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弥勒の剣(つるぎ)  作者: 真桑瓜
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ムカイ

ムカイ


立花壱岐が襲われたのは三日後の昼過ぎであった。

壱岐は紙漉かみすきの現場の視察と奨励の為、馬に乗って小田村を流れる矢部川の土手の紙漉小屋を訪れた帰りだったと言う。

「百姓を装った三人の手練れだったそうだ」吉右衛門が言った。

「幸い大石進が奮闘し二人に手傷を負わせ追い払ったという事だが、供の者一人が深傷を負った」

「それは、やはり屋島の手の者でございますか」

「おそらく、だが証拠になる様な物は何も残しちゃいねぇ」

「義父上にも屋島の手が及ぶかも知れませぬ、私が常時護衛に付きます」

「べらぼうめ、おいらは江戸でやっとうの稽古は嫌と言うほどやったんだ。壱岐殿と一緒にするねぇ、それよりも弁千代・・・」吉右衛門が声をひそめた。

「暫く屋島の屋敷を見張っちゃくれねぇか?」

「屋敷を?」

「不審な者が出入りしちゃいねぇか、調べて欲しいのよ」

「分かりました・・・」

「すまねぇな、頼んだぜ」



屋島の屋敷はお城の近く、重役達の屋敷が立ち並ぶ一角にあった。吉右衛門の屋敷とも近い。

敷地は藩からの拝領なので同じくらいなのだが建物の豪華さは他を圧倒していた。

建物はそれぞれに建てる事になっているので財力がものを言うのだ。

弁千代は屋敷裏の出入り口を見張る事にした。

出入りしていたのは使用人の他に御用聞きの商人や、振り売りの食材売りなどである。

見張り出して四日目、今までと違った風体の人間が入っていった。

百姓である。六尺棒の両方に肥桶をぶら下げて糞尿を買いに来たのであった。

出てきた百姓を見て弁千代は違和感を覚えた。桶が軽そうだったのである。

弁千代は後をつける事にした。

百姓は武家地を抜けると山の方へ歩いて行った。

どのくらい歩いただろう。周りはもう雑木林の中だった。

人気が途切れると、百姓は肥桶を下ろして道端の石に腰を下ろした。

煙管を出して煙草を吸い着けている。

弁千代は歩調を変えず近付いて行った。


「気付いておったか」

「お侍さんサナギをった人だね?」

「サナギとは?」

「確か笠原庄吉と名乗っていたと思うが?」

「だったらどうする?」

「別に恨んじゃいねぇよ、仕事だからな」

「仕事?」

「俺たちゃ、仕事に命を懸けている。逆に言やぁ元手は命だけだという事だ」

「それで」

「俺の仕事は伝令つなぎだ、ここでお前ぇさんに斬られるわけにはいかねぇ」

「ならばお主を雇った者の名を言え」

「それも出来ねぇ、信用問題だからな」

「壱岐様を襲ったのもお前達か?」

「言えねぇな」

「刀にかけて、と言ったら?」

「逃げる」

「出来るかな」

「試してみるかい?」

弁千代は鯉口に手を掛けた。

百姓はゆっくりと煙管をしまうと六尺棒から肥桶を外し立ち上がった。

「名前を聞いておこう」

「ムカイだ」

「無門弁千代」

「知ってるよ・・・」


ムカイは棒を真横に寝せて構えた。

左右の足は肩幅、ほぼ真横に開いて立っている。

弁千代の右手はまだ柄にかかっていない。

左手で鯉口を切った。

途端に棒が唸りをあげて飛んで来る。

鞘走った刃が棒を下から斬りあげて両断した。

逃げて行くムカイの背が雑木林の中に消えるのが見えた。


*******


「その百姓は忍びなのかえ?」

「間違いありません」

「どこへ逃げた・・・」

「おそらく百姓の中に、ごく普通の百姓として暮らしている筈です」

「では見つけ出すのは難しいな」

「はい、百姓全員の面通しをする訳には参りません」

「うむ、そいつぁ難儀よのぅ」

「ムカイはどこと連絡つなぎを取っているのでしょう?」

「それさえ分かれば手の打ちようもあるんだが・・・」

「申し訳ありません、返って敵に用心をさせることになってしまいました」

「いや、逆に敵の焦りを誘うかも知れん。もう暫く様子を見てみよう」

「はい」






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