鎌池検校
鎌池検校
次の日弁千代は、城下にある三つの町道場を巡った。
鎌池検校の情報を集めるためである。
ただ、普通に訪ねて行っても、ハイそうですかと素直に教えてくれる訳ではない。
弁千代は武者修行を装って、まず弟子の剣士を五人ほど完膚なきまでに叩き伏せた。
その後で道場主と太刀合い、わざと負けて見せる。
そうすれば、道場主は弁千代を奥の座敷に誘い酒などを勧めることになる。
その時に検校の話をそれとなく訊ねてみるのである。
集まった情報を総合すれば次のようになる。
鎌池検校、本名は藤左衛門という。
歳は定かではないが、既に七十の坂は超えているものと思われた。
元柳河藩士で、当時柳河に鎌池に敵う剣客は居なかった。
時の柳河藩主は鎌池の剣の腕を惜しみ、肥後に住む、西国一と誉れの高い疋田陰流の流れを汲む剣士の元へ修行に出した。
鎌池はメキメキと頭角を現し、師匠でさえ敵わぬ腕前になった。
ある日、大庄屋の屋敷に一人の族が押し入り、家族、使用人を皆殺しにし、幼い娘を人質に立て籠もった。
町奉行所の与力達も出動したが人質を取られているため手を出せなかった。
困った町奉行が、剣で名高い鎌池に相談を持ちかけた。
すぐさま立ち上がった鎌池は、なんの躊躇も無く自ら両目を潰し髪を剃って僧形に身を窶し、杖を突いて庄屋の屋敷に向かった。
屋敷に着くと鎌池は、役人に握り飯を所望した。
役人は近所の飯屋で握り飯を調達し、鎌池に渡す。
鎌池はそれを持って、一人で屋敷に入って行った。
「そこなお方・・・」鎌池はわざとおどおどした声を作って盗賊に声を掛けた。
「誰だ!」襖の向こうから返事があった。
「盲目の按摩坊主で御座います。あなた様も人質の娘もさぞ腹が減っておることと察し、お役人に頼んで握り飯をお持ちしたので御座います。
「に、握り飯・・・」ごくりと唾を飲む音がした。
「や、役所の手のものだろう!」族は疑った。
「いえ、滅相もございません。瞽とは言え私も僧の端くれ、娘が不憫でやって参ったのでございます。何卒仏の慈悲を持ってその子に握り飯を食わせてやって下さいまし」
鎌池は必死の体で訴えた。
「お前一人か?」
「左様でございます」
「もし嘘ならこの娘の命は無い」
娘が身悶えして唸った、きっと猿轡を咬まされているのだろう。
「よし、そこの襖を開けろ」
鎌池は手探りで襖を開けた。
族は鎌池の身なりを確認した。確かに両目は潰れていて見えそうにない。
鎌池の背後も伺ったが、一人である事を確かめると、入って来いと言った。
「有難うございます」鎌池は杖を突きながら座敷に入った。
「座れ!」族が命じた。
「はい」鎌池はゆっくりと座り左横に杖を置いた。
「握り飯を出せ」
鎌池は懐に手を入れて竹の皮に包んだ握り飯を取り出した。
「こちらへ差し出せ」
鎌池は恐る恐る右手で包みを差し出した。
族が娘を抱いた左手を離す。娘が畳に倒れる音がした。
刹那!
左手で杖を掴んだ鎌池は、族に向かってまっすぐに突き出した。
蛙の潰れたような音がして族が胃液を吐いた。
杖が反転して族の頭蓋を砕く。
族は前に突っ伏して動かなくなった。
無事娘を救出した鎌池は、肥後藩主に召し出され褒美を貰った。その話が幕府に伝わり時の将軍は鎌池に検校の地位を与えた。それを黒田の殿様が是非にと貰い受けたとか。
これがどこまで本当かは分からない。しかし、盲目である事と、相当な手練れであることは窺い知れた。
弁千代は覚悟を新たにして、鎌池検校の居る藩道場に向かった。




