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弥勒の剣(つるぎ)  作者: 真桑瓜
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嵐の前

嵐の前


半年後、弁千代は家族を連れて吉右衛門の屋敷に移った。

時期が遅れたのは、頭の固い重役連が難色を示したからだった。

しかし、吉右衛門がこれを抑えた。

その半年後、立花壱岐が家老に復帰した。

反対派の家老たちも、壱岐が約束を果たしたので文句を言えなかったのである。

ほぼ一年の間、準備を整え十分に休養をとった壱岐は、一気に藩財政改革を推し進めた。

領民の賛同も得て鼎足運転の法は、順調に成果をあげた。

面白くないのは反対派の家老たちである。その中でも筆頭家老の屋島景之は何かと言うと壱岐の政策に反対した。

しかし、壱岐は動じなかった。江戸では井伊直弼による攘夷派粛清の嵐が吹き荒れているが、今は藩の財政を立て直す事が先決である。産業の振興も強力に推し進めた。

国内だけではなく、海外輸出用に、和紙、生糸、はぜ、茶、石炭などの生産に力を入れ、長崎で貿易を始める。

中でも石炭は、蒸気機関の燃料として需要が増しており、発展が見込める産業であった。

しかしここに問題があった。柳河藩の石炭採掘の権利は屋島景之が持っていたのである。

本来鉱物の採掘権は藩に帰属するべきものであるが、屋島家は先祖の功績でいつ頃からかその権利を占有し困窮する柳河藩の中でも羽振りが良かった。その為取り巻きも多く、壱岐の改革の妨げにもなった。

壱岐はこの石炭の採掘権を藩に取り戻したかった。


「弁千代、お前ぇに刺客を放ったのは、おそらく筆頭家老の屋島だ」

「え、それはまことですか?」

「確証はねぇ、だがほぼ間違ぇのねぇところだ」

「それは何故?」

「屋島は、壱岐殿が藩政に復帰したら必ず炭鉱に目を付けると踏んでいたのだ。採掘権を藩に返したら自分の実入りが減るじゃねぇか」

「藩の立て直しよりも身の保身の方が大切だと?」

「人とはそういうものよ、特に今まで甘い汁を吸って来た奴らはな」

「・・・」

「壱岐殿は藩札を十万両に増やし、一気に借財を返してしまおうと考えている。次に早急な軍備の増強が必要だからだ。その為にも、どうしても炭鉱が欲しい」

「・・・」

「これからは一層賛成派と反対派の対立は激しくなる。我々も立場を明らかにせにゃならねぇ」

「我々は既に壱岐様に加担しております、反対派の風当たりが強くなるという事ですね?」

「そうだ、気を引き締めてかからずばなるめぇ」

「分かりました、肝に命じます」

「おいら今から壱岐殿のところへ行って来る。お前ぇは大石のところへ行って壱岐殿のそばを離れぬよう伝えて来い」

「はい、承知しましたご家老・・・いえ、義父ちち上」

「早く慣れろ」


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