一万両借款
一万両借款
「まずはこれをご覧ください」
弁千代は鎌池検校に書いてもらった書状を九郎兵衛に渡した。
九郎兵衛は書面に目を落とすと暫くじっと読んでから顔を上げた。
「柳河藩の窮状を助ける為、是非とも貴方様に協力せよと書いてございます」
「恥ずかしながら、その通りでございます。藩政を改革するために是非とも一万両の金が必要なのでございます。先程の騒ぎは私を町人同士の諍いに巻き込まれての事故死に見せかける、改革反対派の策に違いありません」
「しかしながら、私も商人、千両二千両ならともかく、一万両もの回収の見込めない借財をお引き受けするわけには参りません」
「それは当然の事、そこで柳河藩家老、立花壱岐に妙策がございます」
「それはどういう策でしょう?」
弁千代は鼎足運転の法を詳しく九郎兵衛に語った。
九郎兵衛は暫く目を瞑って考えていたが、徐に目を開けると弁千代の目を見据えて言った。
「その策は商人の目から見ても理に適っております。さぞ頭の切れる商人が壱岐様のお側におられることと推察致します」
「ご推察の通り、高椋慎太郎という柳河の魚商人を、壱岐様は徴用しておられます」
「それならば安心。失礼ながら我々商人はお侍よりも商人仲間を信用するものでございます」
「では、用立てて頂けるのですか?」
「ようございます、貴方様には娘と店を救って頂きました。一万両御用立て致しましょう」
「忝ない。九郎兵衛殿、中武弁千代心より御礼申し上げます」
弁千代は畳に手をついて深々と頭を下げた。
「お手をお上げください。そうと決まれば筆と硯を用意いたします。ここで手紙を書いて一刻も早く柳河に知らせておやりなさいまし」
「有難うございます」
「その代わり、今夜は付き合って頂きますぞ。祥乃も楽しみにしておりますでな」
弁千代は早く宿に帰って休みたかったが、九郎兵衛の誘いを断るわけにはいかない。
仕方なく受ける事にして、その日は玄海屋に留まった。




