襲撃
襲撃
「・・・と言う訳なのです」弁千代は、鈴に聞いた話を女将に伝えた。
女将は別段驚く風も無く冷静に聞いている。
「やはりそうだったのですね・・・」
「では、何か心当たりでも?」
「はい、大和屋はこの笹野屋を狙っているのです」
「笹野屋を?」
「それでも主人が生きておりました頃は、協力してこの宿場の発展に尽力してくれてはいたのですが・・・」
女将は少し寂しそうな顔をした。
「主人が亡くなりましてからは、煩くこの笹野屋を譲れと迫って参ります」
「それはなぜですか?」
「この宿場の利権を独り占めにしたいのです。大和屋は既に他の旅籠の権利も手に入れました、残るは笹野屋だけになったので御座います」
女将は、そこで少し話を切ってから、思い切ったように弁千代に告げた。
「主人を殺したのも、大和屋かも知れません・・・」
「なんと・・」
「あの日主人は、山越えの道の整備計画を立てるために、一人で調査に出かけたので御座います。その途中で崖から足を滑らせて、谷底に転落しました」
「・・・」
「主人は、それまでにも何度も山に入り、地形は熟知していたはずなのです、それが・・・」
「証拠はないのですね?」
「はい、何も・・・ただ、大和屋が浪人を通じて山賊と接触を持っているのではないかと、主人は申しておりました」
「ふ〜む・・・」弁千代は腕を組んで考えている。
「中武様、どうか宿をお替えになってください。何の関係もない貴方様に、ご迷惑をおかけしたくはありません」
女将は畳に手をついて弁千代に頼んだ。
「そうは行きません。大和屋は私達が山賊を討った為、計画を焦ったと考えられます。山賊が山に居れば、勢い宿場の客は減り小さい旅籠は立ち行かなくなります。そうなってから、何がしかの金を山賊に与え安全を確保すれば、自然と宿場の利権は大和屋のものになったに相違ありません」
「でも・・・」
弁千代は手を挙げて女将の話を遮った。
「ここには女将さんの他、使用人は何人いますか?」
「仲居が二人、板場が一人、雑用のお爺さんが一人です」
「客は?」
「中武様だけで御座います」
「良かった。では使用人を避難させる場所はありますか?」
「私の叔母の家が、この宿場の外れに・・・」
「ではそこに避難させて下さい。なるべく目立たぬよう、一人づつが良いでしょう」
「私は・・・」
「なるべく目立つところに居て下さい。女将の姿が見えなければ怪しまれる」
夜になるのを待った。
女将は玄関の提灯の灯を消し、戸締りをした。
それを、通りの向こうから見ている者達がいた。浪人とやくざ者が二人に町人風の男が一人。
「よいか、あと半刻待つ。店の者が完全に寝静まった頃を見計らって勝手口から忍び込む」
浪人が言った。
「抜かりはありませんぜ。こいつは江戸で大働きをした盗賊の一味、勝手口の戸を開けるなんざ、朝飯前でござんす」
そう言って一人のやくざ者が隣の町人風の男を見た。
「しかし、これっぱかりの人数で大丈夫なんで・・・?」
町人風の男が訊いた。
「なあに、心配は要らねえよ。なんたってこの旦那は剣の達人だ。それに相手は女が三人、男は板前と爺いが一人、客は弱そうな若い侍が一人だ。いざとなりゃ全員殺したって構わねえ」
もう一人のやくざ者が嘯いた。
「女将はできるだけ殺さずに連れて来いとの旦那の命令だ。美人は得だなぁ」
下卑た笑いを浮かべて、もう一人のやくざ者が言った。
「そろそろ行くぞ」浪人が言った。
先ほどまで漏れていた灯りも消えていた。笹野屋は完全に寝静まっている。
町人風の男を先頭に勝手口に回る。浪人は最後について来た。
男は長い針のような物を取り出して戸の隙間に差し込んだ。
コトリと小さな音がして勝手口の閂が開いた。やくざ者が戸に手を掛ける。
「待て」浪人がやくざ者を制した。「中に誰かいる」
「えっ!」やくざ者は一歩後退さる。
「出て来い、いるのは分かっている」浪人が言った。落ち着いた声だ。
中から戸が開く。弁千代が出て来た。
「なんだ、若造の侍じゃないか。お前に用は無い、怪我したくなかったら引っ込んでな!」
「まんざら関係なくも無いぞ。山賊を退治してやったのは俺だからな」
弁千代はできるだけふてぶてしく言って、刀の鯉口を切った。
「なにっ!てめえがっ!」やくざ者がさっと匕首を引き抜いた。
あとの二人も懐に手を入れる。浪人は動かない。
突然やくざ者が突っかけて来た、匕首の刃が上を向いているのは手馴れている証拠だ。
弁千代は刀の柄に手を掛けたまま、やくざ者に向かってぶつかって行った。
匕首は弁千代の左袖を切り裂いて空を突いた。
弁千代の刀の柄頭は、やくざ者の鳩尾に深々と潜り込んでいる。
背後からもう一人のやくざ者が斬りつけて来た。
弁千代は右手をそのままに、左の半身を開いて鞘を送る。
刀身が抜け出ると同時に切っ先が走り、そのやくざ者の胸を突いた。
右から町人風の男が迫る。突いた刀を引き抜いた軌道のまま男を真っ向から斬り下ろす。
『小径』狭い道で前後に敵を受けた時の技だ。
あっという間に三人を片付けた。
「ほう、陰流か?」浪人が訊いた。
弁千代は答えない。
「参る」
弁千代は刀を上段に構えた。
浪人は左手で鯉口を切ったまま、柄頭を弁千代に向けて腰を落とした。右手はまだ柄にも触れていない。どうやら居合の使い手らしい。
『居合には、抜かせて勝て』いつか師が言っていた。しかしこの相手にそれが通用するのか?
