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弥勒の剣(つるぎ)  作者: 真桑瓜
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密偵 笠原庄吉

密偵 笠原庄吉


次の日、玄海屋に奉行所から役人が一人弁千代に会いに来た。

宿を訪ねたが留守だったのでこちらに来たと言う。

弥七の証言により、薬屋の人相書きを作ろうとしているのだが、弥七の記憶が曖昧あいまいなのだそうだ。これと言った特徴も無く、顔もかすみがかかったようにおぼろげだと言う。

当然であろう、あれほどの術を持つ者がそう簡単に面を割らせる筈が無い。

弁千代に何か知っている事は無いかと訊ねるから、何もないと答えた。

もう少し博多に留まるようにと言い置いて、役人は帰って行った。


「手紙は朝一番で飛脚に託しました。今日、明日中には届くでしょう」

九郎兵衛が帳場の上りかまちひざまずいて言った。店の土間に立ったまま弁千代は頭を下げる。

「中武様、またいつでもお寄りください」祥乃が腰を折った。

その後ろで侍女のお兼が黙って頭を下げた。


弁千代はぶらぶらと西に向かった。もう暫く西新屋に世話にならなければならない。

川の中洲にかかった橋を二度渡って一昨日訪れた藩道場の前に立つ。

門番に検校様にお会いしたいと言ったら、今日はお城へ上がっていて戻りは夕刻になると言う。

あいにく宮原左近も所用で出掛けて居なかった。

仕方なく堀端を歩いて城の大手門に差し掛かった。


「お見事でしたね」

堀端に植った桜の木の陰から、若い侍が出て来た。蛇のような目が弁千代を見据える。

「貴公は?」

「お忘れですか、仙石山でお会いしました」

「お主!」確かに声に聞き覚えがある。

「笠原庄吉と申します。勿論偽名ですが」そう言って笠原は笑った。

「まさか一瞬にして三人を斬り伏せるとは。もう少し時を稼いでくれたら打つ手はあったのに」

「あの場に居たのか?」

「暖簾の隙間から見ておりました」

「なんと姑息な」

「それは忍びにとっての褒め言葉でございますよ」

弁千代は刀の鯉口に手を掛けた。笠原は動じない、対の勝負でも自信があると言うのか?

「おっと、ここは城の大手門、刃傷沙汰はまずくはありませんか?」

「なぜ私の前に現れた」

「深い意味はありません、貴方に敬意を評したまででございます」

「まだ邪魔をするか」

「それが仕事でございます故」

笠原が踵を返しかけて振り向いた。

「ああ、言い忘れましたが、飛脚に託したあの手紙、果たして無事に無門吉右衛門様の元へ届きますやら・・・」

「なに!」

「では、これにて失礼いたします」

笠原は弁千代の歩いてきた方向にゆっくりと去って行った。

「手紙は届かぬか・・・」


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