ」
「なぜ、今まで小競り合い程度で済んでいたものが、暴動にまで発展したのでしょうか?」
「屋島が焦ったのよ、事が露見する前に儲けるだけ儲けようという算段だったんじゃねぇか?」
「弁千代にムカイを見咎められたのが引き金になったのですな」
「そういう事だ」
「またしても弁千代に助けられましたな」伊織が言った。
「お前ぇのお陰だよ」
「滅相もございません・・・ところで御家老」
「なんでぇ」
「ちょっと養女に会ってきてもようございますか?」
「おう、会って来ねぇ。孫も喜ぶだろうぜ」
「なんだか不思議でございますなぁ。御家老と私が夫婦の親だとは・・・」
「宜しく頼むぜ、親父殿」
「はは、御意にございまする・・・ではちょっと行って参ります」
伊織はいそいそと弁千代と鈴の住む離れへと歩いて行った。