横から来るか?上から来るか?はたまた下からか?この構えからは読み取れない。
暫く睨み合いが続く、先に動いたのは弁千代だった。
弁千代は上段に構えた左手をピクリと下げた。
瞬間、浪人の左手が上がった、同時に右手は柄に、腰は更に落ちて行く。
『下だ!』浪人の右手首が返っている。
浪人の剣は、下から刃を上にして跳ね上がってきた。
弁千代は咄嗟に浮身をかけ、刀の柄から左手を外し躰を開いた。『水鳥の足』両脚が同時に入れ替わる。
頸を狙った片手斬り。
猿阿弥の貸してくれた刀は何の抵抗もなく、首の皮一枚を残し浪人の頸を断った。
浪人は地面に突っ伏して事切れた。
「う〜む・・・」
柄頭で当て身を食らったやくざ者が、息を吹き返す。
弁千代はその男の帯で、腕を後ろ手に縛り上げ庭木に括り付けた。
「もう大丈夫です」勝手口から声を掛ける。
女将が恐る恐る姿を見せた。
「ひっ!」両手で口を押さえたまま声も出ない。
「今から役人を呼びに行きます。一緒に行きますか?」
女将はこくりと頷いた。
役人による取り調べは丸一日かかって一応の決着を見た。
生き残ったやくざ者の口から名が出た為、大和屋の悪事は露見し主人は縄を打たれて役所に引き立てられた。
「何とお礼を申し上げて良いやら・・・」女将は弁千代に、深く頭を下げた。
「いえ、礼には及びません。あの浪人は得難い強敵でありました」
弁千代は猿阿弥の貸してくれた刀の切れ味を思い出していた。
翌日、弁千代は鈴を探した。襲撃を教えてくれた礼を言わなければならない。
鈴は、最初に出会った飯屋の同じ席で昼間から酒を呑んでいた。調子が三本卓に転がっている。
「あらベンさん、昨日は凄い働きだったそうじゃないれすか?おめれとう・・・」
呂律が変だ、だいぶ酔っている。
「鈴さんのお陰で命拾い致しました。この通り礼を言います」弁千代は頭を下げた。
「そんなことはどうでも良いから、少し付き合ってくださいよぉ」
弁千代は迷ったが、結局鈴の前に腰を下ろした。
「お銚子もう一本、それとお猪口を持ってきておくれ」鈴は店の娘に声を掛けた。
「そんなに飲んで大丈夫ですか?」
「大丈夫か?そんなわけ無いじゃないれすか・・・」
「いったいどうしたんです?」
「大和屋がダメんなって、職にあぶれちまったんですよ。この宿場じゃもう稼げやしません」
「私の所為なのですね?」
「誰もそんなこと言っちゃいませんよ。ただね、こんな暮らしが虚しくなっちゃってねぇ」
鈴は眠たげな目で弁千代を見た。
「ならば、この宿場に腰を落ち着けてはいかがです?」
「ここに?へっ、こんなヤクザな女、雇ってくれる酔狂な店なんてありませんよ」
「そんな事はない。大和屋がダメになった分、よその店が忙しくなる。分かりました、私が笹野屋の女将に頼んであげます。あなたは命の恩人です、きっと悪いようにはしないと思います」
「わたしゃ、三味線しか芸のない女ですよ。宿の仲居なんかとてもできゃしません」
「その事も、なんとか考えて貰います。どうか大船に乗ったつもりで任せて下さい」
「・・・」鈴は、穴のあくほど弁千代の顔を見詰めていた。「あんたも酔狂なお侍だねぇ」
「そうと決まれば、前祝いです。鈴さんの気の済むまで付き合いましょう」
弁千代は、慣れない酒を、鈴が酔い潰れるまで付き合った。
鈴を笹野屋におぶって帰り、女将に事情を説明して一晩泊めてもらう事にした。
女将は、鈴の身の振り方を考えると約束してくれた。
数日後、猿阿弥が研ぎ上げた刀を持って笹野屋にやって来た。
「やっと研ぎ上がりました。されど化粧研ぎは施しておりません、貴方には不必要かと・・・」
「はい、それで結構です。しかし貴方に貸して頂いた刀の切れ味は凄い!」
「いえ、あれはただのなまくらです」
「いや、そんな筈は無い・・・あの感触は・・・」
「それは、貴方の躰が存分に働いたからでは無いのでしょうか?」
「・・・」
「貴方が、刀の切れ味に頼らなかった分、躰が働いたのですよ」
「そんなことが・・・」
「あるのです。私の見た刃引きの刀は、そのことを証明していました」
「そういうものですか・・・」
「そういうものです」
猿阿弥が帰った後、自分の刀をじっくりと眺めた。
研ぎに出す前と比べても、ほとんど痩せてはいなかった。
「凄い研ぎの技術だ・・・」
『術とは、人の想像もできないことを実現するものなのだ。武術も同じ・・・』
弁千代は師の言葉を噛み締め、新ためて道の遠さを思った。




